第40話 勝利の余韻と幸運の定義
「ギィギャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
インフェルノ・ドラゴンの断末魔が、灼熱のドームに反響し、やがて噴煙の中に消えた。
ルナの戦略級雷撃《天雷の麒麟》と、アリアの魔剣による《紅蓮・終焉ノ太刀》が直撃した巨体は、ピクリとも動かない。
王国最強を冠するSランクパーティ『白銀の乙女』による、A級(強化済み)ボスの完全討伐。その瞬間だった。
「……はぁ、はぁ……。やった、のか……?」
アリアが、ドラゴンの首に突き刺した魔剣『紅蓮丸』に体重を預け、荒い息をつく。彼女の額からは汗が滴り、ミスリル銀の鎧からは激戦の熱気が立ち上っていた。
「……魔力反応、沈黙。……細胞の崩壊を確認。……完全、勝利よ」
ルナがその場に座り込み、魔力切れによる知恵熱に顔を赤らめながら報告した。
「やりましたね、皆さん……。ユキくん、怖かったでしょう……」
聖女フィーナが、震える足で俺、ユキのもとへ歩み寄り、そのまま俺の胸に顔を埋めて安堵の涙を流した。彼女のサファイアブルーの瞳は潤み、至近距離から清潔な石鹸の香りが鼻腔をくすぐる。
(……やれやれ、何とかバレずに済んだか)
俺は「怯えるレベル1のポーター」を演じながら、背後で密かに魔力の残滓を消去した。俺が《重力場》でドラゴンを墜落させたことなど、彼女たちは微塵も疑っていない。
「ユキーーーッ!!」
突然、アリアが雄叫びを上げながら俺の肩を掴んだ。
「お前の『幸運』のおかげだ! あの落石も、あの墜落も……お前がいたから起きた奇跡だ! ありがとうな、ユキ!」
アリアは満面の笑顔で、骨が軋むほどの力で俺を抱き寄せた。
戦乙女特有の、汗と野生の花が混ざり合った熱い香りが俺を包み込む。
彼女の距離感は相変わらず無自覚で、薄い衣服越しに伝わる体温は、ドラゴンの炎よりも熱く感じられた。
「……アリア。非論理的よ。『幸運』はスキルではないわ。……けれど」
ルナがアメジストの瞳を細め、墜落したドラゴンの遺骸と俺を交互に凝視した。
「確率論的にはありえない事象の連続。……私の計算式が、あなたの存在一つでエラーを起こす。……ユキ、あなたは『幸運値』が観測不能なレベルでカンストしていると判断するのが、最も合理的ね」
俺は心の中で《神をも欺く偽装:レベル 1890》の出力を微調整した。
「そんな、買いかぶりですよ。俺はただ、皆さんの強さを信じて祈っていただけですから」
俺の言葉に合わせて《偽装》が彼女たちの認識を汚染する。「ユキは運がいいだけの無能である」という偽りの真実が、彼女たちの脳に深い納得と共に定着していった。
ズズズ……、ゴゴゴゴゴ!!
「なっ……地鳴り!? ボスは倒したはずなのに!」
アリアが警戒して剣を構え直す。
俺の足裏にある《土魔法:探知》は、さらに深刻な「悪意」を捉えていた。
(……ちっ。観測室のジャガーの奴、撤退のついでに仕掛けておいた『魔力杭』を一斉に暴走させやがったな)
地中深くで、人為的に注入された魔力が飽和し、連鎖爆発を起こそうとしている。このままではダンジョンが崩落し、お姉さんたちが生き埋めになる。
俺は「怯えるレベル1のポーター」を演じながら、よろめいて地面に手をつく。
そのまま、右手を石畳に深く押し付けた。
(《土魔法:地脈鎮静》)
発動の瞬間、俺の意識は世界の神経系である地脈へと深く沈み込んだ。
暴走し、赤く沸騰する魔力の奔流に対し、俺は「管理者権限」を行使して無理やり鎮静化を命じる。
それは魔法という現象を超えた、星の怒りを宥める神の御業だ。
一瞬にして魔力杭は粉砕され、行き場を失ったマナは大地の底へと強制的に分散、吸収されていった。
「……あれ? 地鳴りが止まった……?」
アリアが不思議そうに周囲を見渡す。
「ふふっ、きっと神様が、ユキくんを安全に帰らせてくださるのですね」
フィーナが微笑む。俺は脳内で《神をも欺く偽装:レベル 1890》の出力を維持し、彼女たちの脳内に「すべては幸運による偶然」という認識を上書きした。
***
同じ頃、遠く離れた観測室。
帝国の暗殺者ジャガーは、モニターに映る「平凡なポーター」と、その周囲で過保護なまでに寄り添うSランクたちの姿を、憎悪に満ちた眼差しで見つめていた。
ジャガーの中で、ユキの評価はすでに「無害なペット」から「Sランクの力を底上げする幸運の心臓(特異点)」へと書き換わっている。
「……しかし、まさか最後の仕掛けまで不発とはな」
焦燥が胸を焼く。
一刻も早く排除しなければならない――
その確信だけが、鋭く膨らんでいく。
ジャガーは舌打ちをひとつ残し、足早に観測室を後にした。




