キミのために。
キャロライナとの婚約発表は国民に大変喜ばれた。
ロキも快く受け入れられ、事は順調に進んでいる。
元々、以前から付き合いのあった国ゆえ、国王もロキならばと安堵して迎い入れてくれた。
「入るぞ」
夜。
婚約パーティーを控えているロキは一人部屋に居た。
キャロライナとはまだ別個の部屋だが、いずれは二人一緒の空間で過ごす事になる。
彼女は国王との話があるらしく、今日はもう顔を出さない。
そんな時に現れたのは、キャロライナの腹心であるルーク。
ノックとほぼ同時に入室して来た彼は、やや不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「……ルーク……」
久々に見る友は出逢った頃から変わらず、ロキは安心感の方を覚えた。
「本当に、キャロライナ様と婚約するの?」
「……婚約発表もしたからね。何か心配事でも?」
「またキャロライナ様を傷付けたら俺が殺してやる。今度は失敗しない」
「……それは頼もしいね。是非お願いするよ」
「……会話が成り立ってねぇよ」
「久々に話すからね。緊張してるみたいだ」
その割には落ち着いた声色で顔色も良い。
ロキの態度にルークは意気込みを削がれてしまい、溜息をつきながら近くにあった椅子に腰掛けた。
「今更って感じだけど。何で婚約破棄を撤回したんだよ。あんなに嫌がってたのに」
「……その所為で大事なものを沢山失った。また……救えなかったんだよ。それに、おれがあの子のものになればフレアにはもう危害は及ばない。今までずっと嫌な思いをさせちゃったから……」
「……その考えに至ったのは何で?」
「フレアにも大事な人が出来たからね」
「……え、マジ?」
「だから、フレアには幸せになって欲しい。その為ならおれはどうなってもいいんだ」
「……なんだ、それ。犠牲になるって事か?」
ルークは苛ついた口調で聞いた。
「端から見たらそうなんだろうね。でも、もう決めた事だから。キャロライナとも愛を誓い合った。おれの腕の中で可愛らしく啼いてたよ」
「えっ……抱いたのか……?」
戸惑うルークにロキは笑んだ。
「キミが、キャロライナに想いを募らせている事は知ってた。でも、キャロライナはキミには振り向かない。どんな事があっても」
「……だからなんだよ。ざまぁみろってか?」
「お願いがあるんだ」
「……は?」
「もし、おれがキャロライナを裏切った場合は皆殺しで頼むよ。国を滅ぼした時みたいに」
平然と何を述べているのかとルークは益々分からなくなった。
「……皆殺しって……」
「恐らく……いや、確実に、フレアはおれを取り戻しに来る。多分団長とククルも一緒だ。天使族もフレアに懐いていたから付いてくる可能性が高い。ティタも居るしね。だから、追い払って欲しいんだよ。得意だろ?」
「……なん、で……そんなこと……仲間じゃないのか?」
「キャロライナに身を捧げたという事は、あの国はおれとは何の関係も無くなる。それでもおれを奪還しに来るんだから、それ相応の覚悟があるって事だ」
「……まぁ、そうだな」
「団長は強い。ククルもね。ルークは手合わせしたい言ってたじゃない」
「あぁ……言ったけど……」
「殺す覚悟で挑まないと死ぬよ」
「……解った。フレアは?」
「皆殺しだって言ったよね。生かしておいたらキャロライナが不機嫌になる」
「……でも……妹を……」
「構わない。これはおれの覚悟だ」
そう断言されてしまってはルークは何も言えない。
ロキには何の得もなく、全てを失う事になる。
それでもルークに託す程、覚悟は揺らがないということか。
「承知した。この事、キャロライナ様は?」
「知らない方が良い。興味も無いだろうし」
「そうか。なら、俺が信頼してる騎士達だけに伝えておく」
「ありがとう、ルーク」
褒められてルークは少し嬉しかった。
「お前を奪還しに来るのはいつだ?」
「……今すぐにでもって感じだけど……。来るなら多分、婚約パーティーの日じゃないかな」
「……姫様が招待状送ってたな」
「律儀だよね」
「婚約パーティーの日には護衛が沢山付くからさ」
「……信頼してるよ」
「あぁ」
任せておけ、と言いながらルークは部屋から出て行った。
ロキは溜息を付き、ベッドの上に身体を倒す。
「失礼します」
ルークと入れ替わりに可愛らしい少年が入ってきた。
ロキはそのままの体勢で視線だけ向けた。
「……だれ?」
「騎士のエレ、と申します」
