12.この世界の神話
「そもそも、メイ……冥皇龍は非常に危険なドラゴンです。そう簡単に人の言うことを聞くような相手ではないんです」
その時、ふと疑問が湧いた。
「そう言えばさ、シーヴァ君に『ここがどこか分かるの?』って聞いた時、すぐに答えてくれたよね?」
「はい」
「よくよく考えたら、シーヴァ君達は別のダンジョンからここに迷い込んできたんだよね?このダンジョンは立ち入り禁止のはずなのに、よくここが《終焉の奈落》だって分かったよね?」
すると、
「それは、簡単です。アイツ……冥皇龍がいたからです」
とあっさり答えた。
「僕自身、冥皇龍に遭遇したのはこれが初めてで、実物なんて今まで見たことがありませんでした。ですが、あのドラゴンの存在は神話にも出てきますので、多分子供でも知っていると思います」
「えっ、冥皇龍ってそんなに有名なの?」
誰も見たことがないのに、その存在が知られているって……メイちゃんって、一体何者?!
「僕が本当に小さい頃に聞かせてもらったお話なんですけど……」
そう前置きして、シーヴァ君が話し始めた。
“遥か昔、地底の奥底から闇を纏った漆黒の龍が出現した”
“その巨体が空を飛べば一瞬で夜になり、その吐息は灼熱の如く地上を黒土と化し、世界は滅亡の危機に瀕していた”
“これを憂いた天地創造の神は、七日七晩龍と戦い、八日目の朝、ついに龍を地底深くへ再び追いやった”
“こうして世界に平和が戻った”
「じゃあ、そのお話に登場する『漆黒の龍』っていうのが冥皇龍で、追いやられた先が《終焉の奈落》なの?」
シーヴァ君は頷いた。
「そして、神と冥皇龍の戦いの爪痕が特に強く残った場所は魔力が澱み不可思議な空間が作り出され、その空間から魔物が出現するようになりました。それがダンジョンなんです」
「メイちゃんはこの世界のダンジョン誕生に大きく関わっているから、見たことなくてもみんなが知っているんだ」
本当に今更だけど、メイちゃんって伝説級の存在だったんだ。
「そんなドラゴンをよくもまあ一撃で倒すことが出来たね、このペンション……」
「だからアヤメさんはスゴいんです!御伽話の神様だって、冥皇龍を倒すことができなかったんですから!」
と、シーヴァ君は力説した。
「ちなみに《終焉の奈落》が立ち入り禁止の理由も、その御伽話によるものなの?」
「いいえ。以前《終焉の奈落》を攻略しようと名のある冒険者や国の騎士団がダンジョンにこぞって挑戦したそうなんです。ですが、結局立ち入り禁止にするしかなかったみたいなんです」
「どうして?」
「このダンジョンに潜った人達が誰一人……生きて帰ることがなかったから、だそうです」
え、何それ。
メチャクチャ怖いじゃん!
「そのせいで、強い冒険者や騎士団が一気にいなくなってしまって、各地の魔物被害が特にひどくなったそうなんです。それだけの犠牲があったのに、このダンジョンについては何の情報も得られず分からずじまい。結局各国の王は《終焉の奈落》への立ち入りを禁止することしかできなかった、ということだそうです」
本当に何度目かは分からないけど……何て危険な所に現れたんだ、私のペンション!
「だから、アヤメさんは本当に凄いんですよ!生きて帰って来れた人が誰もいないのに、こんな家まで建てて、しかも地上まであっと言う間に戻ることができちゃうんですから!」
と、シーヴァ君が目を輝かせて力説した。
今ならシーヴァ君が私を『神様』と崇める気持ちがよく分かる。
伝説のドラゴンを一撃で倒し、未だかつて帰って来た者がいないダンジョンを一瞬で脱出したら、そりゃあ神様扱いしたくもなるだろう。
(そして、メイちゃんが怒る理由も何となく分かる気がする)
このダンジョンもメイちゃん自身も、そんな簡単に攻略できるような存在じゃなかったはずだ。
なのに、違う世界から来た、ことの重大さをよく分かっていない小娘がアッサリ攻略しちゃったのだから、納得しろというのが無理な話だ。
(でも私だって……私だって、別に望んでこの世界に来たわけじゃない)
きっと、地上に出ることが出来て気が緩んだんだ。
(オープンのために、あれだけ頑張って準備してきたって言うのに……お客さんだって、せっかく予約してくれたっていうのに……!)
だから、だから……今まで考えないようにしていたことが、ゆっくりと頭をもたげてくる。
(私……もう、元の世界には……)
ポタッ―――
「あ、あれッ?」
「ア、アヤメさんっ?!」
シーヴァ君が驚いた表情を浮かべるけど、それ以上に私が驚いてしまった。
「ご、ごめんねッ……!」
慌てて目を何度も拭うけど、次から次へと込み上げてくるものが止まってくれない。
(こんなっ……アラサーの女が急に泣いたって……シーヴァ君だって困って……ッ?!)
フワ―――
「えっ……?!」
気がついたら、温かくて、私よりもとっくの昔に逞しくなった腕に優しく包まれていた。
「シ、シーヴァ君?!あ、あの……
「ごめんなさい、アヤメさん」
突然謝られたことにも驚き、涙が一旦引っ込む。
「あなたがとても凄い御方だったから、僕はそれしか見えていなくて、全然気がつかなくて……」
今までとは違う、落ち着いた労るような声音に、ますます何も言えなくなった。
「アヤメさんも……辛かったんですよね?」
「―――ッ!」
その一言で、必死に堰き止めていたものが一気に決壊してしまった。
(……このペンションを見つけたときには運命だと思った……立地も本当に良くて……周りのお店や地元の人達もみんな私を気にかけてくれて……友達も、プレオープン良かったって言ってくれて……お母さんも……あれが……あれが、最後の電話になっちゃうなんて……!)
「フ……ウゥ……ッ!」
(全部……全部……駄目になっちゃったんだ……今までの努力も……夢も……!)
「いいんですよ。僕だってさっき、たくさん泣きましたから」
(ズルい……こっちが必死に我慢しようとしているのに……そんな、そんな風に言うなんて……!)
だけど、嗚咽を堪えるのに必死な私はもちろん言える訳もなく。
しかも、背中を優しく撫でられ、いよいよ溢れるものが止まらなくなった。
「次は、アヤメさんの番です。あなたは……本当によく頑張って下さいましたよ」
そこで、もう我慢できなくなってしまった。
正直あと数年で30歳になるというのにこんなに泣いてしまうなんて、思い返せば心底恥ずかしくなるだろう。
それでも。
胸にすがりついて泣きじゃくる私の背中を、シーヴァ君はあやすように、ずっとさすってくれたのだった。
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