6.奴隷紋とスペアキー
「あ、おはよう。シーヴァ君」
談話室に戻ると、ソファーから起き上がるシーヴァ君と目が合った。
「おはようございます、アヤメさん」
ペコっと頭を下げる。
本当に礼儀正しい少年だ。
「体の具合はどう?まだケガが痛んだりする?」
ちょうど良いので包帯やら絆創膏やらを交換しようと救急箱も持ってきたのだ。
「全然痛くないです。何だか全部治っちゃったみたいで」
「そんなに簡単には治らないでしょ〜」
軽口を叩きながら、左腕の包帯を解いていく。
最初に目が覚めた時とは比べ物にならないほど元気になっているし、これだけ体調が良くなっているのなら、心配はなさそうだ。
(確かここには結構大きな擦り傷があったはず)
だけど、
「……本当に、治ってる」
ガーゼの下の傷がキレイさっぱりなくなっていた。
「他のところも全然痛くないんです!」
試しに、手当てしたところを次々と解いていくが、傷一つないキレイな皮膚になっている。
「えっ、なんで?!」
目をパチクリさせていると、
「獣人は元々体力と回復力が高いんですけど、こんなに早く治ったことはないです」
左腕をマジマジと見つめていたシーヴァ君はパッと顔を上げると、
「もしかしたら、アヤメさんのおいしいご飯のおかげかもしれません!」
何とも嬉しいことを言ってくれた。
「や、やだなぁ。そんな、おだてないでよ!」
不意打ちだったので、まともに照れてしまった。
ところが、シーヴァ君は首を振る。
「アヤメさんのご飯を食べているとき、体がすごく元気になっていった気がするんです。ひょっとして、ご飯に回復魔法を込めてくれたんですか?!」
と目を輝かせながら聞いてきた。
「い、いやいや!そんなこと出来ないから!」
そんなモノを込めながら食事を作ったことはありませんから!
まあ、よく分からないけど、全快してくれて良かった。
ここから話すことはかなり込み入った内容になるから、体調が悪ければ後にしようと思っていたから。
「えーとね、シーヴァ君」
コホン、と咳払いし、
「元気になったのなら、私達のこれからのことについて相談したいんだけど、いいかな?」
改めて真っ直ぐ彼を見ると、私の真剣さが伝わったのか、
「はい!」
とソファーの上でわざわざ居住まいを正して真剣な顔つきになった。
「君も知っているように、私達がいるここは《終焉の奈落》というダンジョンの、しかも最下層。問題は、ここからどうやって脱出するかっていうことなんだけど」
そこでシーヴァ君に質問した。
「シーヴァ君は、ここには他のダンジョンの横穴から来たって言ってたけど、その場所はまだ覚えてる?」
すると、分かりやすく頭の耳とお尻の尻尾がシュンと垂れる。
「ごめんなさい。逃げるのに必死で、全然覚えていないです」
「全然気にしなくていいから!私もそうじゃないかなと思っていたし!」
これは想定内のことなので、全く問題ない。
それに、例え覚えていたとしても、その穴がもう消えている可能性だってある。
「念のため確認しただけだから、本当に気にしないで!それに、その横穴を使って脱出するつもりはないから!」
「そう、なんですか?」
蒼い瞳が恐る恐る私の方に向けられるので、しっかりと頷く。
「どちらにしても、このダンジョンを抜けるためには、シーヴァ君の協力が必要なの」
「僕の?」
「そう。シーヴァ君には……私と契約してほしいの」
「―――ッ!」
突然、シーヴァ君の様子が変わった。
顔から一気に表情が消え、蒼い瞳からも光が一瞬で消えたようだ。
「えっちょっ、ど、どうしたの?!」
あまりの変貌ぶりに慌てていると、
「そう、ですよね……アヤメさんには命を救ってもらってとても優しくしてもらったのに……僕はお金も何もないんだから……」
まるで自分に言い聞かせるように言いながら、服をたくしあげた。
体には傷一つ付いていない中、胸には赤黒い紋章のようなものが刻まれている。
もちろん気づいていたけど、風習か何かなのかと思い、敢えて触れずにいたのだが。
「僕の主人はもう殺されてしまったので、アヤメさんが新しく契約できると思います」
「あ、あの、シーヴァ君?さっきから、いったい何の話をしているの?!」
「何って……」
シーヴァ君が胸の紋章に震える手を添えた。
「僕が奴隷だから……奴隷契約を結ぼうと
「ちが―――う!!」
「ッ?!」
全力で否定してきた私に、シーヴァ君は目を大きく見開いた。
「というか、その印ってそういう意味だったの?!」