そばかすは気になるが、その笑みはとても人懐こかった。
「これから、ロキ様の護衛に当たるのでご挨拶をと」
「……そう。よろしく」
「具合悪い?」
「えっ…」
「顔色が宜しくない」
「……あぁ。少し、疲れてて」
「婚約パーティーも控えてますしね。そのまま就寝なされますか?」
「あぁ……」
エレは笑みを絶やさず、「失礼します」と言ってロキをちゃんとベッドの中へ誘った。
「休息は大事です」
「……随分、親しげだね」
「そりゃあ、久しぶりだからじゃん?」
「えっ」
「また会えて嬉しいよ、ロキ」
その口調には覚えがあった。
ロキは身体を起こし、まじまじとエレを見つめる。
「……お前……」
「気付いてくれたかな」
通りでその笑みに懐かしさを感じると思った。
「ロキの護衛はおれにしか務まらないと思ったからね。キャロライナ嬢にも気に入られたし」
「……バレてないのか?」
「うん。おれがそんなヘマする訳ないじゃん」
「……それなら……良いんだ…」
「心配はそこじゃないだろ?姫様は必ずお前を助けに来る。本当に、姫様の元へはもう戻らないつもり?」
「あぁ。おれはキャロライナと生きていく。だから、来られても無駄骨になってしまうよ」
「あんなお嬢と一生を添い遂げるとか、ゲロゲロ」
「誰かに聞かれたら首が飛ぶよ」
「大丈夫」
昔からこの子の「大丈夫」には何故か絶対的なものがあった。
「まぁ、一応?護衛はするけどさ。この格好だから姫様には気付かれないかもだけど、それなりの役割は果たしますよ。殿下」
今度は見慣れた笑みを浮かべ、ロキも安堵した。
「ありがとう、ノルン」
嘗ての騎士は、変身の能力を持つ美青年だと言う事を思い出す。
まさか、あの残酷な世界で生き残っていた者が居たとは思わず、再会出来た事の嬉しさの方が勝った。
「あ。だから、おれの事は内緒にしててね」
「あぁ、誰にも言わない。おれが、知られたくない」
「……相変わらず、優しいなぁ」
「それしか取り柄無いからね」
「謙遜。ロキには良い所いっぱいあるし!護衛しながら述べようか?」
「お前が知ってくれているならそれだけでいい」
ロキにそう言われてしまえば彼は何も言えない。
「好きだよ、ロキのそういう所。じゃあ、おれは護衛に付くからロキは寝てね」
「あぁ。何かあったら構わず起こして」
「了解」
敬礼のポーズをしながら彼は扉付近に待機した。
暫くして聴こえてきたロキの寝息に、彼も安堵の表情を浮かべた。
「クロエ。聞きたい事があるんだけど、いいかな……?」
ロキの奪還についての話し合いが終わった頃、エフレシアは自室に戻ろうとするクロエを呼び止めた。
「どうした?」
必然的か、フィンとヴィトも一緒だった。
「……人間の姿になる時って、何か能力使ったりするの……?」
「能力……っていうか、そんな大それたもんじゃないけど」
「……あたしを以前の姿に変えるって事は、可能……かな?」
「なんで?その姿でも良いじゃん」
「……キャロライナ様は、本来のあたしの姿を知らないから、面倒な事になるかもと思って……」
「変える必要無いわよ」
迷っているエフレシアにフィンが介入してきた。
「態々、そんな手間掛けなくて大丈夫よ。寧ろ、その姿であのお嬢と対峙した方が断然面白いわ」
「でも……」
「胸を張って良いのよ、エフレシア。貴方はあんな小娘より美しいもの。自慢して見下す位の度胸じゃないと、また侮蔑される。もう、貴方が傷付く姿なんて見たくないの……」
「……フィン……」
「何をされても絶対に守るわ」
エフレシアはぎゅっとフィンの手を握った。
「あら。どうしたの?」
優しく微笑むフィンに胸が痛くなった。
「……あたしも、フィンが傷付く姿は見たくない、から……。本当にヤバいって思ったら自分を第一にして」
「……ありがとう、姫ちゃん。だから、命を賭けても守りたいって思うのよ」
「あの国にも、天使族が居るみたいだって……」
「そうね。けど、イヴは問答無用で攻撃してきたりしないわ。それに、こちらには最強の布陣が揃ってるもの」
団長とククルが居れば怖いもの無しだ。エフレシアにはルフラも付いているし、堕ちない天使もいる。
それでも、一度キャロライナ嬢を見てしまうと身体が強張ってしまう。今までの侮辱行為が恐怖となって精神を抉ってくる。それを払拭しなければ何も変わらない。
「……ありがとう、フィン」
「一緒にロキとティタを連れ戻しましょう」
「うん」
フィンはそのままエフレシアと一緒に寝たいと可愛らしかったがルフラに止められ、クロエ達と一緒に部屋へ戻っていった。
