2.ケモミミ少年とダンジョン
目の前にいる子供に、
(え、何この子?なんで耳?え、しっぽ?てか、助けてほしいのは私なんだけど?!)
次から次ぎへと『?』が脳内を駆け巡っていく。
だけど、
「ちょっ?!」
そこで気を失って倒れ込む少年を慌てて抱き留めた。
その拍子に見えた玄関からの光景に愕然とした。
「なッ何これ?!」
そこは日本の、自然豊かな山間の風景―――から程遠いものだった。
大前提として、私はずっと土砂の下にペンションごと生き埋めにされていたと思っていた。
だけど、ペンションの外に広がっていたのは、泥や岩や薙ぎ倒された木々などではなく。
真っ暗ではっきりとは分からないけど、ひたすら広くて、とてもつもなく大きな空間にペンションはポツンと取り残されたように建っていた。
剥き出しの地面には、仄かに光る水晶のような石が蛍のように明滅していた。
そして上を見上げると―――
「ヒッ……?!」
姿形は分からない。
だけど、ランランと光る夥しい金色の瞳達が、こちらをジッと見下ろしていることだけが分かった。
グゴォォォ―――……
ガアァァ―――……
ナニカの息遣いが空間の壁に反響し、暴風のように唸りを上げる。
バタンッ!
「な……何なの、ここッ?!」
少年を抱えて大慌ててペンションの中に戻り、玄関にヘナヘナと座り込んだ。
「ここ……どう見ても、日本じゃないよね?私、土砂崩れに巻き込まれたとばかり思っていたのに……一体何でこんなところに?!」
予想だにしなかった怒涛の展開に頭がクラクラしてきた。
だけど、
「ウッ……ッ……!」
腕の中で苦しそうに呻く声で、頭が一気にクリアになる。
「そうだ。とにかくまずは、この子の手当てをしないと!」
急いで談話室のソファに寝かせ、救急箱を持ってきた。
「ええと……講習では確か、呼吸と脈を最初に確認しろっていってたよね」
このペンションは登山客やスキー客も受け入れることを想定していたから、救急箱も応急処置ができるくらいのものは備えてある。
念の為、救命講習も受けておいて良かった。
耳を口に近付け息遣いを確認し、首に手を当て脈を確認する。
「命に別状はないみたい。意識がないだけみたいだから、傷の手当てをしていけばいいわね」
服も相当汚れてボロボロだから、服を脱がせて体をキレイに拭いた方がよさそうだ。
残念ながら、このペンションには子供用の服までは用意していない。
だから、着ていた服の洗濯が終わるまでは、私の服を代わりに着てもらうしかない。
「そうだ、これも取った方がいいよね」
頭の天辺に付いている犬のような白いケモ耳と、ズボンから伸びている白い尻尾。
「ハロウィンでもないのに、こんな場所でこんな仮装するなんて、どういう状況だったのかしら?」
右のケモミミをグイッと引っ張る、が。
「え?と……取れない?!」
引っ張っても頭と繋がっているようにびくともしない。
しかも、
「ウッ……!」
強く引っ張ると痛みに顔をしかめている。
「ま、まさかね……!」
耳の根本らしき部分の髪の毛を恐る恐る掻き分けると、
「……ついてる」
なんと、白い三角耳は頭皮からばっちり生えていたのだ!