「し、知らなかったんですか?!」
今度はシーヴァ君が驚いて声を上げた。
はあ、と溜め息を吐くと、
「君だって薄々気づいているでしょ?私は……この世界の人間じゃないのよ」
と答えると、ハッとした顔をした。
「なぜかは分からないけど、ペンションと一緒に突然この世界に、しかもこんな危ない所に来ることになっちゃったの。その上、いつの間にかドラゴンも倒しているし。何がどうなっているのやら、私もさっぱりなのよ」
もう一つ溜め息を吐いていると、シーヴァ君はなぜか今までで一番顔を輝かせていた。
「じゃ、じゃあ、もしかしてッ……!」
「ん?」
「アヤメさんは……神様なんですかッ?!」
「……はい?」
予想外の質問に思わず間抜けな返事をしてしまったが、
「いや違うから!それだけは断じて違うから!」
と即座に手をブンブン振った。
「だって!冥皇龍を倒すことができるなんて、神様以外考えられません!Sランク冒険者だって、このダンジョンに来ることなんてできないんですから!」
尻尾をブンブン振りながら、シーヴァ君がそう力説する。
(いや私が神様なら、そもそもこんな場所にペンション建てようだなんて思わないんだけど)
それこそ、日の当たる自然豊かな森とか山とかで。
ついでにメジャーな観光地が近くにあって観光客が安定して来てくれるような。
さらに欲を言えば、他の宿屋とは程よく距離が離れているけど、交通の便は悪くないような。
そういう立地を選ぶだろう。
(だって、こんな魔物しかいない立ち入り禁止エリアで、どうやってペンションを経営しろって言うのよ!)
しかも今直面しているのは、経営以前のサバイバルである。
むしろ神様が私のオープンを妨害しているのではと、邪推したくなる。
「と、とにかくね!」
未だ興奮したように尻尾を振りまくっているシーヴァ君に、
「私は神様じゃないし、君を奴隷にしようだなんてこれっぽっちも考えてないから!ねっ!」
と言い聞かせた。
「それで、話を戻すけどね」
「はいッ!」
さっきとは打って変わって元気よくシーヴァ君は返事をした。
「私との契約っていうのは、シーヴァ君にこのペンションのスペアキーを預かってもらうことなの」
「スペア、キー?」
私の手のひらに乗った物をシーヴァ君はマジマジと見つめた。
長さは10c m程、アンティークショップに売っていそうな、手の込んだ細工が施された鍵だ。
どこから出てきたのかは私だって分からない。
トリセツの言う通りに念じたら、いきなり手のひらに現れたのだ。
「さっきも言ったように、私は別の世界からペンションと一緒にこの世界にやってきた。しかも、このペンションは冥皇龍を倒したことで、不思議な力を手にいれたの。その1つがこの鍵。このペンションのスペアキーを渡された人は、ペンションの扉から、今まで行ったことがある場所に自由に行くことができるの」
これが、先ほど本に教えてもらった脱出方法だ。
本はこの能力を、【キー・ホルダー】と言っていた。
「シーヴァ君がこの鍵を持つことを了承してくれれば、君はあの扉から今までに行ったことがある場所に行くことができる。つまり、このダンジョンから抜け出すことができるのよ!」
シーヴァ君は驚いて顔を上げた。
「で、でも……僕なんかにこんな凄いものを渡さなくたって、アヤメさんが使えばいいんじゃないですか?」
彼がそう疑問に思うのも最もだ。
ただ、私には致命的な問題がある。
「私はこの世界でこのダンジョン以外の場所に行ったことがないのよ。だから、例えこの鍵を使っても、ここから脱出できない。私が地上に出るためには、シーヴァ君に連れて行ってもらわないといけないの」
このペンションの扉は、言ってしまえば『ど◯でもドア』。
今まで行ったことがある場所なら、どこにでも扉を開けてくれる、とんでもない能力を持っているのだ。
だけど、それはあくまで『今までに行ったことがある場所』があれば、の話だ。
このダンジョンがこの世界の『初まりの場所』でそこから第一歩を踏み出していない私は、どこにも行くことができないのだ。
「シーヴァ君がこの鍵を持ってくれれば、扉を他の場所に繋げることができて、地上に出ることができるの。もちろん、この鍵がいらなくなったら、すぐに私に返してもらって構わないし、それで契約は終了にもできる……どうかな?」
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