それでも……
起きた瞬間、足の痛みが脳を突き刺した。
気付かなかった痛み程、後から尾を引いて激痛に変わるものだ。背中の痛みはそれ程でもなかったのに、少し動かしただけで足全体が痛い。硬いハンマーで叩かれているみたいに痛い。兎に角痛い。ただの捻挫なのにすごく痛い。なんで……?
「エフレシア。入るよ」
激痛に悶えている中、団長が入室してきた。
朝から華やかさを纏い、いつ見ても綺麗だなと見惚れてしまう。
それに今日は髪を下ろしている。なんと珍しい。
「おはようございます、団長さん」
「おはよう。怪我の具合はどうかな?」
「……痛いです」
「そうか。治癒能力に特化している者を連れてきた」
団長の後ろからスッと現れたのは可愛い顔立ちの少年だった。
「痛いのはどこですか?」
「足です……!兎に角さっきから痛くて痛いです……!」
「分かりました。では治しますね」
包帯が巻かれている彼女の足に少年は手を当て、静かに目を瞑った。ほんの数秒だった。少年は手を引き、団長に一礼した。
「どうですか?」
「えっ……?痛いです……」
「……そうですか。ではもう一度」
そのやり取りが数回行われたが、少年の能力も虚しく痛みは一向に治らなかった。
「……捻挫でしたよね?」
「そのはずです……」
「痣も痛みも取れてる筈なんですけど……。どんな痛みですか?」
「どえらいハンマーで殴られてる感じです」
「えっ……」
例えが悪かったのか少年は黙ってしまった。
「……こんな事は初めてです。大抵の傷や痛みなら治るのですが……。もしかしたら、ストレスかも知れません」
「ストレス?」
「時々あるんですよ。ストレスを抱え込んで身体の一部が痛くなること。姫様の場合は恐らくそれかと……」
「……ストレス……」
言われてみれば溜まっていたのかもしれない。
シトラス学園に入学してから色々な事があったので、気付かない内に負担となっていたのだろう。
「ストレスは気持ちの問題ですので僕ではどうにも……。気分転換やリラックスされると軽減されますよ」
「……そうですか……」
「お力になれず申し訳ありません」
「いえ……!ありがとうございます」
「では、これにて」
少年はまた一礼して退室していった。
「彼はこの国の中でも治癒能力が高いと有名なんだけどね。エフレシア、学園生活はどうだい?」
団長は椅子に腰掛けながら聞いた。
「楽しいですけど……そうでもない日とかもあったり……」
エフレシアは言葉を濁した。
色々あった訳でそれは団長も知っている事実。
「今日は休んだ方が良いね。その足では無理だろう」
「……すみません」
「陛下に伝えてくるから、待っててもらえるかな?」
「はい……」
団長は変わらぬ態度で出ていった。
入れ替わりにロキが入ってきたのでエフレシアは溜息を飲み込んでしまった。
「……どうしたの……?」
「様子を見に来た。足がやばいって?」
「ものすごく痛い」
「原因は?」
「……ストレス……」
「環境の変化が大きいね。学園で色々あったなら負担は相当だ」
「でも……楽しい事もあるし……」
「自分が思っている程、精神は案外脆いものなんだよ」
涼しい顔でロキは淡々と言った。
「大丈夫だよ………。こんな事で病んだりしない……」
「丁度良い機会だよ、フレア。団長もそろそろ答えを待ってる。先延ばしにするのは失礼だよ」
「……でも……」
「おれも一緒にいようか?」
「……いい。あたしからちゃんと伝えたい」
「出来るの?」
「……やる。団長には知っててほしい」
「解った。一応ククルにも伝えておく」
「……ククルは?大丈夫……?」
「……ちょっと腫れ物扱い中……。元々親交深めるタイプじゃないから環境的には変わらないんだけど……」
「あたしが余計な事したから……」
「やっと反省した?自分なら大丈夫なんてもう通じないよ」
「……うん」
いつもより冷たいロキに対し、エフレシアは身体を丸めた。
「団長が戻ってきたら護衛に回るから」
「……お兄ちゃんは?騎士団の中にいて、大丈夫?」
「あぁ……。この間、実力を解放したんだ。騎士達も認めてくれたよ」
「そうなんだ……。良かったの?」
「ほんの一部だけだから。能力までは見せてないよ」
「そっか……」
「フレアも、全部話してスッキリしたら良い。そしたら痛みもなくなるよ」
「うん……」
「何かあったらすぐに言って」
「……うん」
暫くして団長が戻ってきたのでロキは外の護衛に付いた。
エフレシアは痛い方の足を擦りながら団長の動向を窺った。
「痛みは?」
「……変わらず痛いです」
「そうか」
「あ、あの……団長さんはお仕事……」
「私も休む様にと陛下からのお達しだ。キミの傍についててほしいと」
「……すみません……」
「謝ることではないよ」
「……迷惑かけてます……」
「一日休んだ所で支障は無い。ククルがいるから安心して任せられるよ」
