鉛
どうして「その可能性」を考えなかったんだろう。
握りしめた拳が痛い。けれど、あの子の痛みはこんなものではない。キャロライナがあの子に突っかからない訳無いのに。
いつも辛い目に遭わせてしまう。守ってあげる事すら出来ていない。
「いつまで落ち込んでる気?」
静かに棒立ちしているロキにククルが冷たく言った。
「……フレアも一緒に城に戻れば……」
「起きた事を後悔しても仕方ないよ。キャロライナ嬢は一旦引いたみたいだし、今は楽しんでるんでしょ?だったらお前がうだうだ言ってても無意味」
「……でも……」
「そんな表情しないの!」
パン、とロキの両頬を叩き、喝を入れる。
「お前は優しすぎ。フレアの方が度胸あるんじゃない?」
「……そうだね……」
その通りだ。叩かれた頬が痛いがそのお陰で目が覚めた。
「ごめん、ククル。もう、弱音は吐かない」
「そうして。あんな女如きにメンタルやられてたら生きていけないよ」
「……分かってる」
揺らいでいた想いを確立させ、ロキは肩の力を抜くように深呼吸した。
「フレアには天使達も付いてるし。それに」
「あぁ。団長がいれば不安は無い」
キャロライナがこの国に居座っている以上、ロキは外出出来ない。ククルも城から離れる訳にはいかないので全ては団長に託すしかない。
エフレシアとキャロライナ嬢が揉めているとの情報を得て、漸く登場した団長。生徒達の羨望の眼差しを一点に受けながら颯爽と姿を現した。
「団長さん……」
エフレシアは天使達とお茶を嗜んでいた。
三年の教室、先輩達の店。客も多く賑わっており、お茶も美味しい。和菓子も付いてきたので口に含むと甘くて懐かしい味がした。
「やぁ、エフレシア。楽しんでいるかな?」
「はい」
「先程は大変だったとか?具合の方は?」
「特に問題ありません。あたしにも非はあるので」
「そうか。私も彼女達と同じものを頼もうかな」
近くに居た生徒に注文し、団長はエフレシアの隣に座った。
天使達は何も言わず、団長の出方を様子見している。
「団長さんは、お仕事……」
「本当は最終日にキミと回ろうと思っていたんだけどね。予定変更だ」
「良いんですか?」
「問題無い」
「そうですか」
「この後はどうするんだい?」
「……劇を観に行こうかと」
「体育館かな?」
「はい。何やら大盛況らしいです」
「それは楽しみだね!」
運ばれてきたお茶と和菓子を摘みながら団長はにこやかに言う。
「ティタとフィンにも感謝だね。ありがとう、エフレシアの側に居てくれて」
突然お礼を言われ、油断していた2人はビクッと肩を揺らした。
「な、なによ急に……」
「いや。本当に感謝しているんだ」
「直接言われると照れるものだな」
「守るばかりが護衛ではないからね」
「そうかしら」
首を傾げるフィンに団長は静かに微笑んだ。
「劇の時間は大丈夫かい?」
「はい。そろそろ向かった方が良いですね」
「では移動しようか」
団長は生徒達に「美味しかった」と感想を述べ、エフレシア達を連れて外に出た。
結構な賑わいの中、団長の姿は光り輝く様に目立つ。誰しもが振り返りその姿を目に焼き付ける。
シュヴァルツ王国の騎士団長といえば強くて格好良くて有名だ。姿を見たことが無い人間でも名は知っている程、その活躍は目覚ましい。そんな人間がこんな賑わっている祭りの中、颯爽と歩いているのだから視線を向けずにいられないだろう。
「やっぱり目立つわねぇ」
「半分はお前の格好だろう」
団長に見惚れるフィンにティタが冷ややかに言う。
いやいや、団長と同じ位天使達も目立っているぞ。とエフレシアは心の中で突っ込む。その中に並んで歩いているエフレシアは存在が薄れていくような感覚になっていた。
「そうだ。エフレシア」
思い出した様に団長はエフレシアに手を差し出した。
