第23話 辺境伯の招待状と、嵐のドレス選び
祝勝会の余韻が冷めやらぬ数日後、ハウスの重厚な郵便受けに、場違いなほど気品を纏った一通の手紙が届けられた。
厚手の羊皮紙。
その中央には、クレセント辺境伯家の紋章――三日月と剣をあしらった深紅の封蝋が、拒絶を許さぬ重みで鎮座している。
「……なんだこれ? 読めない……呪文か?」
アリアが眉間に皺を寄せ、手紙をひっくり返して透かしている。
燃えるような赤髪を揺らし、王国最強の剣を振るう彼女にとって、貴族特有のまどろっこしい古文体は、ドラゴンの咆哮よりも難解な代物だった。
「……貸しなさい。……ふむ。『白銀の乙女』御一行。先のダンジョン攻略、およびBランクパーティ救助の功績を称え、今宵、辺境伯邸での夜会に招待する。――とのことよ」
ルナが淡々と読み上げると、ハウス内の空気が一瞬で凍りついた。
「や、夜会……!? あの、無駄に高いワインを飲んで、不自由な服を着て、猫を被って踊るやつか!」
アリアが真っ赤になって狼狽する。
「……面倒。ユキの飯が出ないなら、行く価値は論理的にゼロよ」
ルナが紫の瞳を細め、心底嫌そうに吐き捨てた。
「あらあら……。でも、領主様からの公式なご招待。無碍にすれば、私たちの活動に支障が出るかもしれませんわ」
金髪を揺らし、フィーナがおっとりと微笑む。だがその碧眼は、社交の場という「戦場」を前に、わずかな緊張を滲ませていた。
(……嫌な予感しかしないな)
俺、ユキは最後尾で掃除道具を片付けながら、内心で頭を抱えた。
俺の正体は滅亡したアルトリア王国の王子、ルキーユ・ルド・アルトリア。
貴族の社交場に出たことはないが、徹底的な教育は受けている。そつなくこなす自信はある。しかし、帝国の「影」が紛れ込むリスクが最も高い場所だ。
(そういう場所は、避けた方がいいだろう)
「俺はポーターですから、留守番を――」
「ダメだ、ユキ! お前も来るんだ!」
アリアが俺の腕をガシッと掴んだ。
鎧を脱いだ私服越しでも、彼女の熱い体温が伝わってくる。
「お前がいないと、ドレスの裾を踏んで転んだり、フォークをへし折ったりするかもしれないだろう!」
(自覚はあるんですね……)
「ユキくんがいてくれたら、私たちも安心ですわ。……ね?」
「ユキ。お前は私の『生存インフラ』。社交界という毒気から私を守る、特別な護衛として同行を命ずるわ」
結局、俺の拒否権はSランク三人の「過保護という名の依存」によって、あっさりと踏み潰された。
その日の午後、俺たちは王都の最高級ドレス店へと連行された。
一歩足を踏み入れた瞬間、そこは香水の甘い香りとシルクの擦れる音が満ちる、女たちの戦場だった。
「……布が、少なすぎる。これでは肌がむき出しで、防御能力に欠ける」
背中が大きく開いたドレスを指差し、ルナが論理的な(?)文句を言う。
「アリアさん、コルセットというものは、こう……お腹をグッと締めるんですよ」
「何っ!? 腹筋に力が入らないじゃないか! それでは『紅蓮丸』を振るえんだろう!」
脳筋剣聖の理論に、店員が引き攣った笑いを浮かべて立ち尽くしている。
見かねた俺は、一歩前に出た。
「……アリアさんはその赤髪に合わせ、深紅のサテンを。ただし、剣士としての誇りを損なわぬよう、肩周りの可動域を確保したカッティングがよろしいかと。ルナさんはアメジストの瞳を際立たせる、スレンダーなミッドナイトブルーを。フィーナさんは聖女の気品を保つ、純白のシルクに金糸の刺繍が似合います」
俺の口から滑り出したのは、かつて侍従セバスから骨の髄まで叩き込まれた「王族の審美眼」だった。
「……ユキ。なぜそんなに詳しいの?」
ルナがジロリと俺を睨む。俺は慌てて「ポーターですから。高級品の鑑定も嗜み程度に」と《偽装》の仮面を被り直した。
夜会当日。
着慣れないドレスに身を包み、同手同足で歩くアリア、裾を蹴り上げながら進むルナ、そして微笑みの裏で緊張を隠せないフィーナを引き連れ、俺たちは辺境伯の館へと到着した。
馬車から降りた瞬間、周囲の貴族たちから、感嘆と嫉妬が入り混じった視線が集まる。Sランク三人の美貌は、ドレスという装飾を得て、暴力的なまでの輝きを放っていた。
だが俺は、その華やかな空気の裏側に潜む「不協和音」を捉えていた。
館の入り口で、こちらを見下ろす狐目の若い貴族の嘲るような視線。
(……やれやれ。平穏への道は、今日も遠いな)
亡国の王子としての誇りと、最強の力を隠蔽しつつ、俺はこの「戦場(夜会)」への第一歩を踏み出した。




