悪女の恋
「……お願いがあります」
王位の椅子に座するキャロライナに跪き、ロキは辛苦の思いでその言葉を述べた。
「ロキ様の頼みならば何でも聞きますわ」
「……貴方との婚約破棄は撤回させて頂きたい」
「あら!本当ですか?」
「あぁ……。その代わり、今後一切エフレシアには関わらないで欲しい……」
彼女の名が出た途端、上機嫌だった姫君の表情が無になった。
「……お願いします」
キャロライナにとっては好条件だろう。
彼女から関わらなければエフレシアに害が及ぶ心配も無い。
ただ、自分が犠牲になれば良いだけのこと。
「それは……ロキ様は私の夫となり、この国に身を捧げるという事ですか?」
「そうだ……。貴方はずっとおれを想ってくれていただろう?それを無下にして酷い態度を取った……。その償いはさせて欲しい」
「……心変わりとは感心致します。やっと、私の想いに気付いて下さったのですね」
「……ごめん、今まで……」
「宜しいですわ。ロキ様からの求婚だなんて断る理由がありません。今すぐにでも準備を致しましょう」
声色とともに表情も柔らかいものに戻ったのを見てロキは安堵してしまった。
「……ですがその前に一つ良いでしょうか?」
「えっ…」
「口では何とでも言えましょう。貴方の覚悟を量らせて貰います」
「……何を……」
動揺するロキの眼前に伸ばされた綺麗な御御足。
キャロライナでなければ映えないだろうギンギラのヒールは武器にも見える。
「此処に誓いの口付けを。出来なければ、全て虚言だったと父上に報告します」
「……解った」
スッと彼女の御御足に触れながら、ロキはヒールの先端に口を付けた。
その潔さにキャロライナはまた彼に惚れてしまっている。
「これで良いのか……?足りないなら直接貴方の足に口付けを……」
「よ、宜しくてよ!ロキ様……私の足なんて今はそんな舐めずともそれは今後に……」
予想外の言葉にキャロライナも動揺していた。
嬉しそうなご様子なのは間違いない。
彼女だって普通の女の子だ。そういう反応だって持ち併せている。
「ロキ様、もうお立ち下さい。服が汚れてしまいますわ」
「……本当に、これだけで良いの?愛の証明とかキスとか、そういう誓いはしなくていいの?」
「えっ…!そ、そんな……キスだなんて……まぁ、ロキ様……そんな……私は嬉しいですけれど……」
「なら……」
「でもそれは!後に取って置きたいのです」
「……そう」
「約束しますわ、ロキ様。私はロキ様さえ居れば他の人間なんてどうでも良いんです。あの子にも関わりませんわ」
「……ありがとう、キャロライナ」
最初からこうすれば良かったと後悔が渦巻いている。
国も騎士団も誰も、泣かなくて済んだ世界があったかも知れない。
自分の欲を優先してしまった罰だ。
今後もキャロライナに対して恋愛感情なんて生まれないだろう。
それでも、エフレシアさえ幸せならこの身なんてどうなったっていい。
感情を殺してでも守りたいものが生きていてくれるなら。
「早速、明日にでも国民に婚約発表致しましょう。婚約パーティーも兼ねて盛大にお祝いして貰わなければ!」
キャロライナが合図を出すと側近達は直ぐ様行動に移った。
その後はバタバタと流れる様に準備が進んでいき、ロキも専属の衣装係に拘束され、何時間も試着を行った。
たった1日で全ての準備が整ったと聞いた時は流石、デカい王国だと感心してしまった。
この王国は近年、他の国を取り込んで傘下にしているらしい。
それだけ国王はやり手でキャロライナの統率力が際立っているのだろう。
シュヴァルツ王国と比べると、国民の数も兵の数も倍だ。
武器だって有り余る位倉庫にあったし、召使いなんて100人以上いる。
人間が増えた事で他国の知恵や料理や創造が混ざり合い、新しいものが生まれていく。お陰で資源は豊富になり、観光地としても名は広がっていった。
もし、この国と戦争なんて事になったら、シュヴァルツ王国は瞬殺される。
幾らあの騎士団長でも、この国の騎士団と兵の数には敵わない。
だから、助けには来ないで欲しい。