「えっ……」
「人が多いからね。離れない様に」
エフレシアがその手を取るとぎゅっと優しく握ってくれた。
それだけで嬉しい。声にならない位すごく嬉しい。
「体育館は此処かな」
「わぁ……すごい人だ……」
中から音楽が流れてくる。入口の外にまで人が溢れており、その合間を縫って中に入るのがやっとだった。
ステージでは何処かのクラスがバンドらしき事を行っている。それが何の歌なのかは分からないが観客は多いに盛り上がっている。
「あ!あそこの席空いてるわよ」
「ラッキーだな」
ジャン、と締めの音が鳴り、鑑賞していた人達がぞろぞろと移動し始め、丁度真ん中の席に座る事が出来た。ステージも見やすく腰を下ろした事で疲れも癒された。
「どんな劇なんだ?」
「タイトルが【レギト】だって」
パンフレットを見ながらエフレシアが伝える。
「確か何処かの言葉で"デート”って意味だったと思うわ。以前に人間達が使ってたから」
「デートの話……?」
「楽しみだね」
ブーと開始の合図が鳴り、照明が落とされた。
舞台の内容は、貧困層で暮らす少年と少女がある時、国王に拾われて王家の娘と息子となり、華やかな暮らしをする所から始まる。平和な世に突如訪れた国家転覆の危機。敵陣に襲われ、少年と少女は奴隷市場へと送られ過酷な日々を強いられてしまう。それでもめげずに働き、機を見て脱獄を図る。行き着いた先で出会った王子に見初められて二人はまた王家の人間になる。けれどそこでも様々な問題が起こり、窮地に追いやられた少女はその能力を覚醒させる。そして国は一夜で滅びの一途を辿り、少女は一人生き残る。
物語が進むに連れ、エフレシアは息が苦しくなっていくのを感じた。役者の演技に当てられたのか、腹から気持ち悪さが込み上げてくる。
「外に出ようか」
気付いた団長がそっと声をかけ、邪魔にならぬように彼女を連れて体育館から出た。その瞬間、エフレシアは嗚咽してしまい、先程食べたものが全て出てしまった。
気持ち悪い。言いようの無い塊が口から出てくる。内に留めて置いても煩わしいだけの不要物。
「全部出した方がスッキリする」
エフレシアの背中を擦りながら団長は優しく声を掛ける。その優しさに甘えている自分がもどかしい。
「どうされました?」
役員の腕章を付けている男子生徒が声を掛けた。何かの委員会なのだろう。見過ごす訳にもいかない。
「体調を悪くしてしまってね」
「それは大変です。医務室へ案内しましょう」
「すまないね……」
「団長!」
エフレシアを支えながら医務室へ向かおうとしていた団長に警邏の一人が駆けてきた。
「どうした?」
「校庭の方で揉め事が……」
「私が行かなくてはいけない事案かな?」
「能力行使で止められる者がおりません」
「それは困った……。私も彼女を一人にする訳には……」
「大丈夫ですよ、団長さん。医務室はすぐそこなので」
「……そうか。すぐに戻って来る」
蒼白のエフレシアに団長はそう告げて警邏の案内に従った。
「歩けますか?」
「……フラフラする……」
「それは好都合」
少年は口元に笑みを含めながら倒れそうになるエフレシアを腕に抱いた。
人混みに紛れながら軽い足取りで学園内を抜けていく。
これだけの人がいれば怪しまれることも無い。
エフレシアはとうに眠りの中へ誘われ、少年は楽々と約束を果たす事が出来た。
薄暗い森の中、微かに聞こえる魔物達の息遣い。
影に気配を乗せて状況を見ている。
「お疲れ様」
木の上から声が降ってきた。
見上げた先には余裕綽々のルフラが嬉しそうに微笑んでいた。
「ご苦労様って言わない所が良いね」
「その言葉きらいなんだ。偉そうで」
「分かる」
ルフラは身軽に飛び降り、少年からエフレシアを預かった。
