第52話 古代兵器の咆哮と崩れゆく希望
クレセント辺境伯領の朝は、大気を物理的に震わせる重低音によって切り裂かれた。
街の南西、森の木々をマッチ棒のように薙ぎ倒し、それは現れた。
リゼルド帝国の諜報部隊「影」の指揮官ジャガーが起動させた、全長10メートルの巨人――古代ゴーレムである。
その石と未知の金属で構成された巨体は、一歩踏み出すごとに地響きを立て、王国の防衛結界に干渉するほどの魔圧を放っていた。
***
「――ユキ! お前は絶対にハウスから出るなよ!」
パーティハウスの玄関で、アリアが俺、ユキの肩を強く掴んだ。
彼女は既に魔剣『紅蓮丸』を背負い、戦乙女の鋭い瞳をしていた。
だが、そのルビーレッドの瞳の奥には、俺を不安にさせまいとする過剰なまでの「つよがり」が宿っていた。
「いいか、相手はデカいが、私たちSランクにとっちゃただの動く石像だ。お前はシチューの追加具材でも切って、私たちの帰りを待っていろ!」
「ですが、アリアさん。俺もポーターとして……」
「ダメだ! リーダー命令だ!」
アリアは無理やり笑ってみせると、ルナとフィーナを促して城壁へと駆け出していった。俺を「守るべき最弱」として、安全な檻に残したつもりで。
彼女たちを見送った直後、俺は気弱な少年の仮面を脱ぎ捨て、瞳に王子の冷徹な理知を宿した。
「……やれやれ。あんなに熱くなっては、相手の『反魔法装甲』に気づくのが遅れるぞ」
《土魔法:広域探知》を走らせる。
街の各所で悲鳴が上がり、外壁が砕かれ始めているのが分かった。
その時、ハウスの扉が音もなく開き、一人の少女が現れた。
水色の髪を揺らし、蜂蜜色の瞳を不敵に輝かせた令嬢、セレスティーナ・クレセントだ。
「ごきげんよう、王子様。……あら、お姉様方は戦場へ? 絶好の密会日和ですわね」
「セレスティーナ様。……遊びに来たのなら、帰ったほうがいい。街の中に帝国軍がなだれ込んできますよ」
「ふふ、ですから参りましたの。わたくしの安全を確保できるのは、世界であなた一人だけですもの。……さあ、あの方たちにバレない『秘密の場所』へ連れて行ってくださいませ」
俺はセレスティーナの提案を論理的に分析した。
彼女を連れて辺境伯の別荘へ移動し、そこから地下遺跡の転移陣を使えば、一番安全な場所まで避難できる。
俺たちはハウスから、街を一望できる辺境伯の別荘へと移動した。
庭園のガゼボにセレスティーナを降ろすと、俺はすぐさま敷地内に隠された転移陣を起動した。
「地下遺跡へ向かいます。セレスティーナ様、絶対に俺から離れないでください」
***
その頃、街の城壁付近は地獄と化していた。
「《紅蓮・一閃》!!」
アリアの魔剣が放つ極大の斬撃。
だが、古代ゴーレムの装甲に触れた瞬間、その炎は霧散し、金属音だけが虚しく響いた。
「……物理も魔法も、完全に無効化されている……? 非論理的……」
ルナの極大魔法も、ゴーレムの「反魔法装甲」に吸い込まれて消えていく。
ジャガーの嘲笑が、ゴーレムの拡声機能を通じて響き渡った。
「無駄だ! 貴様たちの魔力はすべて、このゴーレムの動力に変換される!」
「……っ、ハァ、ハァ……! まだだ! まだ終わらせない!」
アリアの鎧はボロボロになり、ルナも魔力枯渇で顔面を蒼白にしている。
彼女たちは既に、自分たちだけでは勝てないことを悟っていた。
だが、彼女たちは引かなかった。
(……ここで食い止めなきゃ……! ハウスには、ユキが待っているんだ!)
(……ユキを……こんなところで失うわけにはいかない……)
彼女たちの頭の中にあるのは、ハウスで震えながら自分たちを待っているはずの、レベル1のポーターへの庇護欲だけだった。
それが、彼女たちに限界を超えた泥臭い戦いを強いていた。
「ユキくん……! 私が、あなたを守りますから……!」
フィーナが聖杖を掲げ、血の混じった涙を流しながら《聖域ウォール》を展開する。だが、ゴーレムの放った魔導砲が、その黄金の結界に直撃した。
――バリィィィィィン!!
Sランク聖女の絶対防御が砕け散り、爆風が彼女たちを吹き飛ばす。
アリアは砕けた魔剣の柄を握り、瓦礫の中で天を見上げた。
ゴーレムの巨大な足が、彼女たちを踏み潰そうと持ち上がる。
「……すまない、ユキ。……どうか……無事で……」
アリアが最期の願いと共に目を閉じた、その時だった。
ズズズ……、ゴゴゴゴゴゴ!!
街全体が、これまでのゴーレムの歩みとは比較にならないほどの激しい震動に見舞われた。
「……な、何!? 地震!?」
「ジャガーの攻撃では……ない」
城壁の崩落した隙間から、地中の底を震源とする圧倒的な魔力反応が噴き出した。漆黒のゴーレムの操縦席で、ユキの瞳から光が消えた。
「……少し、遅れたか。お姉さんたちに、無駄な怪我をさせた」
亡国の王子の平穏を守るための出撃準備が、今、完了した。