「……そうですか」
痛みの所為か、気持ちが沈んだまま上がってこない。
これもストレスに加算されてしまうのだろうか。
「……団長さん。お話したい事があります」
「この間の返事かな?」
俄に嬉しそうな表情で聞きながら団長はまた椅子に腰掛けた。
「……団長さんは、何があってもあたしの事、好きでいてくれますか?」
「当然だ。例え、キミとケンカをしても嫌いにはならない」
「……あたしの過去を知っても?」
「揺らがないよ」
即答してしまえる団長に流石としか言い様がない。
「何故そんな話を?」
「拒絶されたくないからです。これから話す内容を知ったら……あたしに対する想いが変わるかも知れない……。だから……」
「それは……話さなくてはならない事なのかな?」
「はい……。理解してもらう為に話そうとしてる訳ではないです。共感を得ようとも思ってません。ただ、あたしがどんな人間なのか、団長さんには全て把握しておいて欲しいのです」
「そうか……」
「耳を塞ぎたくなる様な内容です。それでも、聞いてくれますか?」
「あぁ。キミが話したいと言うならその意志を尊重する」
断言出来てしまうのもこの人らしい。
「……あたしは……」
エフレシアは少しずつ語り出した。
自らの過去をこんな静かに話すとは思っていなかった。
知ってもらえる相手が団長だからか、緊張も和らいで口調も穏やかになっていく。
団長は変わらぬ瞳で彼女の話を聞いていた。
エフレシアという少女が辿ってきた軌跡を何も言わず団長は傾聴している。その姿勢すら美しいと思えてしまう。
誰にも話すことなど無いと思っていた過去を、一つも取り零さずに紡いでいく。
長い長い物語だ……。
「ずっと立ちんぼはキツくない?」
エフレシアの部屋の前で護衛として警備に徹しているロキにククルが声を掛けた。
「慣れた」
「そう。フレアは?団長に話してるの?」
「うん。おれが促した」
「……まぁ、頃合いとしてはいいかもね」
「ククルは?休憩?」
「そんなとこ。天使達が鍛錬相手になってくれてるから」
「そっか」
「ちゃんと話せるといいけど」
「……フレアなら大丈夫だよ。おれ達の事も話してくれる」
「そこは大事。ライム祭もいよいよだし、何より団長が知っていてくれれば安心だ」
「うん……。でも……その後……」
「なに?」
「もし、フレアが団長の婚約者になったら……」
ロキは不安そうに聞いた。
「良いんじゃないの?団長、フレアにベタ惚れだし、他の女と違ってフレアは内面を見るから心配ないよ」
「……もっと気にしてるかと思った」
「過保護」
ククルは口元に人差し指を当てる仕草を見せながら微笑んだ。
「ククルも、ライム祭の時はフレアの警護に付くでしょ?」
「いや、団長自らフレアの護衛になるってさ」
「……団長が?」
「……って言うのは建前で、本音はフレアと祭りを楽しみたいらしい」
「そっちか……」
「毎日男どもと一緒にいたらむさ苦しいしね。息抜きだよ」
「あー……大事だ」
「ロキも、傍にいてよ」
「勿論」
ロキが意気込むとククルは「じゃあね」と手を振りながら戻っていった。
なんだかんだでライム祭ももうすぐだ。
何も起きなければいい。
ただ平穏に楽しく、あの子が笑って思い出に出来るイベントになってくれたらいい。
ロキは静かにそう願った。
全てを話し終えたエフレシアは団長の顔色を窺っている。
ずっと何も聞かずに最後まで聞いてくれていた。
「……それが全てかな?」
「はい……」
「そうか。浮かない表情で話すからどんな過去なのかと気になったけど、そんなに気負いする程のものではないよ」
「……えっ……」
あっさりと肯定されてしまい、エフレシアは拍子抜けしてしまった。
「あの……結構耳障りな内容だったんですけど……」
「捉え方によってはそうかもしれないね。でも私は、キミの過去を知っても嫌いにはならない。寧ろ、以前よりももっと好きになった。強くて可愛らしくて愛しい。そう思える程、魅力的なんだよ」
「……いや……えっ……?」
動揺。
まさかそんな反応になるとは思いもしなかった。
予想外の事にエフレシアはどうしたら良いのか分からない。
「……あの……それは……受け止めてくれるという事ですか……?」
「そうだね」
笑顔で返される。
こんな淡々と上手い具合に進んでいっても良いのだろうか。
滅多に出逢える事じゃない。
彼女の過去は口にするのも悍ましい程、凄惨な記憶だ。
それを団長はすんなり受け入れた。
他の人なら軽蔑的な視線を向け、二度と口も聞いてくれないだろう。
団長が強い人間という事もあるのかも知れない。
ならば、彼女も団長の想いに答えなければならない。
「……団長さん」
「ん?」