「ということは……ひょっとしてコレも?!」
失礼してズボンのお尻を下にずらすと、
「ウソでしょ……」
ちょうど尾骨の部分から、白いふさふさの尻尾が生えていた。
こちらも試しに痛くないだろう程度に引っ張ってみたが、取れる気配がない。
「この子……人間じゃないの?!」
呆然と、未だ意識が戻らない不思議な少年を見下ろした。
「あ、目が覚めた?」
外が朝なのか夜なのかも分からない状態なので、時間の感覚が皆無なのことには変わらない。
だけど、少年が随分長い間寝ていたことだけはよく分かった。
「こ……ここ、は?」
談話室のソファから起き上がった少年は、戸惑ったように部屋の中をキョロキョロ見回した。
「ここは私のペンションよ。ドアを開けたら傷だらけのあなたが立っていたから、ビックリしたわ」
怖がらせないように静かに声をかけながら、ゆっくりソファに近づいた。
「気分はどう?できる範囲で手当はしたんだけど、どこか痛いところはない?」
顔を覗き込むと、深い蒼色の瞳が警戒するように揺れたが、
「だ、大丈夫、です……」
と小さな声がぎこちなく返ってきた。
「それなら良かった」
正直ホッとした。
これ以上の怪我だったら病院に連れて行かなければならないけど、外があの様子じゃ、病院に行く以前に私達の身の安全が保証されない。
「ええと、自己紹介がまだだったわね。私の名前は、本城あやめ……アヤメっていいます。あなたの名前を教えてくれる?」
と尋ねると、
「僕は……シーヴァです」
と素直に答えてくれた。
「シーヴァ君、か。よろしくね」
ニコッと笑いかけると、オドオドしながらも頷き返してくれた。
(それにしても、随分とまあ顔の整った子だなあ)
顔の汚れを落としたときから思っていたけど、こうして意識がある姿を改めてみると、大きくてぱっちりとしたキレイな青い瞳と透き通るような白銀の髪を持つ、中性的な美少年だ。
『美少女』と通りそうな顔立ちだけど、生憎私は着替えをした際に見えてしまっている。
(名前も見た目も、明らかに日本人じゃない。最も、動物の耳としっぽが生えた外国人なんて見たことも聞いたこともないけど)
「あ、あの……」
すると、シーヴァ君が躊躇いながら私に話しかけてきた。
「ここは……ダンジョンの中ではないんですか?」
「ダンジョン?」
なんで突然、ゲームに出てくる用語が飛び出してくるのかしら?
首を捻っていると、彼は何か気がついたらしい。
「ひょっとして……あなたも知らないうちに、ここに来てしまったんですか?」
「そ、そうッ!そうなのよッ!」
(この子も私と同じ境遇だったんだッ!)
ようやく同じ災難を分かち合う仲間に出会えて、勢いよく頷いた。
「ペンションの中で明日の準備をしていたら、土砂崩れに巻き込まれて……気がついたら、こんなところに来ちゃって!そうしたら、あなたがやってきて!」
「あの……ペンションって何ですか?」
私の勢いに押されつつも、シーヴァ君が質問してきた。
「あ。ペンションっていうのは、この建物……家のことをいうの」
と答えると、シーヴァ君の目が大きく見開かれた。
「じゃ、じゃあ……あなたが倒してくれたんですね?!」
「倒した?」
いったい何の話?
私がペンションで倒したものって、せいぜい虫くらいなものだし、それもできるだけ殺さずに外に追い出すようにしているんだけど。
再び首を捻った私をよそに、シーヴァ君が目を輝かせ、
「助けてくれて、ありがとうござました!」
いきなり深々と頭を下げてきた。
「ええっ、そんな、いいよ!お礼なんて!」
(見た目10歳くらいなのに、なんて礼儀正しくてしっかりした子なんだろう!)
心の中で感心していたが、次に飛び出してきた発言に、頭が一気に混乱した。
「あなたが冥皇龍を倒してくれなければ、僕はあのまま食べられてました。あなたは命の恩人です!」
「め、メイオウリュウ?」
またよく分からない単語が出てきたし、何より、私がそのメイオウリュウ?を倒した?
ここに来てからひたすら救助を待つばかりで、何かを倒す余裕なんてこれっぽっちもなかったんだけど。
「あのぉ、ちょっといいかな?シーヴァ君」
目をキラキラさせて私を見るシーヴァ君には悪いけど、全く心当たりがないことばかりだ。
「何か勘違いしているのかもしれないけど、私はその……メイオウリュウ?っていうのを倒した覚えが、全然ないんだけど」
と正直に答える。
が、
「そんなことありません!」
シーヴァ君がここに来て一番大きな声を出した。
「僕、ちゃんと見てました!この家が突然冥皇龍の上に現れて―――あの恐ろしいドラゴンを押し潰して、一撃で倒したところを!」
「・・・・・・へ?」
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