11.脱出成功とこれからのこと
ペンションの扉を開けると、そこは―――
夕暮れ時の赤い空でも、今の私には十分眩しく。
風が木の葉を揺らす音が耳を擽る。
「遂に、遂に……地上だぁ!!」
両腕を思いっきり空に突き上げると、近くの木で休んでいた小鳥達が、ビックリしたように飛び立ってしまった。
ゴメンね、せっかく夜を迎えようとしていたのに!
「はい……まさか、本当にまた地上に戻れることができるなんて……ッ!」
シーヴァ君も目を潤ませて空を見上げている。
思いっきり新鮮な空気を吸い、胸の中で堪能したら、また大きく吐き出した。
「やっぱり、地底とは比べものならないくらい、空気が新鮮ね」
ああ、どうせならこういうところにペンションが出現してくれたらよかったのに。
(でも……もしそうだったら、彼は今ここにはいなかっただろうな)
隣に立つケモ耳イケメンを見て、あの場所にペンションが出現したことは間違っていなかったのだと思い直す。
「そうだ、シーヴァ君。鍵はどうする?」
「鍵、ですか?」
「まあ、今すぐじゃなくて全然いいんだけど。これで、私とシーヴァ君は無事地上に戻れた訳だし、【キー・ホルダー】の契約を解除することもできるから」
何かを考えるような顔をするので、トリセツが教えてくれた情報も追加で伝えた。
「もしスペアキーを返したとしても、シーヴァ君がまた子供の姿に戻ることも、奴隷の印が戻ることも無いよ」
「そうなんですか?」
「うん、そこは安心して」
シーヴァ君は一つ頷くと、
「でしたら僕は、このまま鍵を持ち続けたいのですがよろしいでしょうか?」
とお伺いを立ててきた。
「それは別に構わないけど、シーヴァ君はこれからどうするの?」
こうして無事地上に戻ることができたし、晴れて奴隷から解放されて、体も一人前の青年になった。
これからは彼の思いのままの人生を歩むことができる訳なんだけど。
すると、
「僕はこれからもアヤメさんの側でお仕えしたいのですが……ダメでしょうか?」
と私を覗き込むように見つめてきた。
「いやッ、だめ、ではないけ、どッ!」
これまでの人生で、イケメンどころか、元彼からもそんな風に見つめられた事がない私には、その眼差しは心臓に悪すぎる。
「でも、本当にいいの?そりゃあ私はシーヴァ君がいてくれたらとても心強いけど、シーヴァ君だってやりたいこととかあるんじゃないの?」
私はこの世界に来たばかりで何も知らないし、当然シーヴァ君以外の知り合いもいない。
何より、私がこの世界に来た経緯は荒唐無稽の一言に尽きる。
今から会う初対面の人に話しても絶対に信じてくれないだろうし、むしろ私の頭がおかしいのではと思われて終わりだ。
だから、私の事情も知った上で相談できる相手がいてくれるのは本当に貴重で、とても有り難い。
(けど、やっと奴隷から解放されたシーヴァ君の人生を邪魔していい理由にはならないからね)
「やりたい、こと……」
シーヴァ君は一瞬逡巡するような素振りを見せる。
「……僕のやりたいことは、アヤメさんへの恩返しです」
グッと手を握り、私を真っ直ぐ見つめた。
「命を救ってもらっただけでなく、奴隷からも解放してくれた。それに対して、僕もアヤメさんにちゃんと恩を返したいんです」
「シーヴァ君……」
「ほんの少し前までは子供だったからアヤメさんも不安に思うかもしれませんが、これからはお役に立てるように頑張りますから!」
ジーンと胸が熱くなる。
(本当に……なんていい子なんだ!)
「ありがとう……シーヴァ君」
真摯に向けられた蒼い瞳を私も見つめ返した。
「改めて、これからもよろしくね!」
「ッはい!」
さて、シーヴァ君のこれからについては話がついたところで、私にはもう一つ確かめておかなければならないことがある。
何より、もうすぐ夜になってしまう。
「町に行くのは明日にするとして。もう一つ試しておきたいことがあるの。いい?」
「はい、もちろん!」
もし失敗したら、今晩はここで野宿する羽目になる。
私は一呼吸置いて、右手を前に翳す。
「【ゲート】!」
トリセツから教えてもらった呪文を唱える。
すると!