「団長の婚約者だって自覚、忘れちゃ駄目だよ」
「……ごめん、ルフラ。天使族ならノーカウントだと思って……」
「甘いねぇ。幾ら手は出さないって言っても実際は解らないからね」
「うん……」
「もう夜も遅いし、寝た方が良い」
「ルフラも」
ベッドに誘われ、ルフラは従う。
それが、主の意思ならば逆らう事など出来はしない。
「……ほっぺ、痛い?」
「もう治ったよ。気にする事じゃない」
「……そう」
「オレはお前の盾だ。これからも犠牲になる事がある。その度に心配してたらそれこそ精神破壊しちゃうよ」
「……だけど……」
「これが契約だから。主のお前は偉そうにオレを使えば良いんだ」
「ルフラ……」
「今はロキを連れ戻す事だけ考えて。それからゆっくり寝ること。夜更かしはお肌の天敵なんでしょ」
微笑むルフラにエフレシアは小さく頷く。
「……おやすみ、ルフラ」
「おやすみ」
数分もしない内にエフレシアは夢の中へ誘われた。
その寝顔にルフラは申し訳無い気持ちになる。
「ごめんね……」
小さく呟きながらエフレシアの髪に触れた。
バシッ、と重い一撃を片腕で受け止めたイヴは、揺らいだ瞳でティタを見つめた。
婚約パーティーを控える中、問題事は避けたい。
同族ならば、危害など無いと安心しきっていた。
「……随分な挨拶じゃねぇの。気でも狂ったか?」
自室のベッドを整えていたイヴに背後から扇子を振り翳したティタ。頭に直撃の筈が気配を悟られ、失敗してしまった。
「済まない、イヴ」
「オレが反撃してたらお前、死んでたよ」
「……それでも、通さねばならない」
「……なにを?」
「友情だ」
「……そんなものには拘らない質だと思ってたけど」
「おれもだ。下らないもの故、哀れと思っていたんだが……。中々そうもいかない」
「オレに手を出した罪は重いよ、ティタ。離れの懲罰房に連行される」
「構わない」
「あの姫様の鞭打ちは物凄く痛いんだよ?」
「……痛みには慣れている」
ティタは扇子をしまい、両手を挙げながら抵抗の意思が無い事を伝える。
「……何か企んでんの?」
「あぁ。教えたら作戦とは言えないからな」
「……素直に答える所が胡散臭いんだよ」
「お前は聡明な天使だ、イヴ。あんなお嬢に仕えているのは勿体無いぞ」
「余計な御世話」
「……そうか」
報告を受けた警邏とともにイヴはティタを監禁した。
城からそれ程離れていない場所にある蔵の様な冷たい建物。
その中は寒く、たった一つの檻だけが存在していた。
四肢は鎖で繋がれ、脱走は困難だ。
鉄格子は幾ら頑丈な扇子でも壊せない。
天井付近にある小窓も、成人が通り抜けられる大きさでは無い。
中に見張りは置かず、外の扉付近に警邏が待機していた。
故に静寂だけが木霊する。
ティタは落ち着いていて、逆にその冷静さにイヴは違和感を覚えた。
「……此処までしなくても……」
ティタの事を耳にしたロキはキャロライナに許可を取って面会させて貰った。二人きりで話したいと色目を使って彼女に囁やけば快く了承してくれた。
見張りは外に居るだけ。キャロライナはロキを心底愛しており、信頼もしているのでイヴを連れて城へと戻っていった。
「ティタ。鎖だけでも外して貰おう」
「これで良い。下手に拘束を解いたらお前まで疑われてしまうぞ」
「でも……痛くない?」
「あぁ。寧ろ冷たくて心地良い」
「……そっか」
「大分、あの姫様を飼い慣らしたものだな」
「おれの想いを解ってくれたからね……」
「相思相愛、というやつか」
「そんな神聖なものじゃないけど。ティタ、具合の方は?」
「心配無い。人間用ならば天使には効かん」
「なら、大丈夫そうだね」
「あぁ。済まないな、ロキ」
「気に病む事じゃないよ。ティタが居てくれておれは良かったと思ってる」
「……嬉しい言葉だな」
面会の時間制限は指定されなかったが、あまり長居してしまうと疑念を持たれかねないので、2人は顔を近付けながら小声で話した。
「……そろそろ戻った方が良いか」
「そう……だね」
「ロキ」
天井の小窓から差し込む月明かりが丁度ティタを照らし、美しい天使の姿が目に焼き付いた。
「必ず助けに来る」
「あぁ……。待っているよ」
ロキは中から扉を叩き、終わった事を合図した。
ティタへの拷問は明日から行われるらしい。
キャロライナから愉しげに話されても、ロキは穏やかに聞いていてそのまま一緒のベッドで夜を共にした。




