招かれざる客
何よりも晴天に恵まれたのが良かった。
朝から勢いよく五段雷が鳴り渡り、寝坊助も早起きも今日こそはと意気込んでいる。
年に一度の大イベント【ライム祭】。
シトラス学園は元より、城下の人々もいつも以上にやる気満々だ。他国からの旅行者もこの時には溢れんばかりで賑わいが更に増す。国としては栄えてなんぼのものだが、忙しいのは変わらない。国王も仕事の合間を縫って顔を出すらしいと人伝に流れている。
「さぁ!今日から3日間、売りに売り尽くして賞品ゲットだぜ!」
突き上げた拳とともに「おー!」と活気に満ちた声が響いた。
祭り大好きアキバが指揮を取り、クラスメイト達が後に続く。
ライム祭は3日間行われ、最終日には1番良かった出し物に賞品が与えられるらしい。因みに賞品はどの店でも使える商品券1年分。学生には嬉しい限りのものだ。
「どこから回ろっか」
エフレシアはマシュ達と回る予定で、パンフレットを見ながらウキウキしている。クラスの当番は2日目なので1日目は自由時間だ。激痛だった足もすっかり治り、違和感も無い。やはりストレスだったらしい。それと、団長に想いを吐露したのが効いたのだろう。まだ公表はせず、時期を見定めるという。
「クレープ食べたい!」
ラファが挙手しながら意見を発した。
「んじゃ、食べ歩きしながら回るかー」
「おー」と皆賛同し、クレープ屋をしている3年生の階から回ることにした。
どこもかしこも人で溢れている。何かのお店をやっているクラスが殆どだが中には展示や工作など工夫を凝らしたクラスもあった。
「足はもういいの?」
隣りにいたアドニスに聞かれ、エフレシアはにこやかに頷く。
マシュとラファに加え、リーシャとアドニス、護衛でロキが一緒に行動する事になり話す機会が増えて嬉しかった。
「なんだろうね。ストレスってやばいね」
「笑顔って事は、解消済みだ?」
「色々とね」
「良かった。マシュ達も心配していたから」
「うん。まさかあんなに労られるとは思わなかったけど」
「元々優しい子達だからね。面倒見も良い」
楽しそうに前を歩くマシュとラファを見ながらアドニスは誇らしげに言った。
「……でもイジメしてたって……」
「あぁ、それはそれって事で。イジメられる側にも理由があった訳だから一概にあの子達だけ責めるのは違うよ」
「そうだったんだ?」
「まぁ、ちょっと度が過ぎてた所もあったらしいけど」
「そうだね」
「今は普通に仲良くしてるみたいだし、あまり深掘りしない方がいいんじゃないかな」
「え、ごめん……」
「フレアは知らなかったんだから、仕方ないよ」
言いたくない事を言わせてしまった気がする。
アドニスはクラス内でも信用されていてリーダーの素質がある子だ。それによく人のことを観察している。
「3年の階ってちょっと緊張するんだよね」
話しながらだとあっという間に目的地に着いてしまった。結構な行列が目立っている。
「ねぇ、お化け屋敷とかもあるよ!」
「えー?作りもんに驚かなきゃいけないの?」
「でも行列凄いし、先輩達のレベル見に行かない?」
「……そうね。勉強しないとね」
どのクラスも呼び込みが必死だ。お化け屋敷はゾンビ役の子が看板片手に大声で呼び込みしている。
「フレア。何味にする?」
「バナナチョコかな」
「お、被った。じゃあ、おれはチーズにしようかな」
「半分こする?」
「いいの?」
「味変してみたいし」
「種類豊富だよね」
「それだけ気合が入ってるって事じゃない?」
何せ賞品が掛かっている。青春真っ只中の学生にはいい刺激だ。
「ん〜!美味っ!」
クレープを頬張りながらラファは幸せそうな表情を浮かべた。