自らの意思でキャロライナの夫となり、この国に骨を埋める覚悟を決めたのだ。
事を荒立てず、ただ見守ってて欲しい。
「元気でやっているよ」と安心して、出来れば忘れてほしい。
誰も傷付かず、何も壊されず、ただ、国と国との関係だけでいてくれれば世界は安泰だ。
たった一人の犠牲だけで済むのだから、願いも祈りも叶わなくていい。
エフレシアにはただ幸せに生きて、笑っていてほしい。
ただ、それだけなんだ。
「ロキ」
漸く試着が終わった頃、部屋にティタが入ってきた。
彼は囚われず、城の中で自由にしているみたいだ。
「……ティタ。どうしたの?」
彼は辺りを警戒しながらロキに歩み寄った。
「本当に良いのか?」
「あぁ。もう決めた事だから、今更引かない」
「だが……好きでもないのに婚約など……」
「結婚生活に恋愛感情なんて要らないんだよ。キャロライナが満足してくれていれば誰かに害が及ぶことも無いし、どの国も平和に暮らせる」
「……本心か?」
「そうだよ。だから、ティタは機会を見て逃げ出して。折角提案してくれた策も流れちゃったし」
「……そんな卑怯な事は出来ない」
「ティタは天使族だから、良いように利用されちゃうよ。また嫌な思いはして欲しくないから。それに、フレア達にも心配掛けちゃうでしょう?」
「それの何が悪いんだ?お前を心配する事は兄だからだろう?見過ごせないから助けに来るのだろう?それを無下に出来るのか?」
「……おれを奪還しに来ても、それこそ無駄にさせちゃう。おれはもうシュヴァルツ王国に帰る気も無いし、キャロライナを裏切るつもりも無いんだ」
「……ロキ……」
何を言ってもサラッと交わされてしまい、ティタは言葉が続かなかった。
「フレアには、ただ幸せでいてほしい。団長と夫婦になって穏やかに暮らしてほしい。おれの願いはそれだけなんだよ」
「……それでも、フレアはお前を取り返しに来るぞ」
「見限って貰える様に努力しなきゃね」
微笑むロキに、もうどれが本心なのかも解らずティタは部屋から出て行った。
「だから無駄だって言ったじゃん」
外で待っていたイヴは予想通りの結果に呆れている。
「……まさか、あそこまで覚悟が据わっていたとはな」
「人間は強いよ。侮ったら此方が出遅れる」
「あぁ……その通りだ」
「それで?ティタは此処から逃げる?それなら手を貸すけど」
「いや。ロキを一人には出来ない」
「……お前、そんなに人間の事信用してたっけ?」
「……以前とは違うな。フレアやロキのお陰だ」
「そうかい。なら、引き続き、お前の見張り役はオレだな」
同族だからとイヴがティタの監視役をすると名乗り出てもキャロライナは何も言わなかった。なので、ティタは拘束もされず、イヴとの同行ならば自由でいられる。
キャロライナとロキの婚約発表はシュヴァルツ王国にも届いていた。……というより、態々キャロライナが報告したのだろう。
もうロキは私のものだ。妹のお前は二度と関わるな。
言い換えればそんな感じだ。
近日には婚約パーティーが開催される事も知らせてくれた。
招待状までも送ってくるとはなんと律儀なことで。
「結局、キャロライナを無視する事は出来なかったか」
王座の間にはエフレシア含め、団長、天使族、ククルの姿があった。
「取り返しに行く?」
ククルが隣のエフレシアに聞くと、彼女は平然としていた。
「……お兄ちゃんが決めた事なら、あたし達が出張る事無いよ。下手に奪還しに行ってこの国に害が及んだら責任取れないもん」
「……本当に、いいの……?」
エフレシアの答えにフィンが聞き直した。
「フィンは、お兄ちゃんを助けに行きたい?」
「勿論よ!ロキは私達の仲間じゃない。見放す事なんて出来ないわ!」
「じゃあ、フィンもお兄ちゃんの側に行ったらいいよ。天使族だから丁重に饗してもらえると思うし」
「……姫ちゃん……?何言ってるの……?」
「もう、キャロライナ嬢には関わりたくないんだ。この間の仕打ち見たでしょ?あの人からお兄ちゃんを奪ったらその報復は大きい。戦争を仕掛けてくるかも知れない。そしたらこの国は捻り潰されちゃうよ。例え、団長さんが居たとしても、勝ち目は無い」
