13.仲直りして夕ごはん
キッチンで牛豚の合挽肉とタマネギの微塵切り、パン粉を混ぜて、ひたすらコネコネする。
そう、ひたすら無心にだ。
無心になるしかない。
だけど、ちょっと調味料を取ろうと手を止めた瞬間。
「……ァアア―――ッ!」
思い出すのは、いい歳して若い青年、しかもイケメンに縋り付いて号泣した自分の醜態だ。
(ほんっとーに恥ずかしい!そりゃあ、今までの常識から外れたことが次から次へと起こりまくって、自分の中でも相当キャパオーバーだったんだろうけどさぁ!)
割った卵を勢いよくかき混ぜ、その勢いでボールの中にぶち撒ける。
後は、ひたすらこねるだけだ。
(あんなに……あんなに、泣いちゃうなんて!しかも、ほんの少し前まではまだ子供だったっていうのに……ああ、もう!)
挽肉と諸々を混ぜた物を手頃な塊にして、両手の間で行ったり来たりさせて小判形に整え、油を熱したフライパンに次々と乗せていった。
合計3個の肉ダネが焼き上がるのを待っている間に、つけ合わせの野菜も焼いていく。
スープは弱火でじっくり時間をかけて温めているし、ご飯ももうじき炊き上がる。
突発的に絶叫と悶えるのを繰り返しながらにしては、よく出来たと思う。
「アヤメさん」
「ッ?!」
食堂側から声をかけてきたのは、私の醜態を一番近くで、何ならゼロ距離で見ていた人物だ。
キッチンと食堂はカウンターを挟んで続いていて、出来上がった料理をすぐに配膳できる設計になっている。
多分料理が出来上がるのを匂いで悟ったのだろう、シーヴァ君がどこかソワソワした様子で近づいてきた。
「何かお手伝いすることがあれば、何でも言ってください!」
その申し出は有難いんだけど、彼が傍にいると非常に落ち着かない。
「あ、ありがとう!ええと、そうね……じゃ、じゃあ、フォークとかスプーンとかをテーブルに並べてくれる?」
まともに目が合わせられず、食器が入ったボックスに目を落としたまま差し出す。
「分かりました。テーブルはどれを使いますか?」
シーヴァ君が食堂を見渡した。
この食堂には、最大15名が座れるようにテーブルや椅子を用意してある。
もし予定通りオープンしていたら2組のお客様が来るはずだった。
それを想定してテーブルをあらかじめ並べておいたのだ。
「じゃあ、あの真ん中のテーブルに並べてくれる?」
「はい!」
シーヴァ君は元気よく食器を並べていった。
(なんで気にしちゃうの私!ほら、シーヴァ君は全然大丈夫そうだっていうのに!しっかりしなさい、いい大人なんだから!)
頭をブンブン振り気持ちを切り替え、出来上がった料理を盛り付けていった。
ちょうどハンバーグもいい塩梅に焼き上がった所だ。
「できたから、お皿も持っていってくれる?」
今夜の夕食は、ハンバーグ、スープ、そしてご飯だ。
ご飯は雑炊とは違って、平皿に盛り付ける。
よって、ここからはお洒落にライスだ。
「す、スゴイ……今日は何かお祝いするんですか?!」
「いや別に何も祝う予定はないけど」
唾を飲み込みながら、シーヴァ君は慎重に料理を運んでいく。
「ライスはお代わりが欲しかったら言ってね。まだたくさん炊いてあるから」
余ったら冷凍しておけばいいし。
「そんな、お代わりなんて贅沢なッ?!」
「君もさっき何度もお代わりして、鍋の雑炊全部食べたじゃない」
「そ、それはそうなんですけど……」
そう言いながら、私とシーヴァ君は席についた。
「そういえば……メイちゃんは?」
私が号泣する前に怒らせてしまい、ずっと黒猫の姿が見えないままだ。
「せっかくメイちゃんの分も用意したから、仲直りしてみんなで食べたいんだけどなぁ」
「メイなら、ほら」
シーヴァ君が指差した先、食堂の入り口のドアがほんの小さく開かれている。
その隙間の床近くを見てみると、
「メイちゃん!」
「怒るよりも、食べ物の匂いに負けて出てきたんじゃないですか?」
「黙れ、小僧!」
シーヴァ君に反論するが、どうやら図星だったらしく険悪な雰囲気が全くない。
急いで入り口に近づき膝をついた。
「メイちゃん……ごめんなさい!」
そのままの勢いで頭を下げた。
