正体 ①
目が覚めた時、瞳に映ったのは心配そうな表情で俯いている団長の姿だった。
学園の医務室。彼女が休んでいる間に問題事は済んだらしい。
「……あぁ、起きたかい?具合はどうかな」
ゆっくり身体を起こすと団長はそっと背を支えるようにして額をくっつけてきた。壮観なお顔が眼前間近にあり、その美しさに胸が高鳴る。
「熱は無いか……。お腹は空いているかな?」
「……いえ……」
「学祭も1日目が終わる。明日はクラスの当番なのだろう?」
あぁ、そうか。明日はクラスでやらなきゃいけないのか。
……まぁ、どうにかなるだろう。
「大丈夫です。折角の学祭なので」
「そうか。今日は此処でゆっくり休んで」
「はい……。ありがとうございます」
それとなくやり過ごし、帰っていく団長を見送る。
どうせ外には警護がついているし、戻らずともイフルが何とかしてくれるから心配は無い。エフレシアも、あの檻から出る事は不可能だ。どんなに足掻いたって怪我して体力を奪われるだけ。
よって、此処では好きに出来る。
「ただなぁ……この地味な格好はちょっと……」
小さくぼやく。外には聞こえない。
夜は昼間の賑やかさが嘘の様に静かで落ち着いていた。
生徒達も明日に向けて準備やらがあるだろう。万一、誰か来てもやり過ごせる。
ルフラは高笑いするのを堪えながら口元に笑みを灯す。
魔術師は何でも有りだ。誰かに姿を変える事も、生き返る事も可能。その人柄を知っていれば誰にだって成り切れる。
エフレシアには悪いが、二日目は魔物との生活を楽しんで貰いたい。
夜になると暗さが増し、月の明かりで何とか周りの状況を様子見る事が出来る。
気が付いた時には光の檻に収監されていた。淡く光っている格子に手を掛けた瞬間、微量な電気が身体中に流れてきた。静電気よりも強く嫌な感じにさせる。
此処から出なくてはルフラが何を仕出かすか解らない。
早く行って団長に伝えなければならないのに。
更に強く格子を握るとバリバリッと激しい電流がエフレシアを襲った。身体が痺れる。嫌な攻撃だ。動こうとしても痛くて立つことすら出来ない。絶対に抜け出せないとルフラは思っているだろう。
余裕綽々なあの顔に一発ぶち込んでもいいかな。
「やめときなよ。そこから出ようなんて自殺行為だ」
現れたのは綺麗な青年。金色の髪にマルーンの瞳をしている。魔族とは思えない姿だ。
「……だれ?」
「…………あ。イフルだ」
何の間なんだと違和感が掠ったがエフレシアは気にしない事にした。
「此処から出して下さい」
「ムリ。俺もビリビリ食らうもん」
「ルフラは?」
「学園に行ったよ。明日はキミの姿で満喫するってワクワクしてたね」
「何するか解らない……」
「まぁ、騒ぎ立てる事は間違いないかな。劇を潰すとかぼやいてたし」
「……無関係な人間を襲うってこと?」
「さぁ?俺も詳しく知らないんだ」
「此処から出して」
「……だから。俺も触れないんだって」
「魔族なんだから何とか出来るでしょう?」
「……そういうのキライ。魔族だからとか人間だからとか、種族で区別するのやめてよ」
殺意すら感じる視線を向けられ、エフレシアは恐怖を感じた。
「……ごめんなさい」
「あんたは?能力とかないの?」
「……あたしが使えるのは剣だけだ……。この檻から出れる能力なんて持ってないわ」
「さっき、大層な能力持ってるって話してたよね?」
「……あんな能力、使いたくない……」
「使ったらそこから出れるの?」
「そうだね。でも同時に国が滅んで皆バイバイよ」
「イカれた能力だ」
「それに。また更に姿が変わるのは避けたいかな……」
「ん?化けてるの?」
「……似たようなもん。元はこうじゃなかったみたいだから」
「ちょっと興味あるなぁ」
「貴方が聞いても面白くな……」
言いかけてやめた。先程の区別をするな、との言葉を思い出し、言っていい言葉ではないと悟った。
「ごめん」
「……何の謝り?」
「気にしてないならいいわ」
「ねぇ。なんて能力?」
「……誰にも言わないで」
「うん。言わない。言う相手も居ない」
真っ直ぐな瞳に嘘がない事が分かる。
「……《ラスティマーレの祝祭》……」
「………あ!それ、この間ルフラが持ってた本だ!」
「本?」
「何だっけ……?日記……だったかな……?ま……まーれの日記?」
魔族の口からその名が出てくるとは予想外だ。
エフレシアは勢いよく格子を掴んで彼に近付こうとした。
けれども電流が更に強さを増して身体を蝕む。
この痺れが余計イライラする。身体中を小さな虫が這いずり回っているかのような感覚。
「莫迦だねぇ」
「……その、日記……どこやった……?」
痺れに耐えながら問う。
「ルフラが燃やしてっていうから燃やしたよ。残ってたら駄目なやつなんだって」
「……そっか」
それなら問題はない。あんな出鱈目を綴られた紛い物の日記なんてこの世に無くていい。そこに関しては感謝だ。
「欲しかった?」
「いや……。寧ろ消えてくれてラッキーね」
「そう。キミの過去?」
