Aimer
後夜祭。
キャンプファイヤーは盛り上がり、焔は天高く燃え上がっている。
はしゃぐ外の生徒達に構わず、クロエはカタリナにキスをした。
校舎内の使用されていない空き教室。
ほぼ全員が後夜祭に参加している。
2人もキャンプファイヤーを眺め、カタリナのクラスメイト達と談笑した後、こっそりと抜け出した。
気持ちが昂って止まらない。
正直、キスだけでは物足りなかった。
「……急にごめん」
「……いえ……」
「キスしたくなった」
「……そう、ですか…」
カタリナは緊張気味で頬は赤らんでいる。
「嫌だった?」
「いえ……。驚いただけです…」
「……なら、良いんだ……」
このまま抱きしめてしまいたい。
溢れ出す欲望を抑えながらクロエは平静を保っている。
「……こういうの、初めて?」
「…はい……」
「じゃあ……この先も?」
「……経験は無いです」
「……そっか」
「…クロエが……し、したいなら……構いません…。でも、何も準備してなくて……粗末な身体を捧げるのはちょっと気分を害してしまうやもしれません…」
「……あぁ、気にしないよ」
言いながらクロエはカタリナを抱き寄せ、また口付けした。
本当に何の準備もしていなかったカタリナは何が起きているのかプチパニックだ。
未だに何故クロエが好意を抱いてくれたのかと不思議でならない。けれど、こんなに求められた事は初めてだったので理由など要らなかった。
「……っ、クロエ……」
「嫌?」
「……い、息をさせて下さい……。緊張が止まなくて……」
「ゆっくり、吐いて、吸って、繰り返しやって」
「……はい…」
カタリナは素直に従う。
深呼吸を行ったせいか、気持ちも落ち着いてきた。
クロエは優しい微笑を浮かべながら待ってくれている。
「……すみません…」
「カタリナ。この先もするけど、本当に嫌だったら言って」
「……するって……どこまで……」
「叶うなら、最後までしたい。場所がアレだったら移動してもいい…」
「クロエ……」
「ん?」
「……あの……幻滅させたら……ごめんなさい…」
「幻滅?なんで?」
「…私……この年でまだ経験も無くて……クロエが初めてなので……手間を掛けさせてしまうから……」
声が震えている。
涙も溢れて止まない。
それでも、クロエになら全てを捧げたいと思った。
「カタリナ。おれ、この国に来る前、他の国の女達とこういう事してた」
クロエも、過去の行いを話さない訳にはいかなかった。
「……どういう……」
「天使狩りに遭って、散々な目に遭って、人間に苛ついて、復讐してやろうと思った。だから、人間の女達と気持ちいい事して、憂さ晴らししてたんだ」
包み隠さず、クロエは暴露していく。
「幻滅されるならおれの方だ……」
「……でも……それは……傷付けられたから、でしょう…?誰かを貶めたいって気持ちが先行するのも仕方ない事じゃないですか……。やり返す事が駄目だなんて言える義理もありません。クロエの過去に、私が判決を下すのは場違いですよ……。だから、幻滅もしませんし、拒絶もしません。私は、この学園で出逢ったクロエをお慕いしています。この気持ちは絶対揺らがないものだと、確信もあります」
初めて会った時と同じ笑みを向けられ、クロエは胸が痛んだ。
軽薄だったかも知れない。
カタリナなら受け入れてくれるだろうなんて、そうであってほしい望みを彼女に期待していた。
まるで思い通りだ。
なんて愚かで醜い思考を巡らせてしまったのか。
この先、カタリナは、クロエを拒まない。突き放す事も、蔑む事もしない。
ただ側にいてくれる。その存在がどれ程尊いものなのか、クロエはよく知っている筈だった。
「クロエ…?」
「……ごめん。カタリナなら、そう言うだろうなって思い込んでた…。そういう人間でいて欲しいって……我儘な願望を押し付けた…。ごめん……」
「……話してくれて嬉しいです。クロエ、私はどんな事でも受け入れます。だから、今みたいに打ち明けて下さい」
「…いいの…?」
「貴方の隣に居られる事が何より幸福なので」
もう、歯止めは効かなかった。
ガタッ、と近くにあった机がズレて、カタリナは窓際に身体を預けた。クロエはそのまま彼女の首筋を舐め、服に手を掛けた。
「……クロエ……」
「大丈夫。怖い事はしない」
耳元でそんな風に囁かれたらカタリナはもう身を任せるしかない。
クロエは最後まで優しくしてくれた。
後夜祭は盛り上がる一方で、賑やかな雰囲気に呑まれてしまった。