どの味も上品で甘すぎず飽きない。エフレシアもアドニスと食べ比べしたがどっちも美味しいとロキに感想を伝えていた。
「飲み物欲しいねぇ」
「あたし買ってくるよ」
「あ、じゃ一緒に行こ!」
「おれも付いていく」
マシュとラファだけでは不安だったらしくリーシャも付き添って行った。3人を見送っていると入れ替わりにククルが人混みを交わしながらやって来た。
「フレア、ロキ」
いつもの冷静さが見られず、落ち着かない様子で二人を呼んだ。
「どうしたの?」
「……キャロライナ嬢が来てる」
その名前にフレアは緊張が走り、ロキは怪訝そうな表情を浮かべた。こんな楽しまなきゃ損な日になんで態々やってくるんだと二人は同じ事を考えている。
「さっき体育館の方で鑑賞してたからまだこの辺には来ないと思うけど……」
「キャロライナ嬢って?」
誰?とアドニスがにこやかに聞いてきた。
結構有名人だと思っていたがまだまだ知らない人もいるんだなとエフレシアは感心してしまう。
「……お兄ちゃんの事が大好きなお姫様だよ」
「あら、ロキ。婚約者いたんだ?」
「破棄したんだよ。それで国を滅ぼされた」
「わーお……。すごい人が来てるんだな」
「自分が気に入らないものは全部消す。一度気に入ったものは必ず手に入れる。傲慢過ぎる女だ」
吐き捨てるようにククルが教えた。
「見つかったらヤバい?」
「ヤバいね。お兄ちゃんは攫われちゃうかも」
「シャレにならないよ、フレア」
「本当に連れ去るかも知れないから、ロキは今の内に城に戻った方が良いって、陛下からの御達し」
「……そうか。フレアにも嫌な思いはもうして欲しくないし、身を隠すよ」
「オレもロキの護衛に付けって言われた。フレアの護衛は団長がしてくれるって言ってたからもうすぐ来ると思うんだけど」
「分かった」
「団長が来るまで待ってて貰って良い?」
「うん」
「それで。クロエと、ヴィトは?護衛すっぽかして何やってんの」
「ヴィトはクラスの当番中。だから今うちのクラスは長蛇の列らしいよ。クロエはデート」
エフレシアが説明する前にアドニスがスラスラと伝えた。
「デートって……」
「あたしが行ってきてって言ったの。クロエは護衛を放り出せないって渋ったけど、今日は学園祭だもん。楽しんで貰いたいよ」
「……そ。フレアが促したなら仕方ないね。アドニス、フレアの事任せていい?」
「勿論だよ、ククル」
「ありがとう」
「フレア」
ロキは離れる前に彼女を呼んだ。
「学園祭、目一杯楽しんで。一度しか経験出来ないんだから、思い出を沢山作っておいで」
「……お兄ちゃん……も……」
一緒に、と言いたかったが飲み込んだ。今は緊急事態。キャロライナに絡まれたら面倒極まりない。
「うん。いっぱい楽しんでくる!」
エフレシアが笑顔を見せるとロキも安堵した微笑を浮かべ、ククルと共に城へと戻っていった。
「兄想いだね」
「……そうかな」
「たった一人の女に大変な騒ぎだ」
「キャロライナ嬢は怖い人だから。あたしの事も気に入らないみたいで……」
嫌な記憶が過る。
彼女にどんな仕打ちをされたかなんてアドニスに言える訳無い。
「あぁ、あれだ!トラウマってやつ?」
「あ、そんな感じ」
「生きてれば嫌な人間くらい出てくるよな。関わるなって突き放せるのは学生まで。社会に出たらそれは通じない。やだねー人間関係」
「それが社会なんだもん。大人は凄いね。そんな中で仕事をして」
「ずっと学生のままが良いなぁ」
「……アドニスは名家の長男って聞いたけど」
「まぁ、卒業したら騎士団に入る予定なんだけどね」
「試験やったの?」
「この間ひっそりとやってきた」
「結果は?」
「学祭の後だね」
