祝いし夜の変節
何をされたのか、その痛みと痺れに思考が麻痺してしまいそうになる。打たれたのは背中だろうか。それとも腰か。ふらつきながら振り返ると鞭を弄びながら彼女を見下すロキの姿があった。
「何をしてるんだ……?」
団長もロキの行動に困惑している。
招待客達もキャロライナの悲鳴で意識が定かになった。
「……え、なに……?」
「旦那に叩かれたの?」
「ロキ様がキャロライナ様を殴ったみたいよ」
「なんで?」
その疑問にはエフレシアも同意。
キャロライナに全てを捧げたのではなかったのか。
「……ロキ様……?何を……」
「良い夢は見れたか?」
そう問いかけながらロキはティタの方へと歩いていく。
「よくもまぁ、此処まで出来たものだ」
パチン、と指を鳴らすと、ロキとティタの足元から光が走っていった。徐に露になったその光景に、キャロライナは一瞬にして青褪めた。
ティタの姿はロキへ、ロキの姿はティタへと互いの姿が変わったのだ。
これにはエフレシア達も驚きを隠せず、事態を見守っている。
「なっ……何が……どうなっているんですか?ロキ様は……」
「お前の愛しき旦那はあっちだ」
キャロライナの目に傷だらけのロキの姿が焼き付く。
まさか自分の手で愛した者を甚振っていたなんて、受け入れ難い事実。
「そんな……こんなこと……!」
「滑稽だな」
「嫌っ……ロキ様……!」
「触れるな!」
ビリッと空気が揺れ、キャロライナはビクッと震えた。
「穢れた手でロキに触れるな。悪女め」
ティタの眼光に逆らう事など出来ず、キャロライナはその場に留まっている。
「……説明を……!何故、貴方とロキ様が……」
「策略だと言っただろう?入れ替わった方が都合が良かったからな」
「い……いつから……?」
「おれが投獄された夜だ。ロキが面会に来た時に、入れ替わった」
「……何故……入れ替わる必要があるんですか……?」
「お前の愚かさを露見させる為だ」
「……そんな事をして何の得が……」
「随分と愉しそうに踊っていたなぁ。お陰でロキは虫の息だ。愛する者を散々痛め付けて己の手で殺す悪女を多くの者に見せたかっただけだ」
キャロライナは周りに目を向ける。
元々あった彼女への不信感が確実となり、誰もが嫌悪感を抱いた視線をキャロライナに向けている。
「なにあれ」
「一人で暴れ回って馬鹿じゃないの?」
「我儘もここまでいくと愚かだわ」
「下手に巻き込まないでくれよ」
観衆達の囁きがキャロライナの耳に纏わりつく。
見下す様な目、蔑む微笑、嘲笑する声、そのどれもがキャロライナを拒絶している。
「違う……!私は騙されたのよ……!」
「うるせぇなぁ」
必死に弁解しようにも、もう誰も彼女の声など聞いていない。
「……違う……。私は……!」
「キャロライナ様」
パニック状態になっている姫をルークが支えた。
このまま招待客達を帰して休ませた方が良い。
「放しなさい!」
パシッと平手打ちされ、ルークはその態度に今までの感情が爆発した。
「私を貶めた罪でこの者を極刑にしなさい!」
「誰があんたの言う事聞くんだよ」
いつもと違う声色に、キャロライナは怯えながらルークを見た。
「此処まで醜態晒してまだそんな事言えんの?大した度胸だ」
「……ルーク……?どうしたのですか……?何故怒って……」
「あんたは、自分が一番偉いと思ってる。その容姿も権力も全て自分のものだと思ってる。幸せに暮らせてたのは、あんたが壊した世界の上に成り立ってたんだよ」
「……そんなこと……」
「今までいくつ国を焼いた?いくつの命を奪ってきた?気に入らないからって他国まで買収して、ご立派かよ」
「……っ、ルーク!黙りなさい。それ以上は私への冒涜と見なします」
「どうぞご勝手に。今更あんたが指示した所で騎士達は動かない。何で挨拶も交わさないあんたに忠誠を誓ってると思ってたんだ。調子良すぎ。お前、騎士達の名前、一人でも知ってるか?」
