14.冒険者になろう
「この世界を知らない……ですか?」
シーヴァ君が私の言葉を繰り返した。
「この世界の成り立ちやダンジョンについてもそうだし、そもそも私は獣人ていう人種も初めて見たし。何気なく話題にでている魔物とか魔力とか、そういったものもよく分からないし」
まあ、魔力や魔物については、前の世界には知識としてはあった。
ただし、それはアニメや漫画の中だけの話であり、現実世界で魔力を使うことも、魔物が出現したことももちろんない。
むしろ、そんな話を大真面目にしていたら、確実に頭がおかしくなったと思われる。
「とにかく、私にとって知らないことだらけなのよ。風習も常識も分からないのに接客業をやろうとするなんて、無謀にも程があるわ」
「アヤメさんの手料理であれば、十分お客さんが来てくれると思いますが」
シーヴァ君が再度嬉しいことを言ってくれるが、多分私は彼の想像以上に何も知らないと思う。
「あのさ、前にシーヴァ君の服のことについて話したじゃない?地上に戻れたら、君の服を買おうって」
「あっ、はい」
今も浴衣姿で過ごしているシーヴァ君は頷いた。
「でもね、よくよく考えたら私……この世界のお金、持っていないのよ」
そう。
あんな大見得切った癖に、私はこの世界のお金を持っていないことに、後になってから気がついたのだ!
もちろん、前の世界のお金は宿泊用のお釣り用として持っている。
だけど、この世界でそれが使えるとはとても思えないし、そもそも私はこの世界の通貨を知らない。
(お金は商売の基本でしょうに、これで接客業が出来るわけがないって……)
流石にシーヴァ君に顔向けできなくなっていると、
「そ、そんな気にしないで下さい!アヤメさんは服を貸してくれましたし、自分の服なんですから、自分で何とかしますって!」
と、慌ててフォローをしてくれた。
本当にいい子だ。
「と言うわけで、私はまずこの世界を学ばなくちゃいけないのよ。ペンション経営はそれからの話ね」
と結論付けた。
「この世界を学ぶ、ですか」
シーヴァ君が思案顔で腕組みした。
「でしたら、一つ提案なんですけど」
「なになに?」
「冒険者になる、というのはどうでしょうか?」
と言った。
「冒険者?」
「はい。冒険者だったら各地を旅しますから、この世界を知ることについては一番できると思います。それに、ダンジョンのことも」
「あのぉ、今更で申し訳ないのだけど……冒険者って何なの?」
おずおずと質問すると、
「ダンジョンをチョロチョロするネズミどものことじゃ」
メイちゃんが失礼なことを宣った。
「違います!おい、変なこと言うな!」
シーヴァ君が慌てて否定した。
「冒険者の仕事は、ダンジョンの探索と魔物を討伐すること、でしょうか」
と、シーヴァ君が説明した。
「もちろん騎士団も魔物討伐をしますが、他にも犯罪者を捕まえたり、貴族や王族の警護もします。そのため、小さな村に魔物が出現しても騎士団はそこまで手が回らず、村で腕っ節が強い人達が集まって魔物を倒していたんです。これが冒険者の始まりです」
「じゃあ冒険者はもともと魔物に対する自警団だったんだ」
「はい。より強い自警団は他の村の魔物討伐も頼まれて各地を移動するようになりました。そして、ダンジョンから出てくる前に魔物を討伐した方が未然に被害を防げるし、ダンジョンの中も調査できるだろうと考える人が出てきて、『ダンジョンに潜って探索しながら魔物討伐もする』人達が現れました。これが冒険者なんです」
「なるほど~」
「冒険者がどんどん増えることで、冒険者を取り纏める組織ができました。これが『冒険者ギルド』です。冒険者ギルドでは、冒険者への仕事の依頼を振り分けたり、冒険者がダンジョンで手に入れた植物や素材、魔石を換金したりします」
「魔石?」
「貴様は魔石も知らんのか?」
メイちゃんが呆れたように口を出した。
「魔物を倒したときに残る石のことじゃ。我は魔物の肉も喰らうが、倒した後の魔石も喰らう。魔力が凝縮した結晶じゃからのう」
「魔石は色々な道具に利用できる便利な材料です。武器や魔道具なんかの材料にもなるんです」
「マドウグ……っていうのは?」
「魔道具というのは魔力が込められて、不思議な能力を持った道具です。魔道具を作るために魔石を利用するので、ギルドが積極的に集めているのもこのためです」
「なるほどねえ。シーヴァ君の説明、スゴく分かりやすかった!」
ついさっきまで子供だったとは思えないくらい、分かりやすくまとまっていた。
素直に賞賛すると、
「子供だったときは正直よく分かりませんでしたが、今のこの姿に成長してようやく色々理解できたみたいなんです」
と照れ臭そうに頭を掻いた。
(確かにシーヴァ君の提案はいいかもしれない。実際に世界各地を見て回る方が一番の勉強になるし、色々な人に出会えば、この世界の価値観も理解できるだろうし)
頭の中で考えを整理する。
「ちなみに、宿屋を利用するのは冒険者が多いの?」
と尋ねると、
「そうですね。商人も利用しますけど、やっぱり冒険者が一番多いですね」
と返され、その答えが決め手となった。
「だったら私はまず冒険者になりたいな。今後ペンション経営をするときに利用者が何を求めるかを知るためには、その利用者になってみることが一番だもの。それに、この世界の宿屋がどんな様子なのかを知ることも大切だしね」
私がそう決意すると、シーヴァ君も頷いた。
「でしたら、明日また地上に出ましょう。今日行った森の近くにある町にも冒険者ギルドがあって、そこで冒険者登録ができますから」
「冒険者ギルドで冒険者の登録ができるの?」
「はい。冒険者は16歳以上であれば誰でも登録できますから」
「じゃあ、シーヴァ君もまだ冒険者に登録していないんだよね?」
私と初めて会った時、どう見ても15歳にもなっていなかったはずだ。
「ええ。僕はまだ子供でしたから」
「でも、ダンジョンには潜っていたんだよね?それは大丈夫なの?」
「Dランク以上の冒険者が1人以上いれば、ダンジョンには入ることができるんです。例えそれ以外の同行者が冒険者でなかったとしてもです」
冒険者にも色々ルールがあるんだな。
それに、前々から気になっていたことをここで聞いてみる。
「その、Dランクとか、Sランクとかって言うのは、どういうものなの?」
何となく、冒険者の実力を反映しているんじゃないかとは思っていたけど。
「冒険者の実力や実績ごとにランク付けしているんです。全員Eランクから始まって、一番高いランクはSランクになります」
「へええ」
「Sランク冒険者は、世界でも9人くらいしかいないんです。全ての冒険者が目指す冒険者なんですよ!」
拳を作って熱弁するシーヴァ君が微笑ましく見える。
(やっぱり、こういうのに憧れるところが男の子だよねえ)
まあ、私は正直ランクには興味がない。
ダンジョンに入るためにはDランクにならないといけないからそこは目指すけど、それ以上は特にいいかな。
あくまでペンション経営がしたいだけだから。
(それに……これは、シーヴァ君には言えないけど)
私と一緒に冒険者に登録できることを嬉しそうに話す彼には絶対に言えないことだ。
(もし、元の世界に戻れる可能性があるならば……)
これから冒険者として世界を回り、もし元の世界に戻れる方法を知ったら。
そのとき、私がどう決断するかは分からない。
だけど、少なくともその方法を知ることは諦めたくないと。
静かに心に誓ったのだった。
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