「………あたし、は……団長さんの想いにちゃんと答えられるか、この先もよく分からないです……。でも……あたしを好きになってくれて凄く嬉しい……。今まで誰かに想ってもらえた事無かったから……。だから過去を知っても揺らがない貴方に、あたしはこの身を捧げます」
過去を吐露した事でスッキリしたのか、彼女の表情は穏やかだった。
初めて見るそんな彼女の表情に団長は驚いている様だった。
「……あの……」
何か間違った事を言っただろうかとエフレシアは不安になってしまった。
「……ずっと待ち望んでいた言葉なのに、本当に良いのかと思ってしまう……。エフレシア。行く行くは私の妻になる未来だ。立場も変わるだろう。自由じゃなくなるかもしれない。それに……そういう行為もする時が来る……。私は、キミに嫌な思いはさせたくない」
思っていた予想と違う団長の反応にエフレシアはきょとんとしている。
「何かまずいですか?」
「いや……」
「団長さんに迷惑はかけません。相応しくないと思ったら切り離してくれても構いません。それに性行為も大丈夫だと思います」
「……言い切れるんだね」
「はい。あたしも、団長さんを裏切るような行為は絶対致しません。寄り掛かる事もしたくないです。対等だと思える位の存在になります」
彼女の芯の強さは初めて会った時から気付いていた。
誰に傷付けられようと、どんなに蔑まれようと、彼女は自分の力で凌いできた。実力も充分備わっている。
「……ありがとう、エフレシア。とても嬉しいよ」
「……お待たせしてしまってすみません……」
「構わない。でも、どうしてこの機会なんだ?」
「……ライム祭で何が起こるか分からないし、もし……団長さんと離れてしまう事があったらちゃんと伝えられないかなと思って……。それに、あの時助けて貰って……すごくほっとしたんです。団長さんが助けてくれるんだって思ってたから……。気付いていなかっただけでもうずっと前から団長さんに好意を抱いていたのだと思います」
「……そうか」
「拙い部分もあると思います。それでも、団長さんの傍にいたいです」
「それは……私もだ。本当なら、今すぐに式を挙げて私の彼女である事を皆に知らせたい。その後……抱きたい……。思い切り抱きしめたい……。私だって男だ。好きな人と想いが繋がったら触れずにはいられない……」
何度かそういう機会もあったが、その時はエフレシアの気持ちが確定されていなかったので団長は手を出さなかった。それはつまり生殺し状態と同じ。とても我慢をさせている。だからこの場で欲を吐き出す団長の姿は素直そのものだ。
「……これからは、手も繋げます。キスも……してほしい……。もう、相応しくないとか品が違うとか言われたってどうでもいい。あたしは団長さんのものだって言ってやります」
「……エフレシア……。強いね、キミは」
「団長さんがいればもっと強くいられます。だからあたしも団長さんにとってそういう存在であれるように精一杯努めます」
今すぐに押し倒して口付けしたい。
服を脱がして肌に触れたい。
沢山名前を呼びたい。
何度でも愛していると囁きたい。
巡り巡る思いを団長は押し殺し、呼吸を整えた。
「辛い思いをさせる事があるかもしれない。私が支えきれない事があるかもしれない。泣いているキミを独りにしてしまうかもしれない。それでも、私の想いは変わらないし、キミを見離す事は絶対に無い」
「……団長さんがそういう人間である事、知ってますよ。真っ直ぐで強くて優しい素敵な人です。尊敬しています」
「……態々、言う必要も無かったかな?」
「いえ、改めて団長さんから直接聞けて嬉しいです」
「……エフレシア」
この我慢を解放したら止まらないかもしれない。
けれどもう、自制心とか抑制なんてクソ喰らえだ。
団長は立ち上がりながらベッドに乗り、彼女の正面に座った。
「……団長さん……」
「キスだけなら良いだろうか……?嫌なら断っていい」
「してほしいです」
「……良いのか?」
「はい」
エフレシアは姿勢を整え、団長に顔を近付けた。
「……好きだ」
小さな告白とともに唇が重なった。
エフレシア「団長の妻って何をしたらいいんだろう……」
フィン「主にサポートじゃないかしら?」
エフレシア「仕事の?」
フィン「あとは、身体的なケアと精神面のケアね」
エフレシア「栄養とかは考えれば何とか成ると思うけど……。精神面ってどうしたらいいのかな?」
フィン「癒してあげればいいのよ」
エフレシア「……それだけ?」
フィン「話を聞いて貰うだけでも軽減するものよ」
エフレシア「そうなんだ」
フィン「まぁ……貴方が傍にいてあげる事が1番ね」
エフレシア「……詳しいね」
フィン「私にもいたのよ」
エフレシア「恋人?」
フィン「そうね。離れ離れになったけど……。何処かでまた逢えたら、今度は手を離さないわ」
エフレシア「あたしも力になるよ。だから、言ってね。フィンの事も大切だから」
フィン「……ありがとね、姫ちゃん」




