第18話 Bランクの窮地と、Sランクの「過保護」な蹂躙
C級ダンジョン『ゴブリンの砦』最深部――そこは今、Bランクパーティ『赤き流星』にとって、逃げ場のない公開処刑場と化していた。
石造りの広間に充満するのは、血と汗と腐臭が混ざり合った重たい空気。
松明の火は不規則に揺れ、壁面に巨大な影を幾重にも映し出している。
その中心で、リーダーのマルスは、オーガの剛腕によって無残にも壁へ叩きつけられていた。鈍い衝撃が石壁を震わせ、肺の空気が一瞬で押し出される。呼吸が、できない。
視界の端で、ホブゴブリンの群れが歪んだ笑みを浮かべている。
数は二十を超える。
さらに三体のオーガが広間を囲むように立ち、腐臭を伴う魔圧をじわじわと解き放っていた。その圧力は、肌を刺すというより、内側から押し潰すような重みを帯びている。
生き延びたいという本能が、絶望に塗り潰されていく。
「……ここまで、か……」
マルスの手から、魔剣が滑り落ちかける。
くすんだ赤毛が額に張り付き、茶色の瞳から闘志が失われていく。震えるまぶたが閉じられようとした、その瞬間だった。
淀んだ空気を、真一文字に切り裂く声が響く。
「そこまでだ、雑魚ども!」
凛とした声音。
炎のように鮮やかな赤髪を揺らし、アリアが踏み込んでくる。
Sランク・剣聖。
その赤い瞳はルビーレッドの輝きを宿し、抜き放たれた魔剣『紅蓮丸』は、刃そのものが燃えているかのような殺意を放っていた。
その背後に立つのは、青髪を揺らす大賢者ルナ。
アメジストの瞳は冷徹な知性を湛え、すでに状況を演算し終えたかのように静まり返っている。
そして、柔らかなプラチナブロンドを光に溶かす聖女フィーナ。
サファイアブルーの瞳は微笑を浮かべているが、目は、笑っていない。
「あ……アリア様……!? なぜ……っ!」
血を吐きながら叫ぶマルスに、アリアは一瞥もくれない。
「ユキのリハビリのついでだ。バカどもは、そこで震えていろ」
そして、最後尾にいた俺――白い髪を目立たぬよう整えたレベル1ポーター、ユキを、強引に引き寄せる。豊かな胸の感触が背中越しに伝わるほどの距離で、彼女は俺を庇う位置に立った。
「ユキ、私の背中から一歩も離れるなよ。いいな?」
戦場を駆ける風のような、清々しい香りが漂う。
腐臭に満ちた広間の空気が、ほんの一瞬で塗り替えられた。
戦闘は、もはや戦いではなかった。
蹂躙という名の、過保護なショーである。
アリアが踏み込む。音が遅れてやってくる。
音速を超えた斬撃が、オーガの巨大な棍棒を粉砕し、金属片のように四散させた。衝撃波が石畳を走り、ホブゴブリンの列をなぎ倒す。
その横で、ルナが淡々と魔導書をめくる。
「《冷却結界》展開。……ユキの周辺温度、24度に固定。不快指数を排除する」
展開されたのは攻撃魔法ではない。
俺を守るための環境維持魔法。
熱気に満ちた戦場の空気が、俺の周囲だけ穏やかに整えられていく。
服の裾を掴んだまま、彼女は無造作に氷の礫を放ち、飛来するホブゴブリンの頭部を正確に撃ち抜いた。
「ユキくん、怖くないですからね? 聖なる加護で包んであげます。《エリア・プロテクション》」
フィーナの展開した黄金の結界が広間を満たす。
光はマルスたちの傷を癒やしながら、俺を外部の衝撃から完全に隔離した。
振動も、血の匂いも、遠い。
俺はポーターのリュックを背負い直す。
呼吸を整えながら、足の指先から静かに地脈へ魔力を通した。
《土魔法:広域探知》
大地の脈動が、鼓動のように伝わってくる。おそらくは帝国――リゼルド帝国によって「活性化」された魔物たちは、本来の数倍の生命力を宿している。
単純な殲滅では、終わらない。
二体目のオーガが、切断された肉体を無理やり再生させる。
筋肉が泡立つように盛り上がり、血管が膨張し、再び拳を形成する。
そして、アリアの死角へと踏み込んだ。
その、0.5秒前。
(……アリアさん、そこは危ない)
俺は自らのステータスを1000分の1に押し込める。
暴走すれば、この広間ごと崩壊しかねない。
精密な魔力制御で、オーガの足元だけに干渉する。
《土魔法:局所重力付加》
「ガァ!?」
数トンの圧力が、瞬間的に叩きつけられる。
オーガの腕は軌道を逸らし、アリアの横を虚しく通過して石畳を粉砕した。
砕けた破片が跳ねる。
「……ん? 空振ったか。ラッキーだな!」
アリアはそれを幸運と断じ、無防備になった首を一閃で刎ね飛ばす。
赤い瞳が、戦いの熱にわずかに細められた。
数分後。
広間を埋め尽くしていた魔物は完全に沈黙し、残るは玉座で震えるゴブリン・キングのみとなる。
アリアは『紅蓮丸』を鞘に納め、倒れ伏すマルスの前へ歩み寄った。
石畳を踏む足音が、やけに静かに響く。
「さて、ゴミの始末は終わった」
くすんだ赤毛のマルスは、顔を真っ赤にして震えている。
自分たちが命を懸けた死闘を、Sランクの美女たちは散歩の延長のように終わらせた。(多少、危ないところはあったが)俺を守りながら、余裕で。
「……くそっ……!」
悔しさで顔を歪ませるマルス。
俺はフィーナから預かったポーションを差し出す。
穏やかな声音で――
「……助かって良かったですね、マルスさん」
俺の言葉に、彼は唇を噛み締め、敗北感に沈んだ。
Sランクの三人は、自然と俺を囲むように立つ。
赤、青、金。それぞれの視線が、当然のように俺へ向けられている。
「さあ、最後だ。ユキは後ろで見ていろ。ボスの首、獲ってくるぞ」
このまま余裕で勝利できそうな流れ――
だが、玉座に座るゴブリン・キングに焦りは見られない。
その狡猾な目を光らせ、戦場を眺めている。