「……誰かに模倣でもされたら堪ったもんじゃない」
「そんなに後引く能力なの?」
「……失うものの方が多いから」
「……人間は守りたい欲が大きいね。そんなにいっぱい抱え込んだら手の届かない高価なモノになっちゃうよ」
「面白い考えね。まぁ、その通りだと思うよ。誰かを守りたいってのは本心だろうし。守る事は正義で誰かが傷付けられたら皆で報復する。それを仲間と呼ぶなら、あたしはこの手で救えるだけの味方しか作らない。その方が意志も固いと思うんだ」
「そうなの?」
「イフルには、そういう仲間、いるかな?」
「さぁ?魔族にはそういう意識無いし、団体行動もしない」
「そうなんだ」
段々と痺れも引いてきた頃、エフレシアはある可能性に思い至った。電流を浴びる度、イライラする度、身体が軽くなっていく感じがする。このまま尽きるまで浴びたらこの檻も壊れるのではないか。
「な、なにしてんの?」
また格子を掴もうとするエフレシアにイフルが恐る恐る聞いた。
「ちょっと我慢すれば勢いで壊れないかなって」
「ルフラの魔術はそんな容易くないよ」
「……うん。でも、どの道他に方法無いし」
「ちょっ……!」
イフルが止める前にエフレシアはぐっと格子を握った。
案の定、電流は身体中を駆け巡る。痺れも慣れない。でも手は放さない。このまま放電し過ぎれば或いは。
心配そうに見つめるイフルの瞳には段々と姿を変えていく彼女の様子が映っていた。
髪は青みを帯びた長い銀髪になり、地味な顔は目鼻が整い、端整な顔立ちへ。小柄な背も幾分伸びて、目立たなかった胸も膨らみを持ち、スレンダー美女へと変貌を遂げた。
何が起きているのか理解出来ないイフルは眼前の少女が誰なのか分からなかった。
彼女がその正体を現した時には電流はもう放電しきっていて、小さくバチバチと光が飛んでいた。
「イフル。剣とか持ってる?」
「……え?あっ……なに……」
見惚れてしまったイフルは反応に遅れた。
「この檻ぶっ壊したいから、何か武器みたいなもの欲しいかな」
話し方は先程までと変わらない。外見が変わっても中身までは変わらないのか。
「あ、武器ね……。以前、くだらない冒険者達が置いてったものならあるよ」
近くに潜んでいた魔物に指示するとさっと何かを取りに行った。
「驚いた……。それが本来の姿?」
「えっ……?何か変わった?」
エフレシアは自身の姿に気付いていない。どう説明しようかと考えていると魔物がゴトッと何かを持ってきた。
「お、いい所に。これでイケる?」
「ありがとう」
受け取ったのは少し古びた文様が刻まれているサーベル。持ちやすくて重さも無いのでエフレシアには使い勝手が良かった。
月の光でサーベルがきらきらしているみたいに見える。そこに映った自身の姿にエフレシアは暫く惚けていた。
「……大丈夫?」
「ん……?あぁ……!ごめん、この姿慣れなくて」
申し訳なさそうに微笑む姿も美しく見える。本人にとっては望まぬ展開だったのだろうが、特に自慢することも無くサーベルを振り回している。
「さっきの電流のせい?」
「そうだろうねぇ……。身体の細胞が書き換えられたのかなぁ?電流で痛みどころじゃなかったし」
「それは一時的なもの?」
「どうだろう……。また変わるかもしれないね」
自分の事なのにエフレシアはふわふわした答えを述べる。
「イフル。少し離れてた方が良いかも」
「壊せるの?」
「うん。電流さえ無くなればただの檻よ」
持ち手にぐっと力を入れ、思い切りサーベルを振り翳した。
見事、バキバキっと格子は崩れ解放された。
「あーでもごめんねぇ?キミを行かせる訳にはいかないんだぁ」
気付くと周りには魔物達がエフレシアを囲っていた。
少しは親しくなった誼で見逃してくれるのではと期待もあったのに。
「仕方ないなぁ」
「魔物を殺したら俺がキミを殺すよ」
「そんな可哀想な事しないよ」
エフレシアは魔物達にサーベルを向けた。
「あたしは何もしない。何処からでも襲っておいで。噛み殺すならどうぞご自由に。でもその瞬間、このサーベルがお前らの喉を突き破る。魔物でも長生きしたいだろ?」
声質が冷たく研ぎ澄まされている。
魔物は手さえ出さなければ襲ったりしない。魔族の指示で己の欲望のままに動く。
たった一人の少女に魔物達は動かない。本能が告げているのか、隙が無い少女に恐れているのか、ジリジリとした距離感が焦れったい。
その内、一匹の魔物が目を逸らした。
「……じゃあね、イフル。あたしは行くわ」
「はいはい。ルフラによろしくね〜」
イフルはひらひら手を振りながらエフレシアを見送った。
獣が目を逸らすのは相手に恐れを抱いた時。
あんな小娘に恐怖を覚えるなんて魔物も大した事ない。
ルフラには悪いがイフルでは足止めにすらならなかった。
「あーあ。また暇になるなぁ」
魔物達を宥めながらイフルは呟く。
この森はただ暗いだけの詰まらない場所だ。
また学園へ行きたいが魔物達をこれ以上放置には出来ない。
暇を持て余したイフルはルフラが帰ってくるのを待つことに決めた。




