第41話 竜の解体とポーターの収納
ダンジョンの崩落危機が去り、ドームには再び静寂が戻った。
目の前には、山の如き巨体を横たえるインフェルノ・ドラゴンの遺骸がある。
「よし……。こいつを放っておく手はないな。素材を回収するぞ!」
アリアが腕を捲り、気合を入れ直した。
普段は解体などの雑務をポーター任せにする彼女たちだが、今回は相手が伝説級のAランクボスだ。
素材の硬度も桁違いであり、全員の協力が必要だった。
「アリアさんは『逆鱗』を。ルナさん、魔導コアの摘出を頼めますか? フィーナさんは鮮度を保つために聖なる加護を」
「ああ、任せろ! 《紅蓮》でミリ単位に切り裂いてやる!」
アリアが魔剣を振るい、鋼鉄以上の硬度を持つドラゴンの鱗を、芸術的な剣技で剥いでいく。
その横で、ルナが冷静に術式を展開した。
「……非論理的な質量。けれど、この術式で魔力の結合を解除すれば、コアは摘出可能よ」
ルナの精密な魔力操作により、ドラゴンの胸部から眩い輝きを放つ「炎竜の魔導コア」が浮き上がる。
「私も、素材が魔圧で劣化しないよう、聖域で包み込みますね」
フィーナの祈りが込められた光が素材を包み、宝石のような輝きを維持させる。
俺、ユキは「ポーター」として、彼女たちの手伝いをするふりをしながら、密かに裏仕事を完遂していた。
(……そのままじゃ、アリアさんの剣でも日が暮れる。皮の下の筋肉組織だけ、《土魔法》で分子レベルで分離させておこう)
俺が足元から微細な振動を送るたび、ドラゴンの硬い皮は、まるで熟した果実の皮が剥けるように、面白いほど綺麗にアリアの剣先で分かれていった。
「おぉっ!? なんだか今日の私は絶好調だぞ! 剣が吸い込まれるように入る!」
「……私の摘出作業も、予定時間を大幅に短縮。……確率論的な幸運が、継続中ね」
お姉さんたちが「自分の手柄」に目を輝かせる中、俺は次々と切り出された「炎竜の逆鱗」「高純度の鱗」「最上質の肉」を、唯一公表しているスキル《アイテムボックス》へと収納していった。
「お任せください。容量には余裕がありますし、フィーナさんのおかげで鮮度は切り立てのままですよ」
「さすがユキ! お前がいるだけで、戦利品の管理まで完璧だな!」
アリアが血の付いた手を拭い、俺の頭をガシガシと乱暴に、けれど愛おしそうに撫で回した。至近距離から立ち上る、戦いの高揚と汗の香りに、俺は動悸を抑え込みつつ、「仕事ですから」と控えめに微笑んだ。
数分後。
あの大質量を誇ったドラゴンの姿は跡形もなく消え、一行はクレセントへの帰路に就いた。
「さあ、帰りましょう。今夜はドラゴンの肉を使った特製のステーキですよ」
「「「肉!!」」」
お姉さんたちの返事は、ドラゴンの咆哮よりも鋭く重なった。
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数時間後。
素材の回収を終えた俺たちは、帰路を急ぐ馬車の中にいた。
車内は、勝利の熱気と、極限の疲労が混ざり合った、弛緩した空気に包まれている。
「……うぅ。……もう、指一本動かせない……」
アリアが、鎧の一部を脱ぎ捨てたラフな姿で、俺の隣にドカリと座り込んだ。
「なぁ、ユキ。……肩を貸せ。……リーダー命令だ」
アリアは俺の返事を待たずに、俺の肩に燃えるような赤髪の頭を預けてきた。
運動後の彼女の熱い体温が、薄い衣服越しに伝わってくる。
「……私も。……エネルギーが、枯渇している。……ユキ、糖分を、摂取させなさい」
ルナが反対側から俺の服の裾をぎゅっと掴み、俺の膝に頭を預けてくる。
彼女はもはや、大賢者の威厳など欠片もなく、冬眠前の小動物のような無防備さで丸くなっていた。
「ふふっ、ユキくん、本当にお疲れ様でした。さあ、私の膝へ。……お顔を綺麗にしてあげますね」
正面では、フィーナが聖女の微笑みを浮かべ、清潔な石鹸の香りを漂わせながら、俺の顔にハンカチを伸ばしてくる。
彼女たちの「無自覚な攻勢」は、インフェルノ・ドラゴンのブレスよりも、俺の心臓を激しく打ち据えていた。
(……やれやれ。ジャガーの監視を捌くより、このお姉さんたちの『重すぎる愛』を受け流す方が、よほど魔力を使うな)
俺はレベル1617のステータスを総動員して動悸を抑え込みつつ、窓の外に広がる夕焼けを見つめた。
やがて、馬車は町の門を潜った。
ギルドへの到着と同時に、街中には「SランクパーティがA級ボスを討伐した」という報せが駆け巡るだろう。
「英雄」として称賛される三聖女。
そしてその影で、彼女たちの生活と命を、文字通り「幸運」という名の偽装で支え続けるレベル1のポーター。
「……ユキ。……ありがとな。……お前の幸運がなかったら、私、今頃死んでたよ」
アリアが眠りにつく直前、俺の耳元でそう小さく呟いた。
その言葉に含まれた純粋な信頼と、微かな震え。俺は「強がり」でそれを鼻で笑うこともできず、ただ「……よかったですね、アリアさん」と、穏やかに返すことしかできなかった。
亡国の王子の、最高に贅沢で不自由な「平穏」を守るための戦いは、また一歩、甘く危険な深淵へと足を踏み入れていた。




