第53話 鉄の棺への招待状
地下四百メートル。
古代遺跡の静寂は、地脈を通じて伝わる地上の「悲鳴」によって塗り替えられていた。俺、ユキは、地下遺跡の指令所に設置された魔導端末の前に立ち、右足のつま先を石床に密着させていた。
「(《土魔法:広域探知》)」
レベル1617のステータスがもたらす魔力パルスは、地上の凄惨な戦況を克明な三次元映像として脳内に描き出す。
城壁は無残に砕け、帝国の古代ゴーレムが放った魔導砲によって、フィーナさんの黄金の結界が完全に霧散したのが分かった。
聖女としての魔力を使い果たした彼女が膝をつき、ルナさんは魔導書を落とし、アリアさんが折れた魔剣を手に俺の「幻影」を庇うように立っている。
「……限界だな。これ以上は、彼女たちの精神が壊れる」
俺は冷静に判断した。アリアさんたちの「つよがり」は、俺というレベル1のポーターを守るという使命感で保たれている。それが物理的に不可能な領域に達した今、俺が介入しなければ全員が確定的な「死」を迎える。
「ユキ様。……参りますのでしょう?」
背後から、凛とした、けれどどこか愉しげな声が響いた。
水色の髪を揺らし、蜂蜜色の金色の瞳を細めた領主令嬢、セレスティーナ・クレセントが、優雅な足取りで俺の隣に立った。彼女はこの街の支配者の娘でありながら、俺の正体を知る唯一の「共犯者」だ。
「セレスティーナ様、あなたはここへ残ってください。……これからやることは、お茶会の余興じゃ済みません」
「あら、心外ですわ。……わたくし、あなた様の『公認の婚約者』ですのよ? 旦那様の初陣を、特等席で見届けないわけにはいきませんわ」
彼女は俺の反対を予期していたように、不敵な微笑みを浮かべて続けた。
「それに、あのポンコツなお姉様方には見せられない力を使うのでしょう? ならば、わたくしがその証人にならなくては。……バラされたくなければ、わかってますわね?」
彼女の「秘密の共有」を盾にした強引な主張に、俺は深い溜息をついた。
知略に長けた彼女を納得させるには、連れて行く方がまだ合理的だという結論に達する。
「……分かりました。ただし、絶対に俺から離れないでくださいよ」
俺たちは格納庫へと向かい、中央に鎮座する漆黒の巨人の前で足を止めた。
魔改造を施した俺の「専用機」だ。
全身の装甲を地中の炭素から生成した「超高密度炭素」に置換し、あらゆる衝撃と魔法を無効化する最強の盾を備えている。
プシュッ、と重厚な蒸気音が響き、ゴーレムの胸部ハッチが滑らかに展開した。
セレスティーナは、その内部を見て驚愕に目を見開いた。
「……まあ。これは……」
ダイヤモンドの漆黒の装甲の内側に広がっていたのは、殺伐とした戦場の光景とは真逆の空間だった。
最高級の羽毛をふんだんに使い、深紅のベルベットで包まれた「最高級フカフカソファ」が、操縦席として鎮座している。それは俺のスローライフへの執着と、セレスティーナのわがままな要望が結晶化した、贅沢すぎる檻だった。
「ユキ様。……最高ですわ。これなら、長時間乗っても不快ではありませんもの」
セレスティーナは躊躇なくソファへと滑り込み、俺が座るためのスペースを指先で叩いた。
俺は覚悟を決め、彼女の隣へと腰を下ろした。
狭い操縦席。
密閉された空間。
彼女が纏う高級な香油の香りと、若い女性特有の甘い熱量が、至近距離から俺を包み込む。ドレスの薄い布地越しに伝わる彼女の肌の感触に、俺はレベル1617の理性を総動員して動悸を抑え込んだ。
「――出力、最大。魔力循環系、地脈直結」
俺がコンソールに魔力を流し込むと、漆黒のゴーレムの瞳が青白く発光した。
「ターゲット、帝国の古代ゴーレム。……お姉さんたちの日常を壊すノイズを、排除する」
転移魔法陣を使い地上へと向かう。
上書きした上位者権限で、別の転移陣への回路を開く。
魔法陣が輝き、町の近くの森に出た。
漆黒の巨体はすぐさま戦場へと向かう。
凄まじい加速。
しかし、フカフカのソファがその重力負荷を完璧に吸収し、セレスティーナは俺の腕に縋り付いたまま、恍惚とした笑みを浮かべていた。
地上では、アリアが死の直前にあっても、最後の一歩を踏み出そうとしていた。
「……ユキ、逃げ……」
彼女がそう呟いた瞬間。
――ドォォォォォォォン!!!
街の中央、石畳が内側から爆ぜるように吹き飛んだ。
噴き上がる土煙と衝撃波の中、ジャガーの古代兵器の鉄拳を真っ向から受け止める形で、それは現れた。
アリアたちの眼前に現れたのは、見たこともない漆黒の輝きを放つ、ダイヤモンド装甲の巨人。
亡国の王子の平穏なスローライフを守るための、最も贅沢で暴力的な「秘密のお散歩」が、ついに戦場のど真ん中で幕を開けた。




