3.オオカミの獣人・シーヴァ
呆然としている私に構うことなくシーヴァ君は夢中で続けた。
「冥皇龍に追い詰められて、殺されそうになったとき……突然ドラゴンの上が光輝いて、この家が凄い勢いで落ちてきたんです!ドラゴンはペチャンコに潰されたと思ったら、あっという間に光るチリになって、しかもこの家に吸い込まれていったんです。そして、気がついたら、ドラゴンがいたところにこの家が残されていて」
シーヴァ君はそこで口を噤んだ。
「……本当は、凄く怖かったんです。世界最恐のドラゴンをあんなに簡単に倒すなんて……あの家に行ったらすぐに殺されてしまうんじゃないかって。でも、冥皇龍がいなくなっても、このダンジョンには強い魔物が山ほどいるから、このままじゃ他の魔物に殺されてしまう。だから、この家に行ってみようと、そう思ったんです」
「シーヴァ君……」
何と答えればいいのか分からなかった。
正直、彼の話はあまりにも荒唐無稽すぎる。
彼の話が正しければ、土砂に押し流されたはずのこのペンションは、なぜか『メイオウリュウ』という名のドラゴンの上に出現し、しかもドラゴンを押し潰して倒した、というのだ。
(それに、さっきから『ダンジョン』だの『魔物』だのって……ゲームやアニメじゃあるまいし。あまりにも非現実的過ぎるでしょ!……だけど)
この子を抱き留めたときに見た玄関からの光景が頭に蘇る。
日の光が決して届かない、暗く途方もなくだだっ広い空間。
私達を見下ろした夥しい数の視線は、とても人間のものではなかった。
そして、それは目の前にいるこの少年もだ。
「ねえ、シーヴァ君」
ずっと気になっていたことを口にした。
「シーヴァ君の頭の耳やお尻の尻尾って……その、本物なんだよね?」
こんな聞き方でいいのかどうか分からなかったけど、彼は意図を汲んでくれたようだ。
「僕は、オオカミの獣人なんです」
「ジュ、ジュウジン?」
「アヤメさんの周りには獣人がいなかったんですか?」
ええいませんでしたよ、そんな人種。
ご近所にもいなかったし、何ならテレビやネットでも見かけたことありませんでしたよ!
「獣人っていうのは、動物の特徴や能力を持った人間のことなんです。僕はオオカミの獣人で、この耳や尻尾はオオカミのなんです」
「な、なるほど……」
(ジュウジン……『獣人』ということか)
ようやく頭の中で漢字変換ができた。
「ちなみに、シーヴァ君はここがどこか知っているの?」
すると、一転深刻そうな表情になり、
「ここは、《終焉の奈落》。この世界で一番危険なダンジョンです」
怯えたようにギュッと掛け布団を握った。
「このダンジョンの一番底にいる冥皇龍は、ずっと昔、世界を滅ぼそうとした恐ろしいドラゴンで、神様がこのダンジョンに封印したって言われています。だから、このダンジョンには誰も入ってはいけないと言われているんです」
(何でそんな恐ろしい所にわざわざ出現したのよ、私のペンションは!)
そこで、ふと気がつく。
「でも、だったらどうしてシーヴァ君はここにいるの?誰も入っちゃいけないんでしょ?」
と尋ねた。
いくらしっかりしているからって、彼のような子供がこんな危険な場所にたった1人でいるなんて、有り得ない話だ。
「本当は、他のダンジョンに入っていたんです。とっくにクリアされていて、弱い魔物しか出ないような。僕は、主人であるCランク冒険者のパーティーで荷物持ちをしてたんです。だけど……」
「だけど?」
「……地図にも書いていない横穴を見つけて、そこを探索することになったんです。そうしたら……」
シーヴァ君が両腕で体を抱きしめて、体全体が縮こまった。
「シーヴァ君、大丈夫?!」
「……見たこともないような強い魔物がたくさん出てきて、あっという間にみんな殺されてしまって……僕は逃げることに精一杯で……気がついた時には、あのドラゴンの目の前にいて……それでッ!」
どんどん表情が消えていき、明らかに震え始め、それでも話し続けようとする少年を、
「もういいよ、シーヴァ君ッ!」
居てもたってもいられなくなり抱き締めた。
(こんな子供が……どれだけ怖かっただろうに!)
