第42話 束の間の平穏とショッピング
A級ダンジョン『炎竜の巣窟』でのインフェルノ・ドラゴン討伐という功績は、辺境伯領に多大な衝撃をもたらした。
『白銀の乙女』の三人は、ギルドマスターから直々に最大限の賛辞を受け、Sランクパーティにふさわしい高額な特別報酬を獲得した。
結果として、一行には数日間のまとまった休暇が与えられることとなった。
俺、ユキは、久しぶりに訪れた「本当の平穏」を噛み締めていた。
……はずだった。
「よしユキ! 休暇だ! ショッピングに行くぞ!」
「ユキ。大図書館に新刊が入荷した。ポーターとして、運搬能力の提供を要求する」
「あらあら、ユキくん。私、雑貨屋さんで新しいハーブティー――今度はちゃんとお砂糖を入れますから、見てみたいです」
休暇初日の朝、リビング。
俺の左右の腕と背後の衣服は、既に三人のSランク美少女たちに完全にホールドされていた。
アリアの腕からは訓練後とは違う、期待に満ちた熱い体温が伝わってくる。
ルナのアメジストの瞳は知識への渇望に揺れ、フィーナは「拒絶」という選択肢を聖女の微笑みで封印している。
結局、俺の「掃除をしたい」というささやかな願いは踏み潰され、三人の「荷物持ち」兼「生活管理役」として街の喧騒へ連れ出されることとなった。
外へ出た途端、Sランクたちの暴走が始まった。
まずは職人街。
アリアの独壇場だ。
「ドラゴン戦で愛剣の刃こぼれが気になってな! 職人の槌さばきを見届けねば安心できん!」
アリアは俺の手を引き、いかついドワーフが営む武具屋へ突撃した。
彼女が店主と「鋼の折り込み回数」について脳筋じみた理論を戦わせている間、俺は彼女の背後で、いつの間にか預けられた巨大な魔剣のメンテナンス道具一式を支えていた。
「……ユキ。待たせたわね。次は私よ」
アリアが満足した隙を突き、ルナが音もなく俺の袖を引いた。
向かったのは王都一の大書店だ。
ルナは専門書コーナーに突入すると、古代魔法の原典や複雑な数式が記された厚さ十センチを超える魔導書を、次々と俺の《アイテムボックス》に放り込んでいった。
「……ルナさん。これ、一晩で読み切れる量じゃないですよ」
「生存戦略上、情報は多ければ多いほどいい。……あと十冊追加する」
彼女は大賢者の威厳をかなぐり捨て、俺の隣で「自分では持てない量の知識」を買い漁ることに没頭していた。
最後に、フィーナの雑貨屋巡りだ。
「あら可愛い。これも素敵ですね、ユキくん」
彼女は慈愛の微笑みを浮かべながら、用途の不明な置物や、高級な香油、そして「今度は間違えませんから」と約束したハーブティーの茶葉を大量に購入した。
彼女たちは戦闘では無敵だが、金銭感覚と「自分で持つ荷物の量」に関しては絶望的に欠如している。俺の《アイテムボックス》がなければ、今頃このメインストリートは彼女たちの私物で埋もれていただろう。
半日かけて引き回され、俺の疲労はA級ダンジョンの際を遥かに上回っていた。
「ふぅ。満足した!」
「欲しい本も手に入った。演算に入るわ」
「いい買い物ができました」
三人がようやく満足げに頷き合ったとき、俺は「やっと帰れる」と安堵の息を吐いた。だが、アリアのルビーレッドの瞳が、ふと俺の姿を捉えた。
「……なぁ、ユキ。お前、いつもそのポーター服だな」
「え? 仕事着ですから」
「ダメですよ、ユキくん。この前、夜会で新調した服は――あんなに似合っていたのですから」
フィーナが不満げに頬を膨らませる。
ルナも研究対象を定めるような目で俺を凝視した。
「……幸運値と衣服の相関関係は薄いと推測される。ならば、私の視覚的満足度を優先した装いに変更すべきね」
嫌な予感が現実となった。
「よし、決まりだ! ユキの服、買いに行くぞ!」
「……ユキの私服の管理権は、私にある」
「まぁ! ユキくんに、私とお揃いの白のシャツなんて、きっと似合いますわ!」
王都屈指の高級衣料店に連行された俺を待ち受けていたのは、三者三様の「理想の弟」を巡る壮絶な争奪戦だった。
「待て、ルナ! ユキにはこういう筋肉のラインが出るワイルドな服が似合う!」
「却下。非論理的よ。ユキは知的なローブを着て、私の隣で本を捲るべき」
「あらあら。ユキくんはまだ成長期なのですから、こういう爽やかで可愛い服が一番です!」
三人は俺を鏡の前に立たせ、次から次へと異なる系統の服を当てがっていく。
アリアは俺の胸元のボタンを外し、ルナは特注の眼鏡をかけさせようとし、フィーナは「よしよし」と頭を撫でながらフリル付きの襟を整える。
店員たちが「どちらの貴族の方でしょうか」と遠巻きに眺める中、俺は自分の服を選んでいるはずのヒロインたちに完全に置き去りにされていた。
三方向から飛び交う「蛮族」「変態」「センスなし」という罵声(痴話喧嘩)を背中に聞きながら、俺は困ったように笑い、深く溜息をついた。
帝国の影や、祖国の滅亡、王子としての重責。
そんな重苦しい「真実」よりも、今、目の前で俺のネクタイの結び目を巡って本気で喧嘩している彼女たちの姿が、何よりも愛おしく感じられた。
(……やれやれ。これじゃあ、バレないように実力を使うより、平穏を維持する方がよほど大変だな)
俺は、彼女たちの「無自覚な攻勢」に顔を赤らめつつも、この不自由で贅沢な檻の中での日常が、一日でも長く続くことを願うのだった。
だがその時、市場の片隅から、俺たちを見つめる「猛禽のような金色の瞳」があったことに、まだ誰も気づいていなかった。