「……えっ」
「誰が強い?言ってみろよ」
「……そ、れは……」
答えられる筈も無い。
今日までキャロライナは騎士達に挨拶なんてした事ないのだから。
居て当然。守られて当然。従うのが当然。
存在を軽く見ていた彼女に、盾となる騎士達などこの場に存在しない。
「……ルーク……」
「取り敢えず、招待客達は帰すよ。興醒めも良いとこだ」
ルークが衛兵らに指示を出すと、ダンスホールの扉が開かれ、招待客達は呆れた様子で出て行った。
その場に残ったのはエフレシア達と関係者と思われる人らが数名。
解毒剤をくれた親切な女の子とその連れの姿もあった。
「これで、本題に入れる」
「その前に、ロキを解放して欲しい」
ティタが伝えるとルークは側にいた兵に合図した。
だが、キャロライナがそれを阻止し、ロキの前に立ち塞がった。
「渡しませんわ!ロキ様は私と添い遂げたのです。契りを破るなどあり得ません!」
最後の悪足掻きか、と誰もが唖然としている。
「ロキ様……!申し訳ありません……。この様な傷を負わせてしまって……」
「……キャロライナ……」
力のない声で呼ばれ、彼女は嬉々とした返事をした。
「……嫌な思いをさせた……。ごめん……」
「いえ……!ロキ様は何も悪くありません。こう仕向けたのはあの卑しい天使族なのでしょう?」
「………その策に俺も乗った……。これは……復讐、だから……」
「……えっ?」
「何度も肯定しようとした……でも……出来なかった……。キミを抱いたら本気になるんじゃないかって思った……。なのに、何も変わらなかった……」
「……私、を……愛しているのでしょう……?だから、優しく抱いて下さったんでしょう…?」
彼女は最後までロキを信じているらしい。
「……そうなる筈……だったのに……どうしても……」
ロキはもう意識朦朧としている。
それでもキャロライナは続きの言葉を待っていた。
「………ごめんね……」
「…ロキ様……?」
目を瞑った瞬間、ロキは深い眠りに誘われた。
「早く手当てを」
「待って……」
キャロライナの制止も虚しく、ロキは兵達によって磔から解放された。傷だらけの彼をティタが腕に抱き、エフレシア達の元へと向かおうとした。
「か、返して……。ロキ様は私のものです……!」
「見苦しい」
喚く彼女をルークが睨みつけた。
「キャロライナ様を蔵へ」
兵達はルークの命令に従い、抵抗する彼女を取り押さえた。
「ルーク……!」
「暫く反省することだね」
ギャーギャー吠えながら彼女は連れて行かれた。
まるで嵐が去ったみたいな静寂が訪れると、ルークはエフレシア達に向き直った。
「ロキを処置室に運ぶ。貴方達も今夜はこの城に泊まっていって欲しい。陛下には伝達済みだ」
「……では、お言葉に甘えて」
「皆、一緒の部屋にしようか?分けた方が良い?」
「一緒で構わない。その方がそちらも都合が良いだろう?」
「まぁ、此方としては助かるけど……」
「取り敢えず、ロキが優先だな」
「うちの治癒能力者は優秀だから、すぐ良くなる」
処置室に案内され、治癒能力者にロキを託した。
その間、エフレシア達はゲストルームに誘導され、用意されていた茶菓子を頂く事となった。
「……このお菓子にも媚薬が入っているのかしら?」
フィンは疑いながら目の前に出された紅茶と菓子を凝視している。
「入ってないよ。あれは、姫が勝手にやった事だ」
「……つまり、天使族が来ると踏んでたな?」
「大体ね。招待状出してたし。こっちにも天使族居るから、会いに来るかもってね」
「まぁ、そう考えるよね」
エフレシアにもそれは容易に考えられた。
「大丈夫だよ、フィン。さっきみたいな感触は無いから、食べて」
ククルが毒味し、安全さを伝える。
何も無いと分かるとフィンは嬉しそうにもなかを口にした。