「こんなにあっさりいくとは、なかなか好調スタートだね」
「その子、どうするの?」
「ちょっとサシでお話したくてね」
「俺は邪魔?」
「魔物達が興奮しないように見ててほしいな」
「分かった」
「あ、その腕章もう要らないでしょ」
「……あぁ。落ちてたから拾ったんだ」
少年は腕章を捨て、魔物達の側へ向かった。
数分経ってからエフレシアは目を覚まし、歪な空気にまた具合が悪くなりそうになった。
「おはよう、お姫様」
「……あ、ルフラ」
一瞬誰だか分からなかったがその綺麗な顔にすぐ思い出した。
魔物の空気は鼻を突き刺す感じが慣れないが、先程の体調に比べたらなんてこと無い。
「……何故、こんな所に……」
「キミと話がしたかったんだ」
「……モノ好きですね」
「そうかな。キミの事は気に入ってるんだよ」
にこやかな笑みがどうにも胡散臭いが悪意は読み取れないのでエフレシアは先の言葉を待った。
「あの劇、どうだった?見たんでしょ?」
「……どうしてルフラが知ってるの?」
「魔術師は何でも知ってるんだ」
「……へぇ」
「その顔色だと色々思い出しちゃったか」
「……だったら?」
「大分脚色はされてるけど、あの話はキミの過去だろう。知られたらまずいんじゃないかなと思って」
「別に。あたしだって悟られる事は無い」
「あら。動揺しないのか」
「今更。それに全てが事実な訳じゃないよ」
「それでも。あの時はまだ未熟で国が滅んだだけで済んだんだろうけど。今その時が来たら、今度はこの世界が滅びるかもよ」
「そんな事はしない。滅ぶ結末になったのは災いに変わったからで今度は必ず祝祭を起こしてみせるわ」
「どうかな」
「……なに?」
「祝祭を起こせたとして、犠牲を伴わない訳じゃないだろう?」
「……どこまで知ってるの?」
「言っただろう?何でも知ってるって」
全てを見透かす様な眼光に囚われ、エフレシアは押し黙る。
「その結果が今のキミだ。その地味な姿は笑い者だよ」
「気に入ってるけどね」
「あのお嬢には見事に見下されてるじゃん」
「良いんだよ。キャロライナ嬢とは交わりたくない」
「ロキがいる以上、キミは獲物に過ぎない。上手く溶け込んでいるみたいだけど、鉛は摂り過ぎると毒になる」
「……あたしはどんな事されたっていい」
「周りの人達は?特に団長とか」
「団長さんにまであの女の手が回る様ならあたしが殺すわ」
「また、国が滅ぶかも知れない」
「もうさせない。能力でも何でも使って守り抜く」
「出来るのかなぁ?エフレシア、弱いもんね?」
彼に言われると物凄くイラッとした。
なんだろうこの苛つく感じ。
笑みを絶やさないから?警戒心すら持てない存在なのに。
色々知っているからだろうか。
嫌だなぁ、この目に見えない感情に振り回されるの。
……あ。相手にしなければいいのか。
「え、ちょっと……何処行くの?」
踵を返す彼女にルフラは不思議に声を掛けた。
「まだ学祭の途中だから」
「オレとのお話はー?」
「また今度……」
瞬きする間もなく眼前にルフラが立ち塞がり、エフレシアは動揺を見せてしまった。
「行かせないよ」
「……団長さんに心配かけてしまうわ」
「良いじゃない。囚われの姫になったら?」
「嫌だ」
「随分強気だなぁ。武器すら持ってないクセに」
「話なら今度でも出来るでしょ?」
「……穏便に済ませたかったのに、仕方ないよね」
ルフラに手を向けられた瞬間、頭がグラッとした。
身体が重い。自由が利かない。視界が揺らいでいく。 立っているのも辛い。ガクン、と膝の力が抜けて地面に座り込んでしまう。どうしたって動けない。自分の意思がもぎ取られた様に何も出来ない。
「あの劇は他の人間には毒だから、演者達には控えて頂かないとね」
耳元で囁かれた直後、目の前が暗転した。