「よく頑張った……シーヴァ君は、本当によく頑張ったよ!」
「あ、アヤメさん……ッ!」
私の腕の中で声を上げた男の子の背中を、ただただ撫で続けた。
ひとしきり泣いたと思ったら、
ぐうぅぅぅ―――
腕の中でお腹が大きく鳴る音がした。
「あっ……ご、ごめんなさい!」
涙と恥ずかしさでシーヴァ君は顔を真っ赤にした。
「ううん、気にしないで。ちょっと待っててくれる?」
キッチンに戻り、用意しておいたものをお椀によそって持ってきた。
「どうぞ。お口に合うといいんだけど」
「ッいただきます!」
行儀良く挨拶してレンゲを手にした。
「あッアッチ!」
「大丈夫?!」
冷めるのも碌に待たずに口に入れたせいか、小さく悲鳴を上げたが、
「だ、大丈夫です!」
今度はしっかり息を吹きかけて、一口頬張った。
「どう?」
正直、日本の味付けを獣人の彼が気に入ってくれるか不安だったけど、
「とってもおいしです!」
満面の笑みでそう言ってくれ、ホッとした。
どうやら、味噌味の雑炊は彼の口に合ってくれたようだ。
(オオカミの獣人だから、肉が好きなのかしら?)
鶏挽肉の肉団子を真っ先に食べている様子を眺めながら、そんなことを考えた。
あっという間にお椀の中がキレイになったけど、どうやらまだまだ足りなさそうだ。
その証拠に、空になったお椀を見てどこか悲しそうだし、頭についている耳もペタリと垂れている。
「お代わりあるけど、食べる?」
と尋ねると、
「いいんですか?!」
と目を見開いた。
「どうぞどうぞ。まだたくさんあるから」
勢いよくピン!と立った耳に少し笑いながら、キッチンから今度は土鍋ごと持ってきた。
まだ温かいままの雑炊をお椀にたっぷりよそう様子を、食い入るように見ている。
「シーヴァ君のために作ったんだから、食べられるなら全部食べてもいいんだからね……て、どうしたの?!」
お椀を手渡そうと彼の顔を見てギョッとした。
目に涙をいっぱいに貯めて、泣くのを必死に堪えている。
「ちょっ大丈夫?!どこか痛くなっちゃった?!」
ひょっとして……タマネギ入れたのがダメだったとか?!
犬には食べさせちゃダメなのは知っていたけど、オオカミもダメなのかしら?!
「ち、違います!その……嬉しくてッ」
目をゴシゴシこすり、シーヴァ君は泣き笑いのような顔でお椀を受け取った。
結局、シーヴァ君は雑炊をほぼ全部平らげた。
「僕が片付けます!」
と言ってくれたけど、お腹がいっぱいになってウトウトしていたので、そのままソファで寝てもらうことにした。
怪我も治っていないのに、無理させなくなかったし。
(それにしても、あの年頃の子供にしては気を使いすぎでしょう)
キッチンで食器を洗いながら思い返すのは、あの少年だ。
体は痩せ細っていて満足な食事も取れてなかったみたいだし、恐ろしい目に合ったことを差し引いても、明らかに服がボロボロだった。
(いったい、どんな生活を送っていたのやら)
悶々としながら後片付けをし、何か飲もうと冷蔵庫を開けた。
「あれ?」
最初は分からなかった。
でも、どこかおかしいことだけは分かっていたので、冷蔵庫の中を隅々まで見渡した。
そして、気がついた。
私はもともと10個で1パックの卵を2パック買っておいて、1パックをすぐ使えるように扉についている卵専用収納に並べておいたのだ。
そして、先ほどの雑炊で卵を2個使ったので、収納棚には8個残っているはずだった。
なのに、
「卵が……増えている?!」
さっき空いたばかりの2つのポケット。
そこにはまるで、何事もなかったかのように、2個の卵がスッポリ収まっていた。
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