「……ルーク。キャロライナ様にあんな態度を取って、大丈夫?」
エフレシアがそう聞くと、ルークは暫し彼女を眺めた。足の先から頭の上までねっちりと。
「……やっぱりお前、エフレシアだよな?」
「えっ……何故……」
「だっておれ、名乗ってないのに名前知ってたし。それに雰囲気とか話し方が一緒だ。キャロライナ様には気付かれなくて良かったけど」
流石、と言っていいのか解らないが、その勘の良さには敬服する。
「そうだよ。これが本来の姿だから、いちいち説明するのもどうかと思って」
「本来の姿ってなに?」
「……訳あって姿変えられてたんだ」
「大分、美人になったな」
「有難う」
「……キャロライナ様より綺麗だ」
「首飛ぶよ」
「そうなるのはあっちの方だろ。今まで好き放題させてきたんだ。そろそろ、プライドを捨てて貰わないと」
「……キャロライナ様の為なら命も問わないって言ってたのに……急に態度変わったね」
「さっきの一発で目が覚めた。こんな女に仕えて莫迦じゃねぇ?って思ってさ。ブチ切れた」
「めっちゃ動揺してたもんね」
「一度だってあの子に逆らったら処刑だ。それが当然だと思ってる能天気な莫迦女だよ」
「キャロライナ様をどうするの?」
「まずは謝罪だ。エフレシアには散々嫌な思いさせてきたからな。それを全て償わせる」
「……それは要らないかな」
エフレシアの意外な返答にルークはキョトンとしている。
「……なんで?」
「いや、今更謝られても……」
「だって、沢山酷い事されたのに……?それに、謝罪させないとあの子は何が悪いのかさえも解らないままだ」
「そうやって育って来ちゃったんだから仕方ないよ。そんなキャロライナ様にずっと仕えてて、ルークは凄いね」
「えっ……当然の事だろう?」
ルークは不思議そうに首を傾げた。
「……それで?ずっと気になってたんだけど、キミ達は?」
会話に夢中で気付かなかったが、団長に指摘された二人にエフレシアも誰だろうと二人を見た。
「紹介が遅れてごめんなさい。あたしは、カランと申します。こちらは連れのニコです」
カランと名乗った可愛らしい女の子はククルに気付き、ウィンクした。隣にいるニコと紹介された男は高身長で長い黒髪を一つに結っている。顔立ちは端整だが、冷たい雰囲気を纏っていた。
「ちょっと捜してる人が居て。此処に来たら居るかなと思って来ちゃった」
「捜してる人?」
「うん。その為に旅をしてるの」
「旅人か。二人で?」
「他にも仲間はいるよ。今は別の場所で待機してる」
「そうか。キミ達も今夜はゆっくり休んでいって。ロキの手当ては明日には済んでると思うから」
「解った」
ルークはキャロライナ嬢の様子を見に一旦退室していった。
「結構、広い部屋ね。ベッドは三つかしら?」
フィンが感心しながら寝床を確認していた。
「部屋を分けるか?」
団長がカラン達に聞く。
「お気になさらず。ニコは夜に強いので寝ないから、あたしと一緒に寝よう?」
そっと手を握られながら誘われ、エフレシアはドキッとした。
可愛い過ぎる。
「……あたしは、良いんですけど……団長さん……」
「……女性同士の方が良いだろう」
「……そうですか」
「私とククルはあちらのベッドを借りるよ」
「ダメよ、ククルは私と」
フィンにククルを取られ、団長はルフラと目が合った。
「ルフラもちゃんと寝るんだよ」
エフレシアからのダメ押し。ルフラは逆らえない。
「……キミは?」
団長がルフラから目を逸らしながらニコに聞いた。
「私は見張りに回る」
「キミだけに任せる訳には……」
「問題ない。私は腕も立つ。あいつらが変な動きをしたらちゃんと伝える」
「……解った」
真っ直ぐな目でそう言われてしまっては何も言えまい。
ニコに見張りを任せ、エフレシア達はベッドに入った。
「ふかふかだ」