昂る気持ちを抑えながら団長はゆっくりとエフレシアから離れた。
「……このまま、部屋に連れ込んで抱きたい位だ」
「……お望み…ならば……構いません…」
「本当に?今日は高揚しているから帰せないよ」
「……あたしは、団長さんに全てを捧げると誓ったので……」
「良い子だね。なら、私の部屋に行こうか」
手を握られ、もう後戻りは出来ないと悟った。
そのまま2人は誰にも気付かれずに帰城し、団長の部屋に着いた。
外の賑わいとは違って静寂が支配する。
「団長さん……」
「エフレシア」
室内に入るなり、団長はまたキスをした。
今度は長かった。
舌が絡んでどうしたらいいのか分からなかったが、団長がリードしてくれたのでエフレシアはただ任せる事にした。
「……っ、あ……」
「まだ」
呼吸も整っていないのに続け様に口付けされ、力が抜けそうになるエフレシアを団長が支える。
「団長…さん…」
そのままふわっと身体が浮き、姫抱きされながら団長の寝室へと案内されてしまった。
そっとベッドの上に下ろされ、気付いた時には団長に押し倒された格好になっており、暫し見つめ合った。
「……この先は、婚約発表をした後に取っておこうと思ってた。でも、もう…無理…」
「……団長さんがお望みならば、時期は構いません」
「……本当に、キミは私の欲しい答えをくれるんだね」
「あの……時間を掛けてしまったら、ごめんなさい…」
「気にしなくていい。そういうのは男の問題だから」
「…そう……なんですね」
「嫌だったらすぐに言うんだよ」
「…はい…」
緊張と不安はあったものの、微かな痛みが過ぎ去った後はただただ快楽に沈んでいった。
何度も名前を呼ばれ、何度もキスを重ねて、互いの体温を感じて、初めての感覚に息をする事さえも忘れかけた。
「エフレシア。ちゃんと呼吸して」
「…し、てます……」
「苦しくないか?」
「…大丈夫……です」
乱れまくったベッドシーツなど気にも止めず、2人は欲が満たされるまで行為に至った。
「ククル」
一人、キャンプファイヤーを眺めていた彼にフィンが声を掛けた。
今日は1日2人で学園祭を回り、程々に仲を深めた感じはあった。
「姫ちゃん、見なかった?」
「さぁ?団長と一緒に居るんじゃない?」
「それなら良いんだけど……」
「何かあった?」
「ルフラが探してたから聞きに来たのよ」
「ルフラは?」
「ヴィトに捕まって一緒にキャンプファイヤーを見てるわ」
「……大丈夫じゃないの?今日はずっと団長と居る予定みたいだから。フィンは楽しんでる?」
「勿論よ!ありがとう、ククル。一緒にいてくれて」
「…偶には良いでしょ」
一人で学園祭を周る気だったフィンはククルから誘われ、終始笑顔で楽しんでいた。
「天界にも、こういうお祭りみたいなイベントあったのよねぇ。能力で演舞したり華やかに踊ったり」
「懐かしい?」
「そりゃあねぇ……戻れるならまた皆に会いたいわ」
微笑む表情に影が灯る。
「……天使族は、殺されたりはしないんでしょ?」
「存在価値が高いからね。真っ先に手を掛けられる事は無いでしょうけど……。でも、死んだ方がマシだって思いは沢山したわ。自死なんてみっともないからやらないだけ。今も何処かで泣いている子がいるのよ。それでも私は、手を伸ばす事さえ出来ない……」
「生きてるなら、その"いつか”はちゃんと訪れるよ。フィン達は無力なんかじゃない。この国で安泰に過ごしている事が何よりの証明だ。助ける事は出来なくても、生きていて欲しいって願いが強ければ仲間はきっと大丈夫。囚われている天使達も、フィン達の事を想ってるよ。キミが今此処に存在しているのは、誰かがキミの事を強く想っているから。だから、明日も明後日も世界がある。そんなに、気を負わない方が良い」
真っ直ぐな目で真っ直ぐな言葉をくれたククルにフィンは意図せず涙を流した。存在している事をそんな真っ直ぐに受け入れてくれている彼らに感謝しかない。
「綺麗事かも知れないし、気休めにもならないかも知れない。そんなものでも救われる想いがあるなら、いくらだって肯定するよ。普通に生きていて良いんだって、何度でも叫んでやる。居なくなられたら嫌だしね」
サラッと言ってくれる事が何より嬉しかった。
感情を抑えきれなくなったフィンは泣きながらククルに抱きついた。
丁度その光景をルフラとヴィトが目撃し、楽しそうな雰囲気だと悟って加わってきた。
「大分、仲良しになったね」