騎士団に入るには難関の試験を突破しなければならない。学科は省かれ、剣術の腕と体術、危機管理能力や反射神経など様々な項目で審査される。
これはつい最近設けられたもので以前まではそれなりの能力がある者なら希望者全員を配属していた。けれど、団員のモチベーションや力の差などが目に余る様になってきたので、団長が陛下に提案して設定された試験となった。
因みに審査員には団長と副団長も含まれている。最終的な判断を下すのは陛下だが、何より騎士団を指揮する団長の意見が尊重される。
「結構受ける人いるの?」
「居るねー。けど、試験をクリア出来るのは選ばれし者のみ。レベルにそぐわない人間に国民を守れるかって話よ」
「確かに」
「それで言うとククルは凄いね。副団長だろう?」
「うん。天才肌ってやつなんだって」
「そんな感じだね。飲み込みが早いと覚えるのも苦じゃない」
「アドニスだって強いよ」
「ありがとう、フレア」
「うん」
「騎士団に入ったら、またフレアに会えるね」
「そうだね。アドニス、騎士の格好似合うと思うよ」
「おれもそう思う」
想像しただけで心強いなと感じる程、彼がいると空気が心地良い。こんなに会話をしたのも初めてなのでなんだか顔がにやけてしまう。
「……団長さん、忙しいのかな」
「そうだな……。この人混みだし、警邏も大変なのかも」
「……そうだよね……」
「折角の学祭なのに、寂しいなぁって思ってる?」
「……なぜ」
「分かるよ。表情に出てる。おれも、フレアには楽しんで貰いたいんだ」
「ありがと、アドニス……」
「キャロライナ嬢も明日には帰国するんじゃないか?3日間も居座らないだろう?」
「……どうかなぁ……。お兄ちゃんに会えるまでは居るつもりかも知れないよ」
「大したお嬢だな」
感心するアドニスはキャロライナの本性を知らないから呑気な事を言えるのだ。散々な目に遭ってきたエフレシアに言わせれば今すぐにでも帰ってもらいたい。その思いは切実だ。
「そういえば、リーシャ達も遅いな」
「あ、そうだね……」
「絡まれてないといいけど」
それは有り得る事態かも知れない。マシュ達は可愛いし、他国からの来場者から声を掛けられたら馴染んでしまう恐れもある。人混みに流されて戻ってこれないという可能性の方を信じたいが、現実はそう甘くはない。
「フレア、退屈じゃないか?」
「大丈夫だよ。人間観察するのも楽しいし」
「そうか」
「アドニスこそ、ごめんね。あたしの所為で動けないよね」
「気にする事じゃないよ。元々、お店回りとか避けたかったからな」
「……そうなんだ」
「ライム祭の時だけははしゃぐって意気込んできたからテンション的には今がちょうど良いよ」
「それなら良かった」
「何も、フレアの所為じゃないからね。気にしないのが一番だ」
話し方や仕草から団長と重なる事がある。
団長に憧れている者は大いに存在するし、真似から入る人間もいるだろう。二人だけでいるから特段、そう感じてしまうのかもしれない。
アドニスに見とれていると、ザワッと空気が変わり周辺の人々が何やら憧憬を抱くような視線を向けている。
「ほら!やっぱり、和装は目立つって言ったじゃない」
「この方が動き慣れているからな。お前こそ、その派手な格好に注目されてるぞ」
「私が美しいからに決まってるじゃないのよ」
「たかが祭りに紅いドレスとは、似つかんな」
「煩いわよ」
人々の視線を集めている人物達にエフレシアは手を振り、居場所を伝える。二人とも気付いたらしく笑顔で近付いてきた。
「お待たせ、姫ちゃん」
「すまんな。団長の代わりで我々が来た」
久しぶりに会う天使達は和やかにそう言った。




