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最強の《土魔法》使いの少年――バレると面倒なのでレベル1ポーターを演じてます  作者: 猫野 にくきゅう


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第22話 祝勝会と(別の意味の)胃袋

 C級ダンジョン『ゴブリンの砦』の攻略任務完了報告は、クレセントの冒険者ギルドに波紋を投げかけた。  


 Sランクパーティ『白銀の乙女』がボスのゴブリン・キングを影も踏ませず粉砕したことは、当然の帰結として受け止められた。  


 だが、衆人の視線が突き刺さっていたのは、その背後でボロ雑巾のように打ちひしがれているBランクパーティ『赤き流星』のリーダーだ。


「……Bランクともあろう者が、C級で足止めを食らい、挙句の果てに救助を請うとは。ギルドの査定を甘く見ていたのではないか?」  


 ギルドマスターの冷徹な一言が、静まり返ったホールに冷たく響く。  

 リーダーのマルスは顔を真っ赤にして俯き、震える拳を膝の上で固めていた。  


 俺の《偽装:認識操作》によって、彼の記憶は「ゴミと呼んだポーターのデタラメな幸運によって命を救われた」という、呪いにも似た事実に上書きされている。  


 マルスは俺を恐ろしい実力者としてではなく、自分のプライドを根底から腐らせる「運がいいだけの、鼻持ちならない無能」として忌々しげに睨みつけたが、その瞳にはかつての威圧感は欠片もなかった。  


 俺はポーターとして一歩下がり、彼の凋落を無機質な瞳で見送った。  

 屈辱を伴う軽蔑は、俺の正体から目を逸らさせるための、最良の目隠しになるのだから。


 ギルドの不快な熱気を背に、俺たちは住み慣れたパーティハウスへと戻った。  


 重厚なオーク材の扉を開けた瞬間、戦闘の緊張感は霧散し、代わりに「生活能力を放棄した最強たち」の呻きが俺を迎える。


「ユキ! 腹が減った! 頼む、今すぐ、今すぐ何か食べさせてくれ!」  


 アリアが鎧も脱がずに玄関に崩れ落ち、俺の膝に縋り付いてきた。  

 ミスリル銀の冷たさと、彼女が纏う戦場の熱気が、至近距離で俺の足を包む。


「……ユキ。エネルギーが限界点。脳細胞が機能を停止し始めているわ」  


 ルナが幽霊のような足取りで現れ、俺の服の裾をぎゅっと掴んで離さない。  

 彼女は高度な魔法を連発した反動で、自律的な生命維持能力が著しく低下していた。


「あらあら、二人とも……。ユキくん、お疲れのところ申し訳ありませんが、今日は特別な祝勝会にしましょうね」  


 フィーナが聖女の微笑みを湛えているが、そのサファイアブルーの瞳は、期待に潤んで「肉」を渇望していた。


 俺はポーターとしての荷解きを適当に済ませると、すぐにキッチンへと向かった。  

 今日のメインディッシュは、以前セバス経由で極秘に仕入れておいた、Aランク魔獣『クリムゾン・バッファロー』の塊肉だ。  


 《アイテムボックス》から取り出した肉は、時間停止によって切り立ての鮮度を保ち、見事な霜降りがキッチンの魔導光を反射して輝いている。  


 トントン、と包丁が軽快なリズムで木製の大まな板を叩く。  


 レベル1617のステータス補正を受けた俺の指先は、もはや宮廷料理人すら凌駕する神話級の精度を宿していた。  


 強火で表面を一気に焼き固め、肉汁の爆発を内側に閉じ込める。  


 続いて数種類の薬草と赤ワインを加え、低温でじっくりと芯まで熱を伝えていく。  やがてハウス内に、肉の焼ける香ばしい匂いとハーブの清涼な香りが充満し、彼女たちの殺気は完全に消失した。


 数時間後、ダイニングテーブルには山盛りの特製ローストビーフが並んだ。


「「「いただきます!!」」」  


 三人の返事は、ボスの咆哮よりも鋭く重なった。  

 一口食べた瞬間、アリアの瞳がルビーのように輝き、ルナの頬がアメジストのように染まっていく。


「うまっ……! なんだこれ、口の中で溶けるぞ!」


「……非論理的な多幸感。脳内麻薬が分泌されているわ……」  


 彼女たちの胃袋を掌握し、俺なしでは生きられない「生存戦略インフラ」を構築する。  


 これこそが、俺の平穏を守るための最大の防壁なのだ。


 だが、宴が佳境に入った時、平和な空気は一変した。  

 大皿の最後の一切れ。最も肉汁が滴り、脂のノリが完璧な極上の部位。  


 カチャリ、と二本のフォークが同時にその肉を捉えた。  

 アリアと、ルナだ。


「……アリア。それは私のものよ。魔力消費の激しかった私のほうが、栄養を必要としているわ」


「何を言うルナ! リーダーの私こそが、前線で一番体を張ったんだ! 報酬としてこの一切れを頂く権利がある!」  


 Sランクの剣聖と大賢者が、一切れの肉を巡って火花を散らす。  


 背後ではフィーナが「あらあら、二人とも……(本当は私が一番食べたかったのに)」と、目に温度のない微笑みを浮かべていた。


(……この人たち、ダンジョンの時より必死じゃないか?)  


 俺は自分の空っぽの皿を見つめ、深い溜息をついた。  


 最強の力を隠し、偶然を装って彼女たちを救い続ける。

 だが、このハウス内での「肉」を巡る争奪戦だけは、俺の力を持ってしても制御不能だった。


 騒がしく、それでいて心地よい日常が終わりを告げようとした、その時だ。  

 ハウスのポストに、場違いなほど高級な羊皮紙の封筒が投函された。



 **


「……ルナ。これ、読めるか?」  


 アリアが首を傾げながら、重厚な封蝋の施された手紙を差し出す。


「……辺境伯の紋章。……夜会への招待。私たちの功績を称えたい、とのことよ」  


 ルナの言葉に、俺の胃がドクンと嫌な音を立てた。  


 貴族の夜会。

 それは、かつて王子として生きた俺が、最も忌避し、警戒すべき「過去」と繋がる社交場だ。  


 俺の平穏なスローライフに、新たな、そして極めて面倒な火種が投げ込まれたことを、俺はこの時、確信していた。

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