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最強の《土魔法》使いの少年――バレると面倒なのでレベル1ポーターを演じてます  作者: 猫野 にくきゅう


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第17話 C級ダンジョンの先行者

 クレセントから馬車で半日。


 舗装の荒れた街道を揺られ続け、車輪の軋む音と乾いた風に身を晒した末、俺たちが辿り着いたC級ダンジョン『ゴブリンの砦』は、分厚い暗雲の下で沈黙していた。


 朽ちかけた木柵は黒ずみ、ところどころに獣の爪痕が残っている。

 湿った土と腐敗した木材の臭いが鼻を刺し、その奥からはゴブリン特有の脂ぎった悪臭が風に乗って漂ってきた。


 まるで「ここから先は人の領域ではない」と告げる、無言の威圧だ。


 俺が馬車を降りた瞬間――

 背後から、乾いた嘲笑が突き刺さった。


「よぉ、寄生虫。Sランク様の陰に隠れて震えてるだけなら、今のうちに帰れよ。ここは戦場だぜ?」


 声の主は、Bランクパーティ『赤き流星』のリーダー、マルス。くすんだ赤毛を乱暴に掻き上げ、功名心に焼けついた茶色の瞳で俺を睨みつけている。その視線には焦燥と嫉妬が混じり、薄く歪んだ口元がそれを隠しきれていなかった。


 仲間のエリナとサラが何か言いかけるよりも早く、マルスは踵を返す。


「行くぞ! Sランクがもたついてる間に、ボスの首は俺たちが頂く!」


 止める声も振り切り、砦の闇へと突進していく背中。焦りが、そのまま形になったような無謀さだった。


 それを見送りながら、アリアが小さく鼻を鳴らす。燃えるような赤髪が揺れ、ルビーレッドの瞳が細められた。


「……ユキ。あんなバカは放っておけ。お前は、一歩も私の隣から離れるなよ。いいな?」


 言うなり、ぐいと肩を引き寄せられる。

 鎧越しでもはっきりと分かる確かな体温と、戦場を駆け抜ける風のような清冽な香りが、不意に近づいた距離を強く意識させた。


「ユキくん、ポーションは私が持ちますね。あなたは転ばないように気をつけるだけでいいんですよ」


 フィーナが柔らかく微笑み、俺の装備を丁寧に整えていく。

 光を反射する金髪がさらりと揺れ、サファイアブルーの瞳が優しく細められる。至近距離で香る石鹸のような清潔な匂いに、思わず頬が熱くなるのを自覚した。


(……いや、俺はポーターだぞ?)


 内心で苦笑しつつも、否定はしない。

 否定したところで、彼女たちの過保護は止まらないのだから。


 砦の内部へ足を踏み入れる。外見以上に劣悪だった。 

 天井は低く、湿気がこもり、泥が靴底に絡みつく。壁際には食い散らかされた骨が転がり、どこからともなく低い唸り声が反響する。


 そのとき――

 暗がりの奥で、無数の赤い光が瞬いた。


 ホブゴブリンの巡回部隊が現れた。

 棍棒や錆びた剣を握り、涎を垂らしながらこちらを値踏みしている。


「ユキ、下がって」


 ルナが淡々と告げ、俺の服の裾をぎゅっと掴んで背後へ押しやる。

 青髪が揺れ、アメジストの瞳が冷ややかに光る。その周囲で、紫色の魔力がパチパチと音を立てて弾けた。


「ガァァァッ!」


 先陣の一体が跳躍する。

 振り下ろされる棍棒。腐臭を含んだ風圧。


 だが――届かない。


「私のポーターに、気安く触れるな!」


 アリアの魔剣『紅蓮丸』が鞘走る。

 音速を超えた抜刀が空間を断ち切り、ホブゴブリンの胴を一文字に裂いた。血飛沫は噴き上がる前に、彼女の闘気に弾かれて霧散する。


「……非効率な個体群。《真空の断頭台エア・ギロチン》」


 ルナが指先で円を描く。

 不可視の刃が連なり、突進してきた魔物の首が次々と宙を舞う。彼女は一度も後ろを振り返らない。俺を庇ったまま、作業のように排除していく。


「ユキくん、怖くないですからね? 聖なる加護でお包みします。《エリア・プロテクション》」


 フィーナの杖が輝き、黄金の結界が俺を中心に展開された。

 衝撃も臭気も、冷たい空気さえも遮断する。そこは戦場の只中でありながら、過保護な安息の空間だった。


(……やれやれ。探索というより、最高級のVIPルームで移動しているみたいだな)


 ポーターのリュックを背負い直しながら、俺はSランクによる蹂躙劇を眺める。本来、C級ダンジョンはBランクが命懸けで挑む場所だ。だが彼女たちにとっては、俺という「壊れ物」を守りながら歩く散歩道に過ぎない。


 それでも――

 俺の《探知ソナー》は、砦の奥底から響く異質な魔力を捉えていた。


(……この波長。ただのゴブリンの砦じゃない。何者かが魔物を『活性化』させている)


 冷徹な分析が、王子としての思考回路を呼び覚ます。魔力の質は粗雑だが、意図的だ。帝国――リゼルド帝国の実験か?


 可能性は高い。


「どうしたユキ、ボーッとして。……もしかして、怖かったか?」


 不意に頬を突かれる。アリアが戻ってきていた。


「よしよし、私がついているぞ!」


 そのまま抱き締められる。

 鎧の硬さと、内側から伝わる柔らかな体温。


 その落差に、別の意味で危機を覚える。


「……アリアさん、苦しいです。それより、奥の方が騒がしい気がします」


 俺の言葉に、彼女はぴたりと動きを止めた。

 耳を澄ます。遠くから響く爆音と悲鳴。


「なにっ!? バカどもがやらかしたか。急ぐぞ!」


 大広間に辿り着いた瞬間、光景が目に飛び込んできた。


 壁に叩きつけられたマルス。

 血を吐き、動かない。

 エリナは魔力切れで膝をつき、サラは杖を握る手を震わせている。


 中央の玉座。


 そこに鎮座するのは、帝国によって活性化された『ゴブリン・キング』。

 肥大化した肉体、濁った瞳、禍々しい魔力。そして左右には、三体の巨大なオーガが棍棒を構え、下卑た笑みを浮かべていた。


「もう……ダメ……!」


 サラの声が震える。

 振り上げられるオーガの棍棒。


 空気が軋む。

 その瞬間――


「――そこまでだ、雑魚ども」


 アリアの凛とした声が、絶望を切り裂いた。

 広間に響き渡るその一言だけで、空気が変わる。


 彼女は俺を背後に隠すように立ち、紅蓮丸を静かに構える。

 ルナの魔力が研ぎ澄まされ、フィーナの結界がさらに強く輝く。


「ユキは下がってろ。ここは私たちが一瞬で片付ける」


 ――幸運の神が誰であるかも知らずに。


 最強のヒロインたちは、俺への庇護欲を燃やしながら、圧倒的な暴力の幕を上げようとしていた。

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