「団長さんと一緒が良かった?」
「えっ」
「寂しそうな表情してたよ」
「……あたし、エフレシアって言います」
寝ながらの自己紹介だがもう構わないとエフレシアは思った。
「この国に仲間が囚われてて、助けに来ました。団長さんとあたしは婚約する予定です。キャロライナ様には昔から嫌われてて偽名で誤魔化してて……」
「うん。事情があるのは見てて解ったよ」
「……あの……どうしてあたしと一緒に寝ようって……」
「話してみたかったからかな。女の子同士だし」
「……そうですか」
「貴方達の邪魔はしない様にするから。極力」
「……有難う御座います」
「じゃあ、今日はもう寝よっか。ニコが居るから安心して眠ってね」
「はい……。おやすみなさい」
「おやすみ」
カランはエフレシアが寝たのを確認すると、様子を見ていたニコに合図した。これから自分も寝ると。
ニコは瞬きだけで答えた。
「今日は随分と大人しいな」
まさかルフラと一緒に寝る事になろうとは思わなかった団長は平然としながら声を掛けた。
「……一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「エフレシアと抱き合ってた時、《女神》って何処にいたの?」
唐突に何を聞いてくるのかと団長は意表を突かれた。
「……気になるのか?」
「だって、婚約したら三日三晩、エフレシアと愛を深めるんでしょう?オレだってエフレシアから離れたくないのに、そういう時は違う場所にいた方が良いじゃん?」
「……確かにそうだな……。《女神》は隣の部屋で眠ってて貰ったよ。何かあれば気配で起きるからな」
「そう。なら、オレも近くの部屋で待機してるよ」
「そうしてくれると助かる」
「エフレシアには伝えておくから」
「……三日も独占してしまうな」
「贅沢過ぎ」
「……やっと、好きになって貰えたんだ。それ位、褒美でも良いだろう?」
嬉しそうに微笑む団長にルフラはただ同意した。
「……そうだね」
そのまま団長は気持ち良さそうに眠りについた。
寝顔も綺麗だ。
その御尊顔を拝みながらルフラも目を閉じた。
「ククルには、沢山お礼しないといけないわね」
楽しそうに呟くフィンにククルは内心戸惑っていた。
最近は何かと一緒に居ることが多く、その度にフィンは嬉しそうにしていたのでククルは流れに任せていた。
「お礼なんて気にしないで」
「ダメよ。私、ククルのこと敬愛してるのよ。だから、隣にいるの」
「……どうも」
「天使族はね、愛する者に忠誠を誓うの。同族なら何もしなくて良いんだけど、異種族同士だとちょっとした契約があるのね」
「……契約?」
「そう。忠誠を誓った相手に自分の神通力とかを分け与える事が出来るってやつ」
「……分け与えたら、フィンの能力に影響しない?」
「大丈夫よ。其れ位で落ちる天使族じゃないわ」
「そっか。でも、気持ちだけで充分だよ」
「……あら……烏滸がましかったかしら……」
「違うよ」
ククルはフィンの頬に触れながら微笑んだ。
「誓いなんて無くても、オレはフィンのこと、大切だと思ってる。フレア達の事もだけど、同じ位に一緒に居たい存在だ。だからこれは拒絶じゃないから。この先、どんな世界があってもずっと一緒だ」
「………えぇ。ありがとう、ククル」
納得してくれたのかは定かではないが、フィンは優しく笑っていた。
「ロキを連れ戻したら、一緒に帰ろう」
「…そうね」
「おやすみ、フィン」
「……ククル……」
そっと頭を撫でるとフィンは静かに眠りについた。
可愛らしい天使。
他の国に居たらこんなに安心した表情は見れなかったかも知れない。
それだけ天使族は貴重で高値で重宝される存在。
フィンが会いたいと願う天使族にもいつかお目に掛かりたいものだ。
再度、フィンの頭を撫でるとその美しい寝顔にドキッとした。




