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最強の《土魔法》使いの少年――バレると面倒なのでレベル1ポーターを演じてます  作者: 猫野 にくきゅう


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第37話 黒幕の実験

 A級ダンジョン『炎竜の巣窟』。

 その内部は、吸い込む空気が肺を焼くほどの熱気に満ちていた。壁面を流れる溶岩が琥珀色の光を放ち、石造りの通路を不気味に照らし出している。  


 王国最強を冠するSランクパーティ『白銀の乙女』であっても、この極限環境は肉体と精神を確実に削り取っていた。


「……っ、ハァ。……これくらい、剣聖にとっては風呂上がりみたいなもんだな!」  


 先頭を歩くアリアが、燃えるような赤髪を振り乱しながら強がりの声を上げた。

 だが、彼女の頬を伝う汗の量は尋常ではなく、ミスリル鎧の継ぎ目からは熱気が立ち上っている。


「アリアさん、無理は禁物です。ほら、冷やした魔導ポーションです」  


 俺、ユキはアイテムボックスから、あらかじめ魔法で氷点下まで冷却しておいた飲み物を取り出し、彼女たちに手渡した。


「ユキくん……。ありがとう、助かります。あなたは、本当に気が利く弟ですね」  


 聖女フィーナが、聖職者服の襟元を無自覚に緩めながら、俺が差し出した冷たい瓶を胸元に当てて安堵の溜息をつく。石鹸の香りに混じり、上気した彼女の肌から甘い熱量が漂ってきた。


「……ユキ。冷却効率、最大。……離さない」  


 大賢者ルナにいたっては、俺の服の裾を掴んだまま、冷却したポーションを両手で包み込んで小動物のように頬を寄せている。彼女の紫色の瞳は、暑さによる機能低下のせいか、いつもより潤んで見えた。


 俺は「レベル1のポーター」という仮面を維持しつつ、右足のつま先から絶えず《土魔法:広域探知ソナー》を地脈へ走らせていた。


(……状況は悪いな。地中の『魔力杭』が、周囲の地脈からマナを強制的に活性化させている。この先、魔物の密度は通常の三倍を超えるだろう)  


 俺は彼女たちを傷つけぬよう、足元の地盤を密かに硬化させ、転倒や有毒ガスの噴出を裏から未然に防いでいた。


 

 ***


 同じ頃、ダンジョンの本流から切り離された地下遺跡の一画。  

 そこには、帝国の諜報部隊『シェイド』が構築した秘密基地が存在していた。


「……来たか。白銀の乙女」  


 指揮官ジャガーは、空中に浮かぶ十数枚の魔力水晶モニターを見つめ、冷酷に唇を歪めた。モニターには、熱気に耐えながら進軍するアリアたちの姿が克明に映し出されている。  


 ジャガーの視線は、パーティの最後尾で重そうな荷物を背負って歩くポーターを一瞥した。


(……ユキ。レベル1、ポーター。……フン。鑑定結果通りの雑魚。Sランクの女どもに飼われている無害なペット。観測のノイズでしかない)  


 ジャガーはユキのことを「考慮すべき戦力」から完全に抹消している。

 彼が関心を持つのは、あくまで『剣聖』の突破力と『大賢者』の魔法強度のみ。


 帝国が送り込む「兵器」に対して、彼女たちがどこまで耐えうるかを見極めることだけが目的だった。


「さて、お遊戯は終わりだ。……『杭』を打て」  


 ジャガーが傍らの制御盤にある黒いレバーを押し下げた。  

 瞬間、魔力増幅器が唸りを上げ、ダンジョンの各所に埋設された触媒が、一斉に発火・共鳴を開始した。



 ***


「――っ!? 地鳴り!?」  


 アリアが魔剣『紅蓮丸』を抜き放ち、周囲を警戒する。  

 俺の《ソナー》は、さらに深刻な事態を捉えていた。


(……まずいな。ダンジョンのシステムそのものを暴走させたか)  


 人為的に注入された膨大なマナが、通路の先にある卵や幼体に強制成長を促し、眠っていたA級魔物たちを無理やり覚醒させていく。  


 前方の暗闇から、無数の紅い眼光が浮かび上がった。

 炎を纏った「サラマンダー・エリート」の群れ、そして地中から這い出す「溶岩ゴーレム」。


 本来、これらは単独で現れるべき強力な個体だが、今は統率の取れた軍勢のように、俺たちを包囲しようとしていた。


「ユキ! 私の背中から離れるな!」  


 アリアが俺を庇うように一歩前へ出る。


「ユキくん、怖がらなくて大丈夫ですよ。聖なる加護でお守りします。《エリア・プロテクション》!」  


 フィーナが黄金の結界を展開する。

 だが、周囲の魔力濃度が不自然に高まっているせいで、結界の維持に通常の数倍の負荷がかかっているのが分かった。


「……非、論理的。……魔力の飽和攻撃。……ユキ、私から、30センチ以上、離れることを……許可しない」  


 ルナが震える指で俺の袖を強く握る。

 その瞳には、かつてない危惧と、俺を失うことへの直感的な恐怖が宿っていた。


 その時だった。  


 ダンジョンの最深部。

 マグマの海が広がる「溶岩の玉座」から、世界の空気を一度に吸い込むような、重厚な吸気音が響いた。  


 直後、ダンジョン全体を物理的に震わせる、極大の咆哮が轟く。


「グガァアアアアアアアッ!!」


「インフェルノ・ドラゴン……目覚めたのか!?」  


 アリアの悲鳴に近い叫び。  


 ジャガーの仕掛けた「実験」は、ついにこのダンジョンの主を強制覚醒させる段階へと至った。  


 俺は、お姉さんたちの後ろで気弱なポーターの顔を維持しつつ、足元から伝わるドラゴンの鼓動を測った。


(……想定以上の出力。実力を隠したまま、対応できるか――?)  


 俺たちを包囲していたサラマンダー・エリートや溶岩ゴーレムは、目覚めた主の威圧に恐れをなし、影のように姿を消した。


 だが――Sランクの彼女たちには、逃げるという選択肢はない。

 人々を災害から守るため、魔物に立ち向かうしかなかった。

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