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最強の《土魔法》使いの少年――バレると面倒なのでレベル1ポーターを演じてます  作者: 猫野 にくきゅう


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第34話 恋する大賢者と研究の暴走

 聖女フィーナが、自爆したボタン付けをきっかけに「お姉さんアピール」という名の過剰な接触を始めてから数日。


 クレセントのパーティハウスは、アリアの物理的なシゴキとフィーナの精神的な甘やかしという、極端な二極化が進んでいた。


 だが、俺、ユキが今もっとも注視すべきは、そのどちらでもなかった。  


 二階の最奥、大賢者ルナの研究室。

 そこは三日間、一度も扉が開いていない。


 食事はアリアが扉の前に置いていたが、中から聞こえるのは、不気味な液体の沸騰音と、ルナがブツブツと数式を唱えるうわ言だけだった。


(……ルナさんの精神状態が不安定なのは、魔力の揺らぎで分かっている。きっと神の奇跡の解析に没頭しているんだ)


 俺は一階のキッチンで、ルナの栄養補給に最適な「魔力回復成分を強化した特製スープ」を準備しながら、二階の様子を伺っていた。


 その時だった。  

 二階から、心臓を直接叩かれたような、重く鋭い衝撃波がハウス全体を突き抜けた。

「――っ!?」

 

 ドゴォォォォォォン!!!


 直後、雷鳴を凝縮したような爆発音が響き、一階の天井からパラパラと漆喰の粉が落ちてきた。


「ルナ(さん)!!」  


 庭で素振りをしていたアリアと、礼拝堂へ向かおうとしていたフィーナが、悲鳴に近い声を上げて階段を駆け上がる。  


 俺もまた、ポーターとしての心配顔を貼り付けつつ、内心では彼女の生存を《ソナー》で即座に確認した。


 ……生きている。

 だが、魔導回路が一時的にショートしている。


 アリアが、爆風で歪んだ研究室の扉を「紅蓮丸」の柄で叩き壊した。  


 室内から溢れ出したのは、目に染みるようなピンク色の煙と、鼻を突く焦げたオゾンの臭い。


「ゲホッ、ゲホッ……! ルナ、無事か!?」  


 アリアが煙を仰ぐ。

 

 室内はピンク色の怪しげな煙と、焦げたオゾンの匂いが充満していた。

 ルナは床に座り込み、毛布を頭から被って小刻みに震えていた。


「……ユキ? 来ないで。……今の私は、解析不能なバグに侵されている……」


 毛布の隙間から覗くルナの顔は、ススで汚れ、そしてリンゴのように真っ赤だった。


 机の上には、奇跡の解析データではなく、支離滅裂なメモが散乱していた。


 『【考察:心拍数140突破の要因】……対象ユキへの物理的接近。……古インク以外の、未知の香油(ユキの匂い)による脳内麻薬の分泌。……結論:私は、あの日から、まともに呪文が唱えられない』


(……この人、俺と密着したショックで、三日間も引きこもっていたのか!)


 あまりのポンコツぶりに、俺は深い溜息をついた。  


「ルナさん。顔がひどいですよ。じっとしていてください」  


 俺は《アイテムボックス》から清潔な布を取り出し、彼女の前に膝をついた。


「……ユキ。近すぎる。……また、バグが……」


「いいから、目を閉じて」


 俺はルナの細い顎をそっと持ち上げ、至近距離でその顔を固定した。

 彼女の皮膚を傷つけることなく、目元や頬のススを丁寧な所作で拭い去っていく。


 至近距離。

 ルナのアメジストの瞳が、驚きで見開かれる。  


 俺の吐息が彼女の鼻先を掠め、古いインクの香りに混じって、彼女自身の熱い体温が伝わってくる。


「ユキ。……私は、受諾する。……論理的な敗北を、宣言するわ……」


 ルナは俺の服の裾をぎゅっと掴み、潤んだ瞳で俺を見上げた。  

 最強の隠蔽スキル《パーフェクトフェイク》は、彼女の鑑定魔法は防げても、その無垢な心に灯った火を消すことはできなかった。


 彼女は俺の服の裾をぎゅっと掴み、小刻みに震え始めた。


(……この、論理的に説明不能な、胸の締め付け……)

(……数式では、導き出せなかった、解……)

(……これが、私が否定し続けてきた……『恋』……なの?)


 ルナの頭脳は、人生で初めて明確に自覚した「恋愛感情」という名のバグを前に、完全にフリーズした。  


 彼女は俺に顔を拭かれながら、されるがままの状態で、潤んだ瞳で俺を見上げている。その姿は「大賢者」の威厳など欠片もなく、ただ一人の少年を求める、無防備で可愛い年上の少女だった。


「ユキ。……私は今後、あなたの存在ものであることを……論理的に、受諾する……」  


 消え入りそうな声で、ルナがとんでもない「契約」を口にした。


 扉の外では、手当てを終えたフィーナが「あらあら、ルナさんだけズルいですわ」と、目を笑わせずに聖杖を握りしめている。


 アリアも「私だってユキに顔を拭いてもらいたいぞ!」と、筋違いな嫉妬を爆発させていた。


 お姉さんたちの暴走する好意と、隠し通さねばならない俺の実力。  

 亡国の王子の平穏な日常は、ルナという「探求者」が「恋人志望者」へと転向したことで、ますます予測不能な迷宮へと迷い込んでいた。

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