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最強の《土魔法》使いの少年――バレると面倒なのでレベル1ポーターを演じてます  作者: 猫野 にくきゅう


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第44話 忍び寄る影と日常のお買い物

 「白銀の乙女」のパーティハウス。

 琥珀色の午後の陽光がリビングを照らす中、不毛な押し問答が続いていた。  


 俺、ユキはエプロンを締め玄関へ向かおうとしていたが、その行く手を「王国最強の剣士」が塞いでいた。


「ユキ! やはり私も行く! お前を一人で外に出すなど、リーダーとして、いや、一人の女性として看過できん!」  


 アリアは燃えるような赤髪を揺らし、俺の服の裾をぎゅっと掴んで離さない。

 彼女からは訓練後の熱い体温と、戦乙女特有の清々しい香りが漂ってくる。


「アリアさん。市場までは歩いて数分ですし、衛兵さんも巡回しています。夕食のシチューの材料を買ってくるだけですから」


「ダメだ! 最近、街に不穏な空気が流れているとルナも言っていた。万が一、お前が暴漢に襲われたり、ナンパされたりしたらどうする!」


(……ナンパはされないと思います)


 背後からは大賢者ルナが「……アリア。非論理的。……私が、浮遊魔法で、ユキを市場まで運送するのが、最も安全」と、毛布に包まったまま提案してくる。


「あらあら、二人とも。ユキくんが困っていますよ。……さあ、ユキくん。私のこのお守り(聖印)を持っていってください。何かあったらすぐ分かりますからね」


 聖女フィーナが、清潔な石鹸の香りを漂わせながら俺の首に銀のペンダントをかけ、至近距離で俺の頬を優しく撫でた。


 彼女たちの重すぎる庇護欲をなんとか宥め、俺は一人でハウスを出ることに成功した。  



 **


 ジャガーが「Sランクの女どもがいない時間」を狙っていることは分かっていた。

 だからこそ、俺はあえて一人になる必要があったのだ。


 市場での買い物は順調だった。  


 新鮮なニンジン、瑞々しいジャガイモ、そして脂の乗った牛の塊肉。

 俺はそれらを唯一公表しているスキル《アイテムボックス》に放り込みながら、周囲の「悪意」を測っていた。  


 足裏から放射する《土魔法:探知ソナー》は、市場の喧騒に紛れて俺を追跡する五つの足音を捉えていた。呼吸、歩法、魔力反応。いずれもC級からBランクの下位。帝国が金で雇った、使い捨てのゴロツキたちだ。


(……ジャガーの奴、本当に俺を狙っているようだな)


 俺は人通りの多い大通りを避け、ハウスへの近道である「裏路地」へと足を踏み入れた。  


 左右を高い石壁に囲まれた、薄暗い路地。中間地点に差し掛かったとき、前後の出口から汚い身なりをした男たちが現れた。


「よぉ、お坊ちゃん。いい天気だな」  


 リーダー格の傷顔の男が、下卑た笑いを浮かべてナイフを抜いた。


「Sランク様に寄生してる幸運のポーターさんだろ? あんたに恨みはねぇが、雇い主が『そいつを連れてこい』ってうるさくてな」


「……そうですか」  


 俺は買い物カゴを持ち直し、困ったような少年の顔を作った。


「抵抗するなら足の一本も折れって言われてるんだぜ? さあ、大人しく――」  


 男が一歩踏み出した、その瞬間。  

 俺は右足のつま先を、誰にも気づかれないほど微かに石畳へ触れさせた。


(《土魔法:局所・泥濘化でいねいか》)


 瞬間、男が踏みしめたはずの硬い石畳が、音もなく粘土質の深い泥へと変貌した。


「……なっ!?」  


 全力で体重をかけた男の足が、あらぬ方向へ滑る。バランスを崩したリーダーは、無様に顔面から石畳(泥)へと突っ込んだ。


「ぐべらっ!?」


「おい、リーダー!? 何やってんだ!」  


 後ろに続いていた二人が慌てて駆け寄ろうとするが、俺はそこにも「偶然」を配置した。  


(《土魔法:摩擦係数零ゼロ》)  


 氷のように滑らかになった地面に足を取られ、二人はお互いの頭をぶつけ合いながら、倒れたリーダーの上に重なった。


「いってぇ!」

「どけよ、お前が押したんだろ!」  


 ゴロツキたちは、自らの不器用さに激昂し、その場で醜い罵り合いを始めた。


 俺はその混乱を冷めた目で見守りつつ、最後の一手を放った。  

 指先で、路地に落ちていたパチンコ玉ほどの小石を五つ、無造作に弾いた。  


(《土魔法:精密射出》)  


 シュンッ、シュンッ、と無音で飛んだ小石は、互いを罵り合っていた男たちの首筋にある急所ツボを正確に射貫いた。


「がっ……」

「……あ……」  


 数秒後。裏路地には、折り重なるようにして気絶した五人のゴロツキの山が出来上がっていた。  


 俺は倒れたリーダーの額にそっと触れ、最後の仕上げを行う。


(《神をも欺く偽装パーフェクトフェイク:レベル 1890》・認識強制書き換え)


「……君たちの記憶を、こう書き換えましょう。……ターゲットを襲おうとしたが、リーダーが泥に滑って転んだ。それにつられて全員が転倒し、頭を打って、仲間割れの殴り合いの末に自滅した。……あのポーターは、怖くなって逃げ出した。……そうですね?」


 書き換え完了。  


 これでジャガーには「不運な事故で任務に失敗した」という報告しか届かない。  

 俺は気絶した男たちの山を跨ぎ、鼻歌まじりに路地を抜けた。


 ハウスに戻ると、アリアが血相を変えて飛び出してきた。


「ユキ! 遅いぞ! 無事か!? どこも怪我はないか!?」


「はい、すみません。少しニンジンを選ぶのにこだわってしまって。……さあ、今夜はアリアさんの好きな厚切り肉のシチューですよ」


「おおっ! 肉か! よし、許す!」


 最強の力を隠し、お姉さんたちの平穏を守り抜く。  

 亡国の王子の贅沢で不自由な戦いは、日常という名の仮面の下で、今日も完璧に勝利を収めていた。

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