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4 単位と部員と①

 五月も終わりが近づき、初夏の陽気と、それ以上にジリジリとした「前期中間テスト」のプレッシャーが漂い始めていた。

 私はといえば、例の『呪物』を黒魔術研究会の部室の押し入れに封印(という名の丸投げ)し、ようやく平穏を取り戻しつつあった。

(よし、今日は図書館でしっかり復習して、まっすぐ帰って……)

 そんな私のささやかな計画は、中庭を通りかかった瞬間に瓦解した。

「嫌ですぅー! 沙織さん、成績優秀じゃないですか! どうか、どうかその冷徹なる論理ロジックで、この絶望的な数式を混沌の彼方へ追放してくださいぃー!」

 木陰のベンチで、花子が沙織の膝にしがみつき、ヤバいものでも召喚しそうな勢いで号泣していた。沙織は冷ややかな目で、真っ赤なバツ印だらけのプリントを眺めている。

(……よし、見なかったことにしよう)

 私は回れ右をして、存在感を消して立ち去ろうとした。

 関わったら最後、そう直感したのだ。

「あぁっ! 見てください沙織さん! あそこに我が同胞、美紀さんが! 深淵より来たりし救世主です!」

「……逃がさないわよ。花子、捕まえなさい」

 ……バレた。

 花子が、信じられない瞬発力で私の背後に回り込み、ガシッと腰にしがみつきながら叫んだ。

「美紀さぁーん! 助けてください! このままでは私は『留年』という名の永久追放バニッシュを食らい、魔力の源である単位をすべて失ってしまうのですぅ!」

「ちょ、ちょっと離して花子! ここ中庭! みんな見てるから!」

「見てるがいいです! 私は今、現世の単位という名の鎖に縛られ、魂が窒息しそうなんです!」

 花子が差し出してきたのは、先週返却されたという小テストの答案用紙だった。

……12点。

 しかも、解答欄には数式の代わりに

『混沌の理により算出された無限の虚数解』

『この問題は深淵の門を開く鍵なり、解答など不要なり!』

『正解など現世の幻想。我は答えを超越せり』

 とか、もはや採点者に喧嘩を売っているとしか思えない殴り書きが踊っている。

「……花子、これ。本当に福祉情報学科? コンピュータ概論のテストだよね……?」

「そうなのです……! アルゴリズムを理解しようとしたら、私の思考がバイナリの海に沈没し、魔術回路が完全ショートしてしまったのです! このままでは今期の単位が全滅し、私は魔導師失格の烙印を押されてしまいます!」

「うーん、何というか……よく進級できたね……」

 花子が「ひどいっ!」という顔をするが、こればっかりは弁護のしようがない。

 沙織がため息をつきながら、私に視線を送ってきた。

「去年はバーサーカー先輩が花子の勉強を見てあげてたのよ。あの人ブッ飛んでるクセに勉強もできてね、それで何とか最低限の点数は取れてたの」

「美紀。あんただって一応優等生なんだから、このバカの更生、手伝いなさいよ。補講と一週間後の追試に受かれば当面の危機は脱せるわ」

「ええっ!? 私が!?」

「『仮』とはいえ部員でしょ。部長が留年して活動停止にでもなったら、あの押し入れの封印された『呪物』、あんたの家に送り返させるから」

 ……沙織、あんた本当に処刑人だよ。

 私は、泣きじゃくる花子と、冷徹な沙織に挟まれ、絶望的な気分で空を仰いだ。

「わ、わかったわよ……。じゃあ、明日の放課後、どこかで集まって勉強会ね」

「おおぉ……! さすがは美紀さん! 愛してます!」

 こうして、私の貴重な放課後は、黒魔術よりも難解な「田中花子の救済」に費やされることになった。

 

 

 「それじゃあ、一度拠点ベースに寄らせてください! 封印されし魔導書(教科書)と、聖なる筆記具シャーペンを回収しなければなりません!」

 鼻をすすりながら立ち上がった花子に連れられ、私と沙織は再び例の部室へと足を運ぶことになった。

 相変わらず、入り口のポストはパンパンだ。

 私は何気なく、はみ出していた一枚の封書を手に取った。

 大学事務局からの公式文書。

「……ちょっと、花子。これ見た?」

「何です? 事務局からの果たし状(督促状)ですか?」

「そんな格好いいもんじゃないわよ。『一ヶ月後の監査までに定数5名を満たさない場合、部室から退去する事』……」

 私の言葉に、花子の動きがピタリと止まった。

 次の瞬間——

「な、ななな……なんですってぇー!?」

 花子が突然、部室の床に両膝をつき、両手を大きく広げて天井に向かって絶叫した。

「聖域(部室)が……! 私の暗黒の聖域が、現世の権力によって差し押さえられるというのですか!? これは宣戦布告です! 私は今、混沌の力を解放し、事務局ごと深淵の底へ叩き落としてみせましょう! 来い、混沌の——」

「ちょっと待て! 何を召喚しようとしてるの!?」

「落ち着きなさいバカ! そんなことしたら即退学よ!」

 私と沙織が首根っこを掴むが、花子は目を爛々と輝かせたまま叫び続ける。

「美紀さん! 沙織さん! これはまさに最終戦争です! 私たちは今、単位と部室と、そして美紀さんの呪物を守るために、三正面作戦を展開しなければなりません!」

「……あんた、さっきまで泣いてたよね?」

 私は半ば呆れながら、地面に転がる花子の襟首を掴み上げた。

「ひ、ひどいです二人とも……。では、我が拠点(部室)にて、軍議を執り行いましょう……」

 

 こうして「黒魔術研究会 存続プロジェクト」は、なし崩し的に幕を開けた。

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