「……そう見えるなら良かった」
まだ泣いているフィンの背中を擦りながらククルは呟く。
「今日はそういう雰囲気の日かぁ」
「フレアは居たの?」
「此処には居ないみたいだね。多分、団長と2人でどっかに行ったってのが妥当かな。そして恐らく今日は戻ってこない」
「あぁ……そういう感じか。団長も、人間だったって訳だ」
「何だと思ってたの」
「パーフェクト人間だと思ってたから、情事には疎いのかと」
「そんな人間いないでしょ?」
「……居たらレアキャラかな」
彼らの話題になっている2人は、静かな寝室でまだ抱き合っていた。一回で終わるわけが無い。
団長の欲は乱れに乱れ、エフレシアは最後まで頑張った。
互いに満足する頃には、息も絶え絶えで身体中に籠った熱が疎ましかった。
「…エフレシア」
ふらふらしながら団長は水を持ってきた。
エフレシアはゆっくりと起き上がり、息を整えながら水を含んだ。
「……脱水症状は起きてないか?」
「…大丈夫…です……。意識はあります」
「そうか……。済まない、やり過ぎた」
「いえ…!とても気持ち良かったです」
「……なら、良いんだ。途中から無理矢理になってないか解らなくなってしまって…」
「何も、酷い事はありませんでしたよ。痛みも和らいでいきましたし」
「今は?痛い所とか……」
「無いです。ちょっとお腹辺りに違和感があるだけで……」
「ごめん…!抑制出来なかった私の責任だ……」
「……いいえ。あたしが、煽ったから団長は何も詫びる事なんて無いです」
「……でも……」
「あたしは構わないって言いました。団長さんだから、全てを捧げたんです。婚約発表の後も、またしますよね?」
「あぁ……。その時は、三日三晩…と決まっている」
「そんなに団長を束縛しても良いんですか?」
申し訳無さそうに言った団長に対し、エフレシアは目をキラキラさせながら聞いた。
「私よりもエフレシア、キミの事が心配なんだが……」
「大丈夫です。今日、沢山抱いてくれた。この経験をまた出来るなんてあたしは嬉しくて仕方ありません。それに、三日も団長さんと一緒に居られるなんて、特権ではありませんか」
「……不安じゃないのか…?」
「全く。寧ろ、楽しみでしかないです」
期待に満ちた表情で言い放つ彼女に、団長の不安は解消された。
「ありがとう、エフレシア」
「はい!」
「動けそうならシャワー浴びるかい?」
「…あぁ、そうですね。では団長さんも一緒に…」
「えっ」
「えっ…?何かまずい事でも……」
「いや……。キミは、見られるという事に抵抗は無いのか?」
「さっきまで曝け出していたので今更……」
「……キミみたいな女性はなかなか居ないだろうね」
「レアキャラですね」
嬉しそうに笑う彼女に団長も表情が緩む。
「立てるかい?」
「はい」
ベッドから降りようとした瞬間、ぬるっとしたものが足の間に伝った。それは見なくとも解ってしまうもの。
「……ごめんなさい……」
「謝る事じゃないよ。シャワー浴びて洗い流そう」
結局、浴室までまた姫抱きされて連れて行って貰った。
互いにスッキリした後はリビングのソファで寛いだ。
ふかふかの座り心地に目を閉じたら眠ってしまいそうだった。
「エフレシア。水分補給」
バスローブ姿の団長は目に毒だ。
気を抜いたら鼻血が吹き出てしまいそうになる。
「ありがとうございます」
「疲れただろう?今日はゆっくり休んで」
「……我儘言っても良いですか?」
「いいよ」
「……団長さんと、一緒に寝たいです」
このまま自室に戻るのは虚しい。
激しい虚無感に支配され兼ねない。
「それは私の我儘だ、エフレシア。今日は帰さないと言っただろう?」
「……そうでした…」
「今後も、我儘を言って欲しい。私の立場など気遣わずに、したい事があったら我慢しないで」
「……そんな事言われたら……本当に、我儘しちゃいますよ…」
「愛する人の我儘なら、寧ろご褒美と捉えるね」
「……褒めるのがお上手で…」
「エフレシアだからだよ。キミが、私をそうさせている。こんなに、ずっと一緒に居たいと思えた相手は初めてだ」
「……ありがとうございます」
「少し、此処で休んでて」
「はい」
頭を撫でられ、エフレシアはそのまま目を閉じた。
団長がベッドメイキングをし終えて戻ると彼女は完全に熟睡していたので、起こさないように静かにベッドまで運んだ。
気付けば外の賑わいは止んでいて、夜も遅い時間だった。
団長も、彼女の隣に横になり、眠りについた。




