親愛なる
学園祭最終日がやって来た。
修復作業は淡々と終わり、初日と変わらない景色を取り戻した。
誰もが心待ちにしていたこの日はとても綺麗な青空だった。
「エフレシア。迎えに来たよ」
朝イチで団長の麗しい姿を目にし、エフレシアは気を失いそうになってしまった。
いつもの騎士団の格好ではなく今日は私服だろうか、見慣れないラフな服装で髪も下ろしている。そのギャップに耐えられない。
「大丈夫?」
「はい。団長さん、今日は私服なんですか?」
「そうだよ。折角の学園祭だ。それに、今日はキミとずっと一緒に居られるからね」
「嬉しいです」
着替えを済ませていたエフレシアはすぐに準備が整った。
今日は団長と居るので心配は無いとルフラには自由行動をしてもらっている。騒動も落ち着いて学園祭の空気に人々は愉しげな雰囲気だったので誰もルフラの事など気にしていなかった。
天使達もそれぞれで楽しんで貰うように伝えてあるので今日は本当に団長と二人きりだ。
気掛かりといえばロキとティタの事だが、あの二人の事なら心配無いとククルも言っていたのでエフレシアは気のままに楽しむ事にしていた。
「良い賑わいだね。エフレシア」
不意に手を差し出され、その自然な仕草にドキッとする。
「離れないようにね」
団長の手は温かかった。
それから二人は各クラスの出し物を一つずつ見て回る事にした。
展示物も面白かったが、やはり食べ物系には唆られてしまい、甘い物や辛いものなど沢山味わった。カロリー消費としてお化け屋敷なるものに入り、そのハイクオリティさにエフレシアは悲鳴を上げ続けていた。
「……大丈夫かい?」
「はい……。すみません、ああいうの慣れてなくて……」
お化け屋敷から出て隣のクラスのパフェ館で休憩を取ることにした。エフレシアは、団長の腕が千切れてしまうのではないかと思う程、強くしがみついてしまっていたので申し訳無い気持ちでいっぱいだった。
「確かにレベルの高いお化け屋敷だったね」
「あぁ……お化け自体は怖くないんですけど……。暗くて狭い感じの所で驚かされるのが吃驚しちゃって……」
「そうか。済まない、気付くべきだった」
「いえ……。まさかあんなハイクオリティだとは思わず……」
「何か、思い出させてしまったかな…?」
「……大丈夫です。団長さんがずっと側にいてくれたので。あの、腕、大丈夫ですか?」
「あぁ、心配無いよ。鍛えているから」
「流石です」
「次はエフレシアのクラスに行ってみようか?」
「そうですね……」
校内を回っていると、通りすがる人達から囁かれる言葉があった。
「お似合い」「美男美女」「羨ましい」
そんな言葉、以前の姿では浴びる事すら無かったのに。
不釣り合いだとあれだけ罵っていたクセに、所詮、見た目の情報がイメージを共有するのだ。なんて愚かで単純。
「気分が優れないか?」
「…え?」
「俯き加減になっていたから。人の多さに酔ってしまったかな?」
「いえ…!すみません、少し考え事を……」
「気になる事でも?」
「……皆が振り返って見てきます。団長さんが美しいから」
「当然だ。それに今日はいつもと格好が違うからね。その所為もあるだろう」
「団長さんが髪下ろしてる姿、好きです」
「え、そう…かな……」
突然の告白に団長は少々動揺してしまった。
「有難う、褒めてくれて嬉しいよ」
「良かったです」
話しながら歩いているとエフレシアのクラスに着いた。今日はヴィトという可愛らしい看板娘がいないからか、行列は出来ていなかった。
「あら、団長さん!いらっしゃいませ!」
クラスメイトの殆どは今のエフレシアの姿を見るのは初めてだ。事情は大方、リーシャとアドニスに聞いたのだろう。今更、秘密にしておくことでもない。
「……フレアちゃん……なんだよね?」
マシュ達が恐る恐る尋ねた。以前の姿とは比べ物にならない程の変わりようだ。信じてくれなんて簡単に言えない。
「そうだよ。話は聞いてると思うけど……」
「アドニスから聞いたけど、全然信じられなくて……。でも、今此処に生きてるって事は、本当……なんだよね?」
「うん。別人みたいになっちゃったけど、これが本来の姿。まさか戻れるとは思ってなかったからね」
「……そっか。ちょっと吃驚しちゃったから……」
