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最強の《土魔法》使いの少年――バレると面倒なのでレベル1ポーターを演じてます  作者: 猫野 にくきゅう


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第20話 仕方ない、助けてあげますよ

 アリアとルナは攻撃の手を止め、凍りついたように立ち尽くした。

 フィーナもまた、自らの癒やしの手が届かない距離での人質劇に顔を青ざめさせ、杖を握る指先を震わせている。


「卑怯な……! マルスを放せ!」


 アリアが激昂する。


 剣聖としての責任感。そして――俺に無様な姿を見せたくないという強烈な「つよがり」。それらが混ざり合い、彼女の拳を血が滲むほど握りしめさせていた。


(人質に取られたのが彼で良かった。とはいえ……非常に面倒な展開だ)


 俺は小さく息を吐く。


(あの小物を助ける義理はない。だが、ここで死なれると、彼女たちが今夜、自責の念で眠れなくなる。それは俺の『平穏』にとって損失だ)


 足元に転がっていた、親指の爪ほどの石片を、指先でそっと拾い上げる。


 誰にも見えない死角。

 レベル1617の膨大な魔力を、その一点に集束させた。


 《土魔法:分子構造超圧縮・静止射出術スタティック・ショット》。


 改良を重ねた暗殺魔術。

 物理的な腕力(STR)は一切介在しない。ただ世界の理を魔法で書き換え、石片を一瞬で「鉄以上の密度」を持つ弾丸へと変貌させる。


 キングに掴まれたマルスだけが、俺の瞳の奥に、地平線の彼方を見据えるような絶対的強者の輝きを見出し、驚愕に目を見開く。


 俺は、声を出さずに囁いた。


(……仕方ない、助けてあげますよ)



 **


 俺は怯えるポーターのふりをして、ゴブリンキングに語りかける。


「その人を放してください。代わりに俺が人質になりますから――」


 そう言いながら一歩踏み出した俺は、指先で石片を弾く。


 直後。


 ――世界から、音が消えた。


 音速を超えて、なお無音。

 放たれた石礫は、キングが反応するよりも早く、マルスを掴んでいた腕の腱を原子レベルで粉砕し、そのまま反対側の壁までをもバターのように貫通した。


「――ギャアアアアアアッ!?」


 腕の自由を奪われたキングが絶叫し、拘束が緩む。

 その隙を、マルスは恐怖に顔を歪めながらも必死に逃げ出した。


「今だっ!!」


 アリアの叫びが、停滞していた空気を切り裂く。


「《紅蓮・爆炎剣》!」

「《サンダー・ストーム》!」

「《ホーリー・アロー》!」


 三方向からの同時攻撃。


 人質という制約を解かれたSランクパーティの暴力的な実力が一気に解放され、ゴブリン・キングは絶叫を上げる暇もなく、極大の光の中に塵へと還っていった。


 やがて、広間に静寂が戻る。


「ユキくんが! 勇気を出して解放を呼びかけたおかげで拘束が緩んだんですよ! 神様が、またしても隙を作ってくださったんです!」


 フィーナが頬を上気させ、興奮気味に言う。プラチナブロンドの髪が揺れ、サファイアブルーの瞳が純粋な感謝で輝いていた。


「……確率論的には数億分の一の奇跡。けれど、ユキの運の良さを考えれば、全ての式が合理的に成立してしまうわ」


 ルナは紫の瞳を細め、自らの知性に敗北したような溜息をつく。


「運が良かったです。……でも、手が震えちゃって」


 俺は力なく笑い、気恥ずかしそうに白い髪をかく。


「ユキーーーッ!!」


 背後から、アリアが抱きついてきた。

 鎧の冷たい硬さと、それとは対照的な彼女の熱い体温。勝利に沸く激しい鼓動が、背中越しに伝わる。


「まぁ、ユキくん、本当によく頑張りましたね。怖かったでしょう。よしよし」


 フィーナまでもが正面から抱き寄せ、その柔らかな母性と石鹸の香りで俺の意識を包み込む。


 俺は二人の「無自覚な誘惑」という包囲網の中で、自身の動悸を必死に押し殺した。


 一方、床に座り込むマルスだけが、ガタガタと震えながら俺を見上げている。


 だが、俺が密かに発動した《神をも欺く偽装パーフェクトフェイク:レベル1890》による認識操作が、彼の記憶を「ゴミのような、運の良いだけの無能に救われた」という物語へと書き換えていく。


(俺は……あのレベル1の……『デタラメな幸運』に救われたのか……?)


 拳を地面に叩きつけ、耐え難い屈辱に唇を噛むマルス。

 実力で敗北するよりも遥かに重い呪いが、彼の心に刻まれた。


 それを見届けた俺は、静かにポーターのリュックを背負い直す。


「さあ、帰りましょう。今夜は特製のローストビーフを、山ほど用意してありますから」


 最強の力を、お姉さんたちへの情愛という甘い檻の裏側に隠し通す。


 亡国の王子の平穏な日常を守るための、贅沢で不自由な戦いは、今日もまた完璧な勝利で幕を閉じた。

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