「メイちゃんにしてみれば、私の存在って本当にふざけていると思う。いきなり現れたと思ったら押し潰して倒したくせに、その重大さを全く理解していなくて……きっとメイちゃんには、私がメイちゃんのことを軽んじているように見えるのかもしれない」
私を見定めるように、メイちゃんの眼差しが注がれる。
「でも誓っていうけど、私はメイちゃんのことを軽く見ているわけじゃない。メイちゃんは私がペンションを宿屋の経営をしたいって言ったら怒ったけど、私はそれをするためだけに、ずっと今まで頑張ってきたの。メイちゃんにとっては下らない事なのかもしれないけど、私にとっては少しも下らなくなんてない大切な夢だったから。それはメイちゃんを怒らせたとしても、それは譲れないから」
「……」
しばらく互いに視線を交わしていたが、
「……例え相手が誰であれ、どれだけ不本意であれ、我は貴様達に負けたのじゃ」
フイっとメイちゃんが先に視線を外らし、トコトコとテーブルに近づく。
「貴様が気にくわないことには変わりないが、全ての魔物の頂点に君臨する我が、潔く敗北を認められないなどという恥を、これ以上晒すつもりはない」
「メイちゃん……」
「早く席に着け。我が貴様を唯一賞賛することがあるとすれば、貴様の作る料理くらいなのだからな」
「……うんっ!」
「お前は何もしていないのに、何でそんなに偉そうなんだ?」
シーヴァ君の呆れ顔を華麗に無視して、メイちゃんも自分の料理の前に座る。
もちろん椅子ではなくて、テーブルの上に、だけど。
急いで私も席に着く。
「「いただきます」」
私とシーヴァ君は揃って挨拶し、メイちゃんは何も言わないけど、私達が食べ始めるのにあわせて、食事を始めた。
2人の一口目は、揃ってハンバーグだ。
「「~~~ッ!」」
言葉にならない声上げた2人は、勢いよくハンバーグを頬張っていく。
ちなみに、私の最初は具だくさんのスープだ。
いつだかのテレビの健康番組で、
『太りにくくなるためには、まず先に野菜やカロリーの低いものを食べた方がいい』
と見たときから、ずっとそうしている。
本当かどうかは分からないけど、まあ、アラサーにもなると色々気にすることが多くなるということだ。
どうやら2人には好き嫌いというものはないようで、ハンバーグをあっという間に食べ終えると、付け合わせの野菜もスープもライスも次々と平らげていった。
「あの……アヤメさん」
ここで口が止まったシーヴァ君がおずおずと私に声を掛けてきた。
「その、お代わりって頂けますか?」
ライスを盛っていたお皿を差し出すと、すかさずメイちゃんも、
「我もじゃ!」
「器用だね、メイちゃん!」
何と、尻尾の上にお皿をバランス良く載せて差し出してきた。
2人がお代わりのライスを食べ終えた頃に私も食事を終えた。
「アヤメさんのお料理を食べられるのなら、このまま死ぬまで地底で暮らしてもいいですね」
昼間に作ったクッキーの残りを齧りながら食後のお茶を飲んでいると、いかにも満ち足りた表情のシーヴァ君が、そんな嬉しいことを言ってきた。
「ふふっ、ありがとう」
するとシーヴァ君がジッと私を見つめて、フッと目を優しく細めた。
「よかったです」
「えっ?」
「アヤメさんが元気になって」
「ッ?!」
途端に、頭の隅に追いやってたさっきの醜態が再び脳裏に流れてくる。
「何じゃ、此奴は。急に顔を赤くしたり、目を見開いたり」
呆れたようにメイちゃんが紅茶を飲む。
しかも、これまた器用にティーカップの持ち手を尻尾で掴んで口元に持ってきている。
さっきも湯気がたったスープを躊躇いなく啜っていたし、見た目は猫だけど、猫舌ではないようだ。
「ま、まあ、そこは置いといて」
コホンとごまかし、無理やり話題を変えた。
「さっき、これからのことについて相談したいって言って、結局そのままになっちゃったけど……」
改めて2人を交互に見る。
「私は……やっぱり、このペンションでペンション経営、要するに宿屋をやりたいの。それが私の、夢だったから」
シーヴァ君とメイちゃんは黙って耳を傾けてくれる。
「ただ、それ以前の問題として……」
ここまでで思い知らされたことをはっきりと吐露した。
「私は……この世界のことを、知らなすぎるのよ」
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