7.青年になったシーヴァ君
シーヴァ君はジッと手のひらに乗った鍵を見つめ、
「分かりました……!」
決意した表情で私を見上げた。
「神様のお役に立つなら、とっても嬉しいです!」
「いや、だから私は神様じゃないんだけど」
と訂正するけど、シーヴァ君はゆっくりと首を振った。
「アヤメさんは僕の神様です。あの恐ろしいドラゴンから僕を助けてくれたし、奴隷になってからこんなに優しくしてもらったことも、お腹いっぱい食べさせてもらったこともありませんでした。僕にとっては、アヤメさんは神様です」
(こんな小さい子供が……いったいどんなひどい扱いを受けていたの)
彼の話を聞くと、どうしようもなく胸が締め付けられてしまう。
彼に比べれば、私の奇想天外な体験なんて、悲劇ですらない。
「……ありがとう、シーヴァ君」
改めて鍵を差し出すと、オオカミの少年はゆっくり鍵に手を伸ばした。
「とりあえず、このダンジョンを抜けたら、後はシーヴァ君が好きな時に返してくれればいいからね」
「分かりまし……ッ?!」
シーヴァ君が鍵を大切に胸元に抱いた―――その時だった。
「ど、どうしたの?!」
急に苦しそうに息を詰めて、ソファーの上で小さな体をさらに小さく丸めさせた。
「き、急に、体がッ……あつ、い……ッ!」
「シーヴァ君ッ?!」
(嘘……この鍵を渡すだけでいいって……どッどうしよう?!)
「し、シーヴァ君!すぐに、その鍵捨ててッ!」
こんなことになるなんて!
シーヴァ君の無事を確認したら、あの本に文句言ってやる!
だけど、事態は思わぬ方向へと動いていった。
「・・・・・・え?」
最初は見間違いかと思った。
だけど、私よりも小さい体が、どんどん大きくなっていき。
この年頃には薄すぎる体や細い手足が、どんどん厚く、逞しくなっていき。
ビリッ―――!
その証拠に、彼に着せていた私の着古したスウェットの縫い目には、あっけなく裂け目ができ。
「し、シーヴァ、君……?」
「アヤメ、さん……」
今までの子供らしい高い声から一転、耳心地のよい低い声が私の名前を呼ぶ。
そして、彼がゆっくりと立ち上がろうとする―――
「キャアァァァ―――!そのまま!座ったまま!立たないで!」
のを直視できない私は立ち上がらせないように必死に言い聞かせ、毛布を頭からバサッとかけた。
「と、とにかく!私が戻るまで、そこに座ってて!いい?!」
「わ、分かりました!」
くぅ、焦った声もメチャクチャ美声だ。
でも今は、そんなことに構っている暇はない!
だって、あの様子じゃ下着もきっと破れているに決まってる。
そんな状態で立ち上がったら―――!
(だ、男性用の着替え、あったかな?!)
私は慌てて自室に走っていった。
とりあえず、着れそうな服を持って談話室に戻ると、元美少年の美青年がソファーの上でなぜか体育座りをしていた。
(見えないようには、なってるわね)
毛布で体が隠れていることを確認し、
「し、シーヴァ君……?」
と声をかけた。
すると、
「アヤメさん!」
ホッとしたような笑顔を向けてくるが、
(ま……眩しい!)
