月夜の密会
「なにそれ」
薄暗い森の中、魔物達も寝静まった頃合いに一人の客が現れた。
臨時でこの森の管理を担っている青年はそいつの持っている本に興味が湧いた。
「門外不出の本」
「……あー……機密ってやつだ?」
「そ。これは今の人間達が目にしちゃいけない代物だ」
「……なんて書いてあるの?」
呪文のような文字を眺めながら青年は聞く。
「マーレの日記」
「日記ってなに?」
「日々の思い出を書き綴ったものだよ」
「そんなのが本なの?」
「そうだよ。残してはいけないものを記してしまった、哀れな本だ」
「ふーん……。で?なにか用?」
青年の眼前にいるのは、眉目秀麗な青年で女性と見紛う程の美しさを纏っている。藍色のドレスは闇に紛れ、紅い瞳だけが妖艶な輝きを放つ。際立つ金色の長い髪は夜風に靡いてまるで精霊のようだ。
「少し、協力をしてほしいんだ」
「俺に?」
「魔物はキミの指示に従うんだろう?」
「そうだね」
「騒ぎに乗じて欲しいんだよね」
「魔物を使うの?」
「あの子を一人に出来るなら。人間は食べちゃ駄目だよ」
「……んー……だったら、俺だけでいい?魔物は区別出来ないから」
「あー……そっか。キミは知性あるもんね?」
「ヒトナミ程度には。無差別に人は襲わないよ」
「なら、それでお願い。あ、名前なんだっけ?」
「うーんとねぇ……そういうの拘らないからなぁ……。なんだっけな」
「無いと不便じゃない?」
「えーそうかなぁ……?あ、イフルだ。なんかそんな感じだった」
「オレはルフラ、魔術師だ。よろしくね」
「うん」
「イフルは魔族には見えない容姿だね」
「そう。だから騙しやすい。この髪と瞳は魔族には珍しいから。寧ろ、ルフラの方が魔族っぽい」
「うん、よく言われる。悪魔とかね」
「そのドレスのせいじゃない?」
「お気に入りなんだ」
「まぁ、興味無いけど。その手を貸す日ってのはいつ?」
「明日」
「何かあるの?」
「ライム祭っていうイベントがあるんだ。国中でも賑わうからイフルがいても誰にも気にされないよ。そこで、イフルにはこの子を連れ出して欲しくて」
「誰?」
ルフラは一枚の写真を見せた。そこには監禁されていた時のエフレシアが写っていた。
「いつも周りに誰かしら居るから二人きりになれないんだよ。だから人の入り乱れに混じってこの森に連れてきて欲しい」
「……普通の子だね」
「そうだね」
「解った。連れ出す位なら出来るよ」
「ありがと」
「折角来たんだし、もう少し話し相手してよ」
「眠くならないの?」
「そういう感覚無いなぁ……。魔物は体力温存の為に寝てるけど」
「イフルは魔族ともう一つ混じってるね」
「うん。半分は人間の血」
「やっぱりそうなんだ」
「莫迦な人間が魔族に恋して俺が生まれた」
「……どうやって出逢ったの?」
「迷い人でこの森に足を踏み入れたんだって」
イフルは淡々と語る。
夜の月明かりはとても綺麗で静寂さが心地良い。
「魔族の父親は当時ここの管理してたらしくて、魔物に襲われないようにちゃんと母親の面倒見てたみたい」
「そのパターンかぁ」
「まぁ、そうなると恋に落ちるのは必然だよね。種族間の問題なんてその時にはクソ喰らえって感じだったんじゃないかな」
「好きなら構わないってことね」
「でも、幸せなんてそんな長くは保たなかった。俺が生まれてすぐ母親は人間達に狩られたんだ」
「……狩られた?」
「元々、母親は天使族と人間とのハーフだったらしくて、それがバレて連れて行かれたみたい。父親は人間を傷つけたくない優しい魔族だったからあっさり殺された。残された俺は魔物に育てられたって訳だよー」
「……目の前で殺されたんじゃないの?哀しくならなかった?」
「そんな感情まだ分からなかったし、これも聞いた話だからなぁ」
「……そっか」
「ルフラは?生粋の魔術師ってわけじゃないね?」
「なんでわかるかな……」
「匂い。人間は、あー人間の匂いだぁって感じ。魔族は異物だし、天使族はいい匂いがする」
「……オレは突然変異的なやつだよ。話すと長いから割愛するけど」
「強いでしょ?」
「国を一つ潰す位には」
ルフラは満面の笑みで答えた。
「俺が協力する意味ある?」
「大いにあるね。オレは顔知られちゃってるから付き添いの子に警戒されそうだし」
「阻止してきたら殺していいの?」
「駄目だよ。ちょっと足手纏いにする位なら多少見過ごすけど」
「解った。あんたの意に反する事はしない」
「有難う」
「……その本、俺が内容知ったら駄目なやつ?」
「興味あるの?」
「ちょっと。そんなに大事に持ってたら気になる」
「……端的に言うと、ある国が一夜で滅びたって話だよ」
「一夜で?そんな大事だったの?」
「そうだね。だから他人の目に触れちゃいけない。燃やしてくれる?」
「いいの?」
「魔族の炎は焼き尽くすでしょ?」
「勿体なくない?」
「いいんだよ」
「……んじゃ、遠慮なく」
躊躇うことも無く渡された本をイフルは燃やした。
散り散りになった本は跡形もなく灰は風に流れていった。
「綺麗な炎だ」
「ありがと」
「じゃあ、明日。あ、シトラス学園ってわかる?」
「でかい建物だ」
「そう。人がいっぱいいるからすぐ解るだろうけど」
「紛れやすいね」
「イフルの外見なら似たような人間いるし、誰にも怪しまれない」
「うん」
「協力感謝するよ、イフル」
「また会いにきてね」
「もちろん」
森から出ていくルフラを名残惜しそうにイフルは見送った。
この森には魔物しか存在しない。
人間も滅多に来ない。
だから彼にとって来客は楽しいものだった。
「約束はちゃんと果たすよ、ルフラ」
淡く光る月に独り呟く。