「断言出来るのか?」
「はい。あたしの国も滅びたので」
「……そうか」
「助けに行きたければ勝手にすればいい。其処で殺されてもあたしには関係無い」
――――バシッ、と痛い音が響いた。
その痛みはエフレシアが受けるべきもの。
察知したルフラが彼女の前に出て、代わりに殴られた。
「ルフラ……!」
「その言い方は解せないね、エフレシア」
手を挙げたのは団長。
いつもより声が低めだ。団長は怒っている。
「……団長さんも、助けに行けと?」
ルフラを支えながらエフレシアが問う。
「私はロキを失いたくない。騎士団にも必要な存在だ」
「……そうでしょうね……。でも……見放さないと……お兄ちゃんの覚悟が台無しになってしまう……。二度目は無い……。本当に、争いになったら、みんな殺されちゃうんですよ…!あの国にはバカ強い兵もいる。いくら団長さんが強いからって数では敵わない!死んだら……もう、会えなくなるんですよ……」
「知っているよ。全てを守れる訳じゃない。誰かを犠牲にするかも知れない。その犠牲を払ってでも、ロキにはこの国にいて欲しい。此処で幸せになって欲しい。その思いだけだよ」
「……でも……」
一度、滅びた世界を知っているが故、戦争なんて招きたくない。けれど、このまま離れ離れになるのも嫌だ。
「エフレシア……」
「……この国を失ったら……もう帰る場所が無くなっちゃう……」
「無くならない。誰にも奪わせはしないよ」
「……どうやって……」
「実力行使だ」
「でも……」
「数には敵わないだろうが、分断してしまえば個人の強さなんてたかが知れている」
「……それは団長さんが強いから言える事です」
「此処に居る者は皆、強いだろう?」
そう断言されてしまっては否定は出来ない。
ククルも天使族もルフラも、実力ならあの国にだって負けはしないだろう。
「ククル。キミの意見はどうかな?」
「オレはエフレシアに従うだけだ。助けに行くって言うなら、オレが先陣を切る」
「そうか」
「……本当に……助けに行っても良いの……?」
震える声でエフレシアは再度聞く。
ロキの意思を無駄にはしたくない。
恐らく、自分が犠牲になる事でエフレシアを守っている。
例え、好きでもない女と一生を添い遂げる事になっても、その思いは揺らがないんだろう。
だから、助けに行ったってその結末は解り切ってしまう。
「帰れ」と言われても、「見捨てろ」と拒絶されても、失いたくない。
見放せる度胸も無いクセに意地で強がった。
ずっと側に居てくれた人を、見限れる位の覚悟なんてエフレシアには無いのに。
「誰もロキを見捨てはしない。必ず一緒に帰ってこよう」
エフレシアを抱きしめながら団長は優しい声で囁いた。
その温もりにエフレシアは涙を見せた。
「叩いて悪かったね、ルフラ」
「いや……。守るのがオレの務めだから」
「そうだな。頼もしいよ」
褒められてルフラは柄にもなく照れてしまう。
「さて。ロキ奪還に向かうメンバーを決めようか」
「皆で一緒に行くんじゃないの?」
「主力が一気に抜けるのは避けたい」
「まぁ、何かあった時に誰か居ないと不安よね」
フィンが呟く。
「私とククルは決定事項だ」
「あたしも行きます」
「……そうだね。なら、ルフラも必然的に同行するだろう」
「おい……そんな、団長もククルも抜けたら誰がこの国守るんだよ」
クロエが不安そうに聞いた。
「私が留守の間はフレイに騎士団を任せている」
「でも……」
「クロエ達には、フレイの援護を頼みたい」
「私は連れて行って」
スッと挙手しながらフィンが立候補した。
「キミは天使族だ。もし、囚われてしまったら……」
「私なら、人間を殺しても堕天使にはならない。そういう能力を持って生まれてきたから例外なのよ。戦闘は免れないでしょう?だから、邪魔な人間どもは私が退けるわ。それに、どんなに傷を負っても死にはしない。こんなに頼もしい味方は居ないわよ」
なんと自信に満ちた言葉だろう。
確かに味方でいてくれる分には頼もしい存在だ。
「……解った。フィンも一緒に行こう」
「ありがとう、団長さん」
ロキ奪還メンバーは5人となった。