相変わらず私は直視できないでいる。
(元々、美少年だなぁとは思っていたけど……成長したら、こんなにカッコ良くなるとは)
ちなみに、私の恋愛遍歴は浅いの一言に尽きる。
大学時代に一応彼氏はいたけど、バイトが忙しすぎて、たった3ヶ月で自然消滅していたし。
入社してからは、仕事をしながらペンション経営の準備に忙しく、できるだけ貯金もしたかったから、実家住みで飲み会もほぼ行かなかった。
要は、恋愛も出会いも自ら放棄していたのだ。
そして、目の前のケモミミと尻尾がついている青年。
私が今まで出会ってきた男性の中で、ダントツのイケメンだった。
しかも半裸。
その上、部屋の中で二人っきりという、今更なシチュエーション。
これで意識するなという方が無理だと思うのだけど。
(いやでも、中身はあのかわいいシーヴァ君なんだから、変に気にしすぎたら彼も困るよね。うん)
自分に言い聞かせながら、そろそろと近づいた。
「気分はどう?どこか具合悪いところはない?」
と尋ねると、
「大丈夫です。むしろ、今までで一番力が湧いてきます!」
どうやら体調は問題ないようだ。
「君が着れそうな服を持ってきたんだけど、どうかな?」
持ってきたのは、お客さんが希望した時に用意してある浴衣。
ちなみに、オプション料金がかかる。
それから……
(まさか、お父さんのために買っておいた着替えのボクサーパンツが役に立つことになるとは)
プレオープンに両親を招待したとき、駅に着いた父親から下着を忘れたかもしれないから買っておいて欲しいと電話で言われ、コンビニで買ったものだ。
結局父親はちゃんと着替えを持ってきていて使用されることなく私の手元に残り、その分のお金はしっかり徴収したけど。
「これ、私が父の着替え用に買った下着で、多分履けると思うんだけど。あ、もちろん未使用だから!」
「ありがとうございます」
シーヴァ君は素直に受け取るが、色々な角度から下着を観察している。
「あの、アヤメさん」
「どうしたの?」
「これは……この穴の開いている方が尻尾用ですか?」
「し、しっぽ、よう……?」
一瞬何を言っているのか分からなかった。
だって、お父さんには尻尾なんて生えていないし、そもそも下着に尻尾用の穴が開いているなんて聞いたことが・・・・・・
「……そういうことッ?!」
「ッ?!」
いきなり大声を出した私に、シーヴァ君がビクッと跳ねる。
(つ、つまり……獣人用の服には尻尾用の穴が付いているってこと?!そう言えば、彼が着ていたズボンにも下着にもお尻側に穴が開いていた気がッ!)
ケガの手当てに必死で、すっかり忘れていた。
「……カルチャーショックだわ」
「え?」
「う、ううん!ごめんね、大声出して。その穴が開いている方が前……のはずなんだけど」
(なんで女の私が男性にボクサーパンツの履き方を教えているの……)
「人間用の下着はこうなっているんですね」
そりゃ、他種族の下着なんて履く機会がないんだろうから、そういう反応になるのだろう。
「ちなみに、やっぱり尻尾用の穴はあった方がいい?」
「そうですね……この下着だと尻尾が窮屈になってしまうというか……」
シーヴァ君は毛布から尻尾だけ出してみせた。
少年だった時より、尻尾も大分長くフサフサしている。
確かにこれだと、下着に穴が開いていないと下着がずり落ちてしまいそうだ。
「じゃあ、ハサミ持ってくるから手頃な所に穴を開けてみて。地上に出られたら、ちゃんとシーヴァ君の服を買おう」
「ありがとうございます!」
フロントのハサミを渡して、
「とりあえず、一度履いてみて尻尾の付け根の位置を確認してから穴を開けた方がいいと思う。私は一旦離れるから」
そう告げると、
「えっ?!」
なぜか驚いたような顔をする。
逆に何でそんな意外そうな顔をするのか疑問だ。
「シーヴァ君。君はどこからどうみても立派な青年なんだよ。君の裸を見るわけにはいかないでしょう」
そこで今更な疑問が浮かんだ。
「そう言えば、何で急にこんなに大きくなっちゃったの?!」
そのきっかけは、どう考えてもあの鍵を渡したからなんだろうけど。
でも、だからってこんな風になるなんて、聞いてない!
「僕も分かりません!ですか、あの鍵を手にした時、急に何かが体の中に流れ込んできた感じがしたんです。そうしたら、体に力が漲ってきて……」
「力が漲ってきたから、体がこんなに急成長しちゃったの?」
「獣人は膨大な魔力を急に与えられると、体の成長が一気に進むことがあるらしいんです。僕も経験したのは初めてなんですけど」
「す、すごいね……獣人て」
よく分からないけど、とりあえずそう言っておいた。
「だとすると、さっきの鍵から君に膨大な魔力が流れ込んできたから、急に大人に成長したっていうことなのかな?」
「多分、そうなんだと思います」
じゃあ、原因は私じゃん!
いくらダンジョンから脱出するためとはいえ、まさか美少年を美青年にしてしまうとは。
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