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最強の《土魔法》使いの少年――バレると面倒なのでレベル1ポーターを演じてます  作者: 猫野 にくきゅう


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第43話 黒幕の陥穽と平和な朝食

「……はぁ。あのお姉さんたち、本当に後先考えないんだから」


 琥珀色の朝陽が差し込む『白銀の乙女』パーティハウス。

 リビングの光景は、一言で言えば「物欲の残骸」だった。  


 昨日のショッピングで買い漁ったドレス、魔導書、置物、そして山のような俺の私服。アイテムボックスから取り出したそれらが、大理石の床を埋め尽くしている。  


 俺、ユキはエプロンを締め、一つずつ整理して適切な場所に収納していく。

 本来、Sランク冒険者のポーターがやるべき仕事ではないが、俺がやらなければこのハウスは三日でゴミ屋敷へと変貌するだろう。


「……んぅ。ユキ……、朝か……?」


 ソファの上で、燃えるような赤髪を乱したアリアがむくりと起き上がった。

 彼女は昨日の「ユキの私服争奪戦」で体力を使い果たしたのか、部屋に戻る気力もなくリビングで寝落ちしていたらしい。  


 彼女は寝ぼけ眼のままふらふらと歩み寄ると、俺の腰に腕を回してしがみついてきた。


「アリアさん、近いです。早く着替えてください」


「うるさい……、お前のせいで、疲れ……た。……水……」  


 戦場を駆ける風のような香りに、寝起きの甘い体温が混ざり合って俺を包む。

 彼女は俺を「便利な動く抱き枕」か何かだと思っている節がある。


「あらあら、アリアさん。朝からユキくんを独占するのは感心しませんわね」  


 階段から、清潔な石鹸の香りを漂わせたフィーナが降りてきた。

 彼女は完璧な聖女の微笑みを浮かべているが、その手には俺のために選んだ「フリル付きのシャツ」が握られていた。


 ……まだ着せ替えるつもりか。

 俺はこっそりとため息をついた。



 ***


 辺境伯領の北、日光さえも届かぬほどに建物が密集した貧民街。


 その最奥にある、安酒と死臭の混ざり合った地下賭博場に、銀髪の男――

 ジャガーが姿を現した。  


 彼の猛禽類のような金色の瞳が暗がりに光ると、騒がしかった場が一瞬で静まり返る。彼が纏うのは、理性を凍らせるような冷徹な殺気だ。


 ジャガーは、隅のテーブルで負けが込み、殺気立っている一団の前に無造作に歩み寄った。リーダー格は、頬に大きな裂傷を持つC級冒険者の男だ。


「……仕事だ」  


 ジャガーの声は、氷を滑る刃のように硬い。

 彼は男の目の前に、ずっしりと重い金貨の袋を投げ出した。


「へっ、なんだあんたは。……何の用だ?」


「簡単な誘拐さらいだ。ターゲットはSランクパーティ『白銀の乙女』に寄生している、あのレベル1のポーターだ」


 その瞬間、ゴロツキたちの顔から血の気が引いた。


「……は!? Sランクに喧嘩を売れってのか! 死にたきゃ一人でやりな!」


「話を聞け」  


 ジャガーは冷たく吐き捨て、懐から一枚の鑑定記録と似顔絵を取り出した。


「ターゲットは正真正銘のレベル1。所持スキルは《アイテムボックス》のみ。戦闘能力は皆無だ」  


 ジャガーの瞳には、一切の迷いも疑念もない。

 その鑑定眼は、ユキの《神をも欺く偽装パーフェクトフェイク》によって、彼を「ただの幸運な雑魚」であると完全に誤認させられていた。


「奴は毎日夕刻、一人で市場へ買い出しに出る。Sランクの女どもという『盾』を失えば、ただの動く荷物でしかない。……お前たちのようなクズでも、赤子の手をひねるより容易いはずだ」


 ゴロツキのリーダーは、手元の似顔絵と金貨の袋を交互に見比べ、やがて下卑た笑みを浮かべた。


「……ケッ。なるほどな。Sランク様に可愛がられてる、ただの愛玩動物ペットか。そいつをさらえば、女どもが泣いて喜ぶってわけだ」


「女どもへのダメージは絶大だ。奴はあのパーティの『幸運』を支える象徴チャームに過ぎない。その核を抜けば、王国最強も容易く崩れる」


 ジャガーは背を向け、闇の中へと消えながら最後に命じた。


「抵抗するようなら、手足の骨を数本折っても構わん。……明日、裏路地で仕掛けろ」


 ジャガーの脳内では、すでに「幸運のお守り」を失ったSランクたちが絶望し、機能不全に陥る計算ロジックが完成していた。  


 帝国の暗殺者が仕掛けた、最も「勘違い」に満ちた拉致計画が、ついに具体的な牙を剥き始めた。  



 ***


 場面は再び、パーティハウスのキッチン。  

 俺は特製のジャムを塗ったトーストを皿に並べながら、ふと動きを止めた。


「……?」


 右足のつま先から地脈に流していた《土魔法:広域探知ソナー》が、遠方の「悪意」の残滓を拾った。  


 発せられる不自然な魔力の揺らぎ。

 それは明らかに俺たちのハウス、あるいは俺自身を「観測」している視線だった。


(ジャガーか。……懲りないな)


 俺の瞳に、一瞬だけ亡国の王子としての冷徹な光が宿る。

 だが、次の瞬間、背後からルナが俺の服の裾をぎゅっと掴んだことで、その光は霧散した。


「……ユキ。糖分。……アップルパイの香りが、足りない」


「ルナさん、朝からパイは重いです。ほら、まずはこのスープを飲んでください」


 俺は「レベル1のポーター」という穏やかな仮面を被り直し、お腹を空かせたポンコツお姉さんたちの前に料理を並べた。  


 帝国の暗殺者が仕掛けた、致命的な「勘違い」に満ちた拉致計画。  

 その陥穽を逆手に取り、いかにして「平穏」を維持したまま処理するか。


 亡国の王子の、贅沢で不自由な戦いは、日常の食卓の下で静かに牙を剥き始めていた。

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