「それが普通の反応だよ」
「あら!貴方が新生エフレシア?」
後ろから軽やかな声が聴こえ、振り向くと可愛らしいメイド服姿のミレイがいた。本当のメイドみたいだ。奉仕されたらキュンだな。
「……新生って……」
「フレアちゃんが綺麗になってたってリーシャが言ってたから」
「……あぁ……それで……」
「とても素敵よ、フレアちゃん。以前の姿も可愛らしかったけど、今も可愛くてオシャレね」
「…ありがとう、ミレイ」
彼女の介入でマシュ達の気不味さは消えたらしく、ミレイに同調していた。
「たっぷりご奉仕するね!」
張り切るミレイのお陰で和やかになる空気の中、マカロンと紅茶を味わった。
「フレアちゃん、後夜祭来る?」
流れで同席していたマシュが聞いてきた。
後夜祭。そこまでは考えていなかった。
静かに隣の団長に視線を向ける。
「行っておいで。後夜祭も楽しいからね」
「……団長さんは……」
「私も参加はするよ。友達との時間も楽しんで」
「……解りました」
会話を聞いていたマシュは大喜びだった。
「この後もどっか回るの?」
「うん。マシュ達は?」
「うちらも回るよ。リーシャも回ってるみたいだから何処かで会えるかもね」
「…そう」
「沢山楽しんでね、フレアちゃん」
「…うん。ありがとう、マシュ」
名残惜しみつつも、エフレシアと団長は次のクラスへと向かった。
射的だった。
前方に並べられた商品の中には高価な化粧品や美顔器などが置かれており、可愛いクマのぬいぐるみやクッションなどは大きな的となっていた。男女問わず人気があり、誰もが高価な商品を狙い、撃ちまくっている。
「団長さん、得意そうですね」
「そうかい?私は剣の方が適応しているんだけどね」
自信無さげに答えながら団長は射的銃に弾を入れていく。
「エフレシア。何を取ればいい?」
「えっ……と……ぬいぐるみとか……」
「カッコいい姿を見せないとね」
剣戟での団長はとてもカッコいい。だから、銃を構える団長の姿は新鮮で真剣な横顔も美しかった。
パン、パンと何度か空振った後、3発目でぬいぐるみがポトッと落ちた。周りで見ていた客達がわぁっと拍手する。
流石、何処にいても何をしても目立ってしまうな。
「凄い!」
「一発で仕留められたら良かったんだけど、難しいね」
「かっこよかったですよ」
「ありがとう」
「……まだ、2発残っていますけど……」
「あぁ……。エフレシア、やってみるかい?」
「えっ…!あたし……ですか……」
「私ばかりでは退屈だろう?」
「……解りました。今度はあたしが取りますね!団長さん、何にしますか?」
「そうだな……。あの小さな箱とか」
他の商品に比べて割と小さな白い箱を指し、団長はにこっとした。
「中身何でしょう?」
「恐らく、アクセサリーの類じゃないかな?」
「あぁ、なるほど」
注目はエフレシアに注がれていた。他の音がしない。まぁ、そんな事は慣れている。射的銃も手にフィットした。
久しぶりの感覚だった。
パン、と放たれた一発は見事、小さな箱に当たり落下したが、跳ね返った弾が一つ隣にあった高価な化粧品に当たり、それも倒れた。
「素晴らしいね」
団長が褒め讃える中、エフレシアは残りの一発を撃った。
狙ったのは洋菓子セット。また的中し、今度の弾は跳ね返らなかった。
「あれ……」
彼女的には同じ事をやりたかったのだがそう上手くはいかない。
それでも見ていた人達から喝采が溢れた。
エフレシアは3つの景品を貰って団長に見せた。
「私よりカッコいいとは、嫉妬しちゃうな」
「えっ……格好良かったですか?」
「あぁ。撃つ姿勢はとても美しかったよ」
「…ありがとうございます」
係の子から大きめの紙袋を貰い、景品はそこに入れた。
団長が持ってくれた。
次に向かったのは巨大迷路だった。
校庭の中程に随分と立派な迷路が出来上がっていた。
行列が出来ており、人気なのがよく解る。
二人も挑戦し、予想外に苦戦してしまった。
「少し、休憩しようか?」
漸くゴールすると息も切れていた。かなり歩き回ったので体力も消耗し、喉も渇きを訴えていた。
団長が飲み物を購入し、二人は学祭の為にそこら中に用意されているベンチの一つに腰掛け、休息を取った。