パァ―――!
右手から光が溢れ出したかと思うと、光が徐々に何かを模っていく。
そして、
「……やった!」
私の前に、ドアが出現した。
そう、あのペンションの扉である!
「すごい!流石、アヤメさん!」
シーヴァ君も絶賛してくれるし、本当に嬉しい。
【ゲート】は、ペンションのオーナーである私、または【キー・ホルダー】であるシーヴァ君が出現させることができる、ペンション・アイリスのドアである。
このドアを開ければ、私達は再びペンション・アイリスへ戻ることができる、はずだ。
ちなみに、このドアはいつでも好きな場所に出現させることができるらしい。
まさしく、『どこ◯もドア』だ。
「これで、ペンション・アイリスに戻ることができればいいんだけど……!」
ドアノブを掴み、ゆっくりとドアを開く。
そこに広がっていた光景は―――
「なんじゃ、もう帰ってきたのか。しばらく静かに寛げるかと思っておったのだがの」
メイちゃんが欠伸しながら出迎えてくれた。
「よかったぁ、戻ってこられた!」
これまでの緊張がホッと一気に解けていく。
《終焉の奈落》と地上を行き来することができると証明でき、ようやく一段落できた。
(それにしても、すごいよねえ。地道に地上を目指したら10年はかかるっていうものを、1分もかからず行き来できるんだから)
改めて、私のペンションの計り知れない力を思い知る。
談話室に戻り、
「それじゃあ改めて、これからのことを話し合いたいのですが」
とシーヴァ君とメイちゃんを交互に見た。
「僕はアヤメさんの望むことをお手伝いしたいです!」
(相変わらず健気なことを言ってくれるな……)
「貴様の好きにしたらよかろう。下らない事を聞くな」
(素っ気ないのがメイちゃんらしい)
でも、そうすると今後のことは私が決めていいわけか。
(私がやりたいこと……それはまあ、決まってはいるんだけど)
「私は……このペンションを経営したいと、ずっと思っていたの。それは、今でも変わらない」
「あの、アヤメさん」
ここでシーヴァ君が手を上げた。
「ずっと聞こうと思っていたんですけど、ペンションって何をする家なんですか?」
(そう言えば、ペンションのことを前にも質問されたっけ)
「この世界には、宿屋はあるんだよね?」
「はい、ありますよ」
よかった、それすらなかったら何て説明しようかと思ってた。
「ペンションは宿屋と同じだと考えていいよ。私が前にいた世界では宿屋にも色々種類があって、ペンションはそのうちの1つっていうところかな」
「じゃあ、何か?貴様はわざわざ宿屋なんぞをするためだけに、我を踏み潰しおったのか?!」
ソファーで寛いでいたメイちゃんが、バッと起き上がって牙を剥いてきた。
「違うよ!いや、結果的にはそうなっちゃったけど!私だって、ペンションと一緒にこの世界に来ることになるなんて、思いもよらなかったんだから!」
そこだけはちゃんと理解して欲しくて、必死に説明する。
「前にいた世界でペンション経営ができるようにずっと準備してきて、明日はいよいよオープンっていう時に!土砂崩れにあったと思ったら、いきなりここに来ちゃったんだから!断じて!メイちゃんを押し潰す気なんて、これっぽちもなかったから!」
メイちゃんはジッと私を睨みつけ、
「ふん……本当に貴様は、気にくわんわ」
と、そのまま談話室を出て行ってしまった。
「メイちゃぁん……怒らないでよぉ……」
中身は偉そうなドラゴンでも、長年の相棒につれない態度を取られるのはちょっと堪える。
「ア、アヤメさん!あんな奴、気にする必要ないですよ!」
とシーヴァ君が必死に慰めてくれた。
「少なくとも、アヤメさんが来てくれなければ僕はとっくの昔に死んでいましたから!それだけは誰にも文句なんて言わせません!」
「シーヴァ君……!」
またもや彼の言葉にジーンと来てしまった。
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