5.ダンジョンからの脱出方法
固唾を飲んで本の答えを見守る。
“このダンジョンは地下100階層で構成され、ここは最下層の地下100階です。その上、フロアごとが非常に広大で複雑に入り組んでおります。仮にあなたが徒歩で地上まで向かうとすると、最短でも10年はかかると予想されます”
「じゅ、10年……」
私の想像を遥かに超えた、途方もない年月だ。
「いや絶対に無理なんだけど!そんな長い年月を、こんな暗い地底を歩き回るなんて……!それに、外には魔物がたくさんいて、私なんてすぐに食べられちゃうよ!」
その時、ハッと気がついた。
「ね、ねえ!このペンションにオオカミの獣人の男の子がいるの。その子は元々別のダンジョンに入ってたんだけど、抜け道みたいなものを見つけて、そこを通り抜けたらこのダンジョンに辿り着いたんだって!」
思い出したのはシーヴァ君の話だ。
「私も彼が通ってきた抜け道を見つければ、もっと早く地上に出ることができるんじゃないのかな?!」
掴みかからんばかりに前のめりになるが、本は至って冷静だ。
“その少年が通過したのは、『ダンジョンの歪』だと考えられます”
「『ダンジョンの……歪』?」
ここに来てからやたら新しい単語が次々と出てくるな。
“『ダンジョンの歪』とは、ごく稀に発生する異空間ルートのことです。本来通じるはずのない異なるダンジョンを繋げてしまうことがあります”
「じゃあ、シーヴァ君達は運悪くそこに迷い込んじゃった訳か。そのルートを逆に辿って別のダンジョンに行けば、ここで10年歩き回るよりも、よっぽど早く地上に出られるんじゃない?!」
“確かにその可能性はあります”
「でしょう?!」
(さっき思いついた考えは、やっぱり名案だったんだ!)
“ですが、それをクリアする条件として、歪の正確な位置がわかること、歪がまだ消失していないこと、さらにその歪が他のダンジョンと今でも通じていること。この3つが大前提となります”
せっかく自分で自分を褒め称えていたのに、本が容赦なく横槍を入れてきた。
「えッどういうことよ!歪の位置が分かる必要があることは納得できるけど、歪が消えてないかとか、今でも通じている必要があることっていうのは?」
“先程も申し上げたように、歪とは本来発見すること自体が非常に珍しい異空間であり、そして、非常に不安定でもあるため、その少年が通行した空間がすでに消失している可能性もあります”
「そ、そんな……!」
“仮にもし歪の場所を特定し未だに存在していたとしても、果たしてその先が他のダンジョンと繋がっている確証はありません。運が良ければ、他のダンジョンに辿り着き、そのまま地上を目指すこともできるでしょう。ですが、出口がどこにも繋がらず行き止まりになっている可能性や、最悪の場合、異空間の中に閉じ込められる可能性もゼロではありません”
「閉じこめられるって……お、脅かさないでよ……」
頬に冷や汗が走る。
“残念ながら、歪には不確定要素が多分にあるため、可能性としては十分考えられます。あなたがご自分の運を試したいのであれば、歪を利用することも方法の一つですが”
本の言い分と、ここまでの経緯を振り返って自分の運について考えてみる。
(長年の夢を叶えるために必死に頑張ってきて、明日はいよいよオープンだっていうのに土砂崩れに巻き込まれ、しかも知らない世界に追いやられて……私の境遇は、どう考えても運が良いとは思えない。むしろ、ツイてないとしか言いようがない)
こんなツイてない私が運試しをするなんて、勝ち目がなさすぎる。
(まあ……唯一良かったのは、ドラゴンに襲われたシーヴァ君を助けられたことなんだろうけど)
相変わらずグッスリ寝ている少年に目を向け、それだけは幸いだったと自信を持って言える。
(10年、かぁ……長すぎるよなあ)
急に黙り込んだ私に、ここで初めて本の方から質問が飛んできた。
“先程、このペンションにはあなたの他に獣人の少年がいるとおっしゃっていましたね?”
「そ、そうだけど」
“ここまでのあなたの質問からですと、あなたはダンジョンの攻略をご希望なのではなく、地上への脱出が最優先であると見受けられますが、その認識で間違いないでしょうか?”
「まさしくその通りです!」
正直、攻略とか探索とかはどうでもいい。
私は、一刻も早く日の光を浴びたいのだ!
“でしたらもう1つ、地上へ脱出する方法があります”
「えッ、なになに?!」
“ですが、そのためには獣人の少年の協力が不可欠です”
「シーヴァ君の?」
“具体的には、このダンジョン以外の土地にも赴いたことがある者の協力が必要となるのです”
「このダンジョン以外にも行ったことがある人?」
本の説明がイマイチよく分からない。
確かに私はこの世界では、このダンジョン以外の場所には行ったことがない。
だけど、それって重要なことなの?
“そのためにはまず、ペンションのオーナーであるあなたが、この世界に転移し、そして冥皇龍を倒したことで手に入れた力について理解する必要があります”
「私の……力?」
思わず自分の手のひらに目を落とす。
(私も……ひょっとして、何か変わっていたの?)
正直、周囲の環境変化が強烈過ぎて、自分に力が与えられた実感が全然ないのだけど。
“まず、このペンション・アイリスは以前の世界からこちらの世界への異次元転移を経験したことで、本来であれば繋がることがない別々の空間を繋げる能力を得ました”
「別々の空間を繋げる?どういうこと?」
“ 具体的には、ペンションの扉の先をこのダンジョン以外の違う地点に繋げる能力です”
「ええと、それは……ペンションの扉から行きたい場所にそのまま行ける……っていう認識でいいの?」
“その通りです”
「何それ、『どこでも◯ア』じゃん!だったらすぐに地上に行けるじゃない!」
“ただし、条件があります”
「条件?」
“ 繋ぐことができる先はオーナーであるあなた、またはこのペンションのスペアキーの管理者が行ったことがある場所に限ります”
「そうすると……ここに転移してきたばかりの私はそもそも地上に行ったことがないから使えない、と?」
“おっしゃる通りです”
思わず膝が崩れ落ちそうになるところを何とか堪えた。
(なによなによ!期待させるだけさせてぇ!)
私の落胆を他所にトリセツは淡々と新たな文章を綴る。
“また、オーナーであるあなたも、ペンションから離れた場所であってもこちらに通じる扉を召喚させる力を得たことで、すぐにペンション内に帰還することができます”
「扉を、召喚……」
知らないうちにそんなことできるようになっていたのか、私。
“先程あなたは徒歩での地上への脱出について懸念されておりましたが、この力を利用すれば、ダンジョン内で野営する必要もありませんし、魔物などの危機に遭遇したとしてもすぐにこのペンションに避難することができます。そして、ペンションから再びあなたが探索した所に直行することも可能です。率直に言えば、一般的な冒険者よりも遥かに安全かつ快適なダンジョン探索が可能となります”
トリセツの説明を頭の中で整理する。
(要するに、このダンジョンの中を歩き回ることになったとしても、私が扉を召喚すれば、ペンションという安全地帯にすぐに逃げ込むことができるし、ペンションから探索したところまですぐに繋げることができるから、初めからやり直しなんてこともしなくて済む。確かに、こんなに楽チンな冒険、ないんだろうけど……)
「それでも、10年は長過ぎるよ……」
とぼやくと、
“そのため、代替案として、獣人の少年にスペアキーを渡し、【キー・ホルダー】に選定することを提案いたします。そうすることで、彼がかつて赴いたことがある場所に扉を繋げる事ができるのです”
それが、トリセツの最も簡単に地上に出るための答えだった。
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