「迷ってしまったね」
「そうですね……同じ所を何度も歩くのは流石に厳しいですね」
「……エフレシア。顔色が宜しくない……。体調悪い?」
「あっ……すみません。実は少し酔ってしまって……」
よく気付くなぁと感心しながらエフレシアは素直に言った。
「吐きそうかい?」
「いえ……そこまでじゃないです……」
「もし辛かったら言って。学祭だからとか気にしなくていい」
「……なら、お言葉に甘えてしまうんですけど……」
「ん?」
「……少し、横になりたいです……」
「そうか。保健室まで歩けそう?」
「……団長の膝元に、頭を置いても良いですか?」
それはつまり、膝枕を意味する。
半分、体調不良のせいもあって頭が正常に働いていなかったのでエフレシアは団長が紅くなっているのが分からなかった。
「……い、良い。好きにしたら良いぞ」
「……ありがとうございます……」
ゆっくりと身体を倒し、団長の膝元に頭を置かせて貰った。
楽な姿勢になった途端、エフレシアは眠ってしまった。
「……エフレシア……」
彼女の髪を撫でる団長。周りは学祭の活気もあってか、誰も気にしてはいない。そういうムードになってもおかしくない空気感だ。
一方その頃、クロエとカタリナも学祭を楽しんでいた。
クロエは天使族だとバレているので天使の姿のままでいたが、今日は学園祭最終日、コスプレなどの張り切った格好をしている人達も多かったので大して目立つ事は無かった。
「さっきのお紅茶、美味しかったですね」
「あぁ。うちのクラスのな」
「クロエも受け入れられてましたね」
「まぁ、素の方が楽で良いけど」
「素敵です」
「ありがと。次は何処行く?」
「そうですね。お化け屋敷はどうでしょう?」
「そんなのあるんだ?」
「とてもハイクオリティだと聞きました」
「なら、決まりだな」
二人が向かうお化け屋敷も行列が出来ていた。結構評判が良く、出てくる人達が皆疲れた顔だったらしい。
「カタリナはお化けとか怖い人?」
行列の最後尾に並びながら順番を待つ。誰もクロエの姿に注目していないのでもう周りの目は気にならない。
「お化けというよりかは、暗い所が少々弱いですね……。不意にぶつかったら怖いじゃないですか」
「あぁ、それは怖いかも」
「天使でも、お化けは怖いですか?」
「んー……一番怖いのは人間かな」
「……すみません」
「何の謝罪?」
「…私も人間なので……一応……」
「……おれに危害とか加えないでしょ?カタリナは」
「しません、そんなこと……」
「なら謝らないで」
そう微笑まれ、カタリナは小さく頷いた。
「話してると早いもんだな」
列はスムーズに進み行き、二人の順番はあと少しだった。
二人の後も物凄い列を成していて大盛況だ。
「……あの、クロエ……」
「ん?」
「怖い……?」
入口付近で順番を待っている間、クロエはカタリナの腕に抱きつくような姿勢だった。可愛らしかったのでカタリナは受け入れている。
「いや……暗いし……離れたら危ないだろ」
「そうですね…」
「ではお次の方、どーぞー!」
案内役の子が扉を開けながら2人を招き入れた。
中は薄暗く、墓場とか廃材とかいかにもお化け屋敷風な感じになっている。真っ暗ではないので先は見えるが足元にも演出が施されていたので2人はゆっくりと進んだ。
進む度にお化け役の子が飛び出して来て、カタリナがビクッと反応するより前にクロエが「ひぃっ…!」とか「ぅわっ……!」とかいちいち驚いていたので何だかその様子が可笑しくてカタリナは笑わざるを得なかった。クロエには悪いけれども。
途中から数人のゾンビが襲ってきてもクロエが「わーっ!」と叫ぶので逆にゾンビ役の子達が意外そうな表情を浮かべていた。
「……つ、疲れた……」
出た時には息も絶え絶えで大丈夫かとカタリナが問うとクロエは無理そうな表情をしたので近くの休憩所で休む事にした。
学祭の為だけに設置されたテント。いくつか長椅子が置かれていて飲み物も無料で用意されていた。
クロエは座りながら水分補給すると、少しだけ顔色が良くなっていた。
「……お加減はどうですか?」
「……ちょっと落ち着いた……。悪かったな……格好悪い所見せて」
「いえ。お陰で私は怖くなかったですよ」
「…そっか……」