その中でも一番弱く見られるのはエフレシアだ。
その上、キャロライナ嬢に嫌われている。
もし、2人が対峙してしまったら、エフレシアが受けるダメージは今までよりも更にキツいものとなるだろう。
「何があってもエフレシアを守れ」
ルフラとフィンは強く頷いた。
婚約発表の前日に、愛を誓う儀式を行うとの事でロキはキャロライナの部屋を訪れていた。
「初夜は明日じゃないのか?」
「私は明日でも構わなかったのですが……父上が事は早急にと申したので……」
「そうか」
清楚な部屋の中にある天蓋付きのベッドの上にキャロライナは座っていた。
ピンク色のランジェリー姿で、白い手足が顕になっている上に立派な豊胸は今にも飛び出しそうな勢いだ。まだ長い髪で見え隠れしてはいるものの、他の男が見たら今すぐに襲われても文句は言えないだろう。
「ロキ様、此処に座って下さい」
「服のまま?」
「……構いません」
ロキは従い、キャロライナの正面に座った。
間近で見ると更に際立つ綺麗な身体と妖艶さ。
「……婚約破棄をした時に酷い事を言ったの、覚えてる?」
「……はい」
「憎まれて当然の事をした。貴方を傷付けて、自分の欲を取った。愚かな行為だったと今では痛感してるよ」
「……あの時は酷く落ち込みました……。殺意も目覚めましたわ」
「……それでも、おれが婚約破棄を撤回して欲しいってお願いしたら、貴方は受け入れてくれた。それはどうして?」
「……そんなの、好きだからに決まってますでしょう。嫌いになんてなれません。殺してしまえばこの想いも消えると思いました。けれど、貴方が生き延びたと知って、まだ好きなのだと実感したのです。だから、私と婚約をして下さって本当に嬉しい限りですわ」
「……そうか。なら、おれもその想いに答えていかないとね」
「えっ……」
顔を近付けられ、キャロライナはグッと身構えてしまった。
「……ロキ様?」
「ごめん、急過ぎたかな?」
「なにを……しようと……」
「誓いの口付けだよ」
「えっ…」
「嫌?」
「い、いえ……!嬉しいですわ……。けれど……その……」
「あぁ、初めて?」
「……ロキ様になら、捧げても……」
「じゃあ、貰うね」
キャロライナが目を閉じると、唇が重なった。
大好きな人とのファーストキス。
目を開けたかったが、その勇気は持てなかった。
「……んっ!」
一瞬、唇が離れたかと思えばまた重なり、今度は舌が絡まり合った。上手に絡め取られ、息が出来なくなる。
解放された時には淫らにも涎を垂らしてしまった。
「……ロキ様……」
「苦しかった?」
「…いえ……」
「キスだけで気持ち良さそうだから、この先もしようか」
「えっ……この、先……?」
「こんな男を誘う様な格好して、えっちな表情されたら堪らないよ。こっちも初めて?」
「……そんな……まだ心の準備が……」
「大丈夫。優しくするから。痛かったら殴っていい」
「……い、痛みを伴うのですか……?」
「子を成すという事はそういう事だ。繋がらなければ何も生まれない。ただ、貴方にだけ負担をかけてしまうのは心苦しいけど」
「……こ、怖い事……ですか?」
「最初はそうかな。でも、そこまで怖い事はしない。気持ち悪かったり本当に嫌だったら言って欲しい」
「……っ、ロキ様が……望むのであれば……」
キャロライナは震えて涙を流していた。
「……したい……。ロキ様と……気持ちよくなりたいです……」
「身体は震えてるよ」
「……い、痛みには慣れていませんので……」
「……解った」
「……ロキ様……?」
「ゆっくりするから。キャロライナはただ、身を委ねて欲しい」
「……はい」
「もう一回、キスするから。それで少し欲を溶かそう」
囁きながらロキはキャロライナを押し倒した。
そしてそのまま口付けする。また舌が絡まり合って、キャロライナは必死に答えようとしている。
「……ロキ様……」
「不安になったら名前呼んで」
「……はい」
キャロライナは次第に力を抜いていき、ロキに全てを捧げた。
これは復讐だ、とロキは内心で呟き、キャロライナの豊胸に舌を伸ばした。