「意外な一面が見れて嬉しかったです」
「……おれも、あんなにビビるとは思わなかった……」
「人気の理由が分かりましたね」
「そうだな」
落ち着いた様子で微笑むクロエにカタリナは安心した。
「クロエ……」
「ん?」
「今日……後夜祭、参加されますか?」
「…なにそれ」
「学祭の後にやる打ち上げみたいなものなんですけど。キャンプファイヤーとか綺麗ですよ」
「へぇ……。おれも参加していいの?」
「当然です。私の練習にも付き合って下さって、クラスメイト達もクロエに来て欲しいと言っていました」
「なら、参加するよ」
「……それで、最後になってしまいますか……?」
「最後?」
「学祭が終わったら、もう学園には来ないと……」
「あぁ。もう生徒じゃなくなるけど、会えなくなったりはしないよ」
「……本当ですか?」
「これでお別れなんておれも嫌だし。デートについてはエフレシアにも相談して取り計らって貰える様にするよ」
「…ありがとうございます」
「カタリナとはずっと一緒に居たいからさ」
「私もです!」
「良かった…」
「あら、クロエじゃない」
互いの想いが一致したのと同時に、聴き慣れた声が降ってきた。
人目を惹く派手な紅いドレスを纏った天使が一人と今日は私服姿の美少年。二人とも手にはオシャレな入れ物を持っている。
「フィン……と、ククル……か?私服だと解らねぇな」
「デート中?お邪魔しちゃったかしら」
「いえ……」
一際綺麗な二人を前にカタリナは若干緊張していた。
「珍しい組合せだな。ヴィトは?」
「女の子達と回るって楽しんでいたわ」
「そっか」
「姫ちゃん達には会った?」
「あー……会ってないな……」
「今日は1日団長さんと一緒みたいだから嬉しそうにしてたわ」
「……会ったのか?」
「さっきね。人が多いからそんなに話せなかったけど」
「そっか」
「楽しいわね、学園祭」
「そうだな」
天使狩りに遭ってから、暫くこういったイベントには無縁だったクロエは本当に楽しそうだった。
その横顔を見てカタリナは嬉しさよりも胸が痛んだ。
「私達はもう少し見て回るわ」
「あぁ」
フィンは2人に手を振って行ってしまった。
「綺麗な方ですね」
「あいつは派手なのが好きだから」
「クロエも……綺麗です」
「ありがと。そろそろ、おれらも行こうか」
「体調は大丈夫ですか?」
「あぁ。休んだら治った」
「良かったです」
「立てる?」
「…有難う御座います」
クロエに手を差し伸べられ、カタリナはそれに甘えた。
ほぼ全ての催し物を見て回ったのではないかと思う位、クロエと時間を共にした。
その時間がとても尊く、切ないものになる事をカタリナは知っていた。相手は天使族。ずっと一緒に居られない事を忘れてはならない。
陽は落ちて、後夜祭。
予め用意されていたキャンプファイヤーの周りには生徒達の姿があった。教師も参加予定で、フィンやヴィトの姿もあった。
火が勢い良く燃えている。綺麗な紅い焔。
「挨拶は出来たかな?」
一人、焔を見つめていた団長の側に戻ってきたエフレシアに声を掛ける。
学祭を満喫した後、エフレシアはクラスに戻り、マシュ達に最後の挨拶をしてきた。皆、別れは辛いみたいでマシュは涙が止まらなかった。ミレイもリーシャも温かく抱きしめてくれた。アドニスも、騎士団に入団する可能性はあるけれど、もしかしたら会えないかも知れないと悟って。
エフレシアは団長と婚約をし、その位置に着く。
中々、学生が気軽に会える立場ではなくなってしまう。
解っているからこその別れは、とても辛い。
「……一時でも、みんなと一緒に居られて良かった。それを伝えられたので悔いは無いです」
「そうか。キミが望めば、会える事は出来るんだけどね」
「それでも。あたしは、皆とは平等じゃなくなります。団長さんの妻としてそれ相応の位置に座する者が容易く学生と話すなんて他の者達に示しが付きません。軽挙妄動な事は致さない。それ位の覚悟は持ち併せています」
まさか彼女からその想いを聞けるとは思わなかった団長は益々彼女への好意が高まっていった。
「出逢えて良かった、エフレシア」
「えっ」
焔が高く上がり、生徒達の歓声もマックスになったのと同時だった。
柔らかな唇が重なった。




