爪
「済まないね。こうしなければケジメにならないから」
バシッと頬を打たれ、ククルは倒れそうになるのを持ち堪えた。
玉座の間、陛下の御前。騎士団員が集結していた。
その中央で制裁を行う団長。
「お前は騎士としてはとても頼りになる存在だ。私の背中を預けても平気な位に要として信頼している。けれどね、大事な者も守れない様では護衛とは言えない。シンシアの判断通り、お前にはエフレシアの護衛から外れて貰う」
穏やかな口調で陛下は告げた。
「代わりにロキを護衛に付ける。異論のある者は?」
その問いに複数名の騎士が挙手した。
未だ、騎士達の間では剣もろくに使えないロキをお荷物だと思っている。不服があるのはさも当然といった様子で異論を唱えていく。
「たかが騎士見習いのクセに護衛なんて任せられるんですか?」
「団長や副団長の足元にも及ばない奴ですよ?」
「少しでも腕の良い騎士を選出なされた方が賢明かと」
団員達の意見を団長は面白そうに聞いていた。
仮にも騎士として誇りを持っている彼らには相当な自信があるのだろう。
「そうかそうか。では、シンシア」
あとは任せる、と目で合図し、陛下は口を閉じた。
「不満のある者は前に出てくると良い。一人一人、ロキと対戦して勝てば護衛の任を与えよう」
その提案に団員達はざわめいた。
そんな事をしたら皆が勝つのでは?といった表情で様子を窺っている。
「躊躇う必要は無い。天使達との訓練で日々成長している者もいるだろう。実力を測るには良い機会じゃないか」
団長がそこまで言うならと騎士達は前へ出た。
「ほぼ全員か。ロキ、体力は持つかな?」
「問題ありません」
「ならば早速開始だ」
騎士達は剣を構え、ロキもその手に剣を取った。
「キミからどうぞ」
団長の近くにいた騎士から呼ばれ、ロキと対峙する。
天使との訓練でもロキは負かされてばかりいる。それを見ているだけあって騎士の嘗め切った態度は明らかだ。
「怪我させたらごめんねー」
余裕ぶっこいて振り翳した剣は音もなく後方へ飛ばされていた。
何が起きたのか分からない騎士の眼前にロキは剣先を突きつける。
「……は?」
「はい、終了ー!次」
「えっ……」
団長が切り上げ、騎士は何も分からないまま下がり、次の騎士がロキの前に立つ。
「今のはまぐれだろ?」
何も言わないロキの態度にイラッとし、騎士は乱雑に剣を振り回してきた。ロキは一歩引き、騎士の動きを捕らえながらステップを踏むように背後に回り、首筋に剣を当てた。
「これが敵だったら一瞬で終わりだ」
「……な、んなんだよ……」
「はい、次ー!」
その次も次の次も同じ様にいなされ、何が起きたのか分からないまま進行していく。ロキは息一つ乱していない。
「……あいつ、同じ人間か?」
「最初の頃は弱っちい奴だったじゃねぇか。あんなに変わるか普通……」
見ていた騎士達は段々と意識が薄れてきた。ロキの動きに理解が追いつかない。見くびっていたからこそ、それを大きく裏切られてしまっては対応の仕方が不明瞭だ。
戸惑っている騎士達に団長は溜息をつく。
「どうした?ロキになら勝てると豪語していたじゃないか。己の強さに自信が無いのか?」
「……そんな事言ったって……」
「弱気かい?情けないな。それで、騎士を名乗って貰っては困るんだけどね」
「ですが、団長……」
「いっそ、全員で挑戦してみるといい。見下していた奴に負けるなんて恥も恥だろう?」
団長の挑発に騎士達はイラッとした。
敵わない相手にそこまで言われたら流石に騎士達も剣を握る手に力が入る。
「……わかりました。ならば、我々全員でロキの相手をしても宜しいでしょうか?」
一人が皆の意思を代弁するように言った。
「どうだい?ロキ。多勢相手に容赦出来るかな?」
「善処します」
「よし。では皆の者、ロキを囲むといい」
団長の指示に騎士達はわらわらとロキを標的にした。
逃げ場もなく、動ける範囲も限られている。それでもロキは表情一つ変えない。
「一気に攻めるぞ!」
一人の合図で全員がロキに向かっていった。
避けなければ串刺しになってしまう。向けられた数多の剣戟をロキは一瞬で交わした。
「……はぁ?」
見上げる騎士達。ロキは僅かな隙間から跳躍し、まるで舞い降りてくるかのように剣を振りながら複数名の騎士達を倒した。
その剣に当たった者は腕や足など切り傷を負っていたが大したハンデではない。
「……っ、やれ!」
まだ認めたくない残りの騎士達が襲いかかる。
複数の剣をただ1本の剣先で受け止め、そのままトン、と軽く突いただけで騎士達は吹っ飛んだ。
怯む他の騎士達に今度はロキから向かっていく。
眼前の剣先を余裕で交わし、相手の持ち手を軽く突く。腰を抜かしたように倒れたかと思うと次の者は宙を舞い、ドミノ倒しみたいに騎士達が砕けていく。
「情けないなぁ。それでもキミ達は騎士かい?」
楽しそうに見物している団長は覇気を無くした騎士達に問い掛ける。こんな筈ではなかったというような表情を浮かべながら騎士達は剣を手放していた。
「……ぅわっ……!」
最後の一人はなんとか持ち堪えていたのだが、不意を突かれた瞬間に背中を蹴り飛ばされ床に伏した。
「なんたらは爪を隠すって言うけど、キミの場合は特別だね」
拍手しながらロキを称える団長。陛下もご満悦の様だった。
「貴方はいいんですか?」
「……ん?」
「やりたくて仕方ないって表情してますよ」
「……そりゃあ、お相手してもらえるなら試してみたいね」
「どうぞ」
ロキは団長に剣を構える。
騎士達の中でも好き好んで団長と鍛錬したがる者は極僅かだ。
「ではお手柔らかに……」
「シンシア。済まないが、それは後にしてもらってもいいかな?」
やる気満々な二人に陛下が口を挟んだ。
声色は穏やかだがその目は本心を訴えている。
「事が過ぎましたか?」
「いや、本来はロキの実力を知って貰う為の時間だ。キミの遊ぶ時間ではないよ」
「……失礼しました」
団長は真面目に謝罪した。
「皆も良く解っただろう?今までロキを見下していた者もこれを機に見習う事だ。いいね?」
陛下の命令は絶対だ。逆らうなんてあり得ない。
騎士達はさっと跪き、覇気のある声で返事をした。
「それではロキ。エフレシアの護衛を頼むよ」
「御意」
この日を境にロキに絡む騎士はいなくなった。寧ろ、彼の強さに惹かれて慕う者が増え、その様子に団長も満足していた。
目覚めたエフレシアは部屋の隅で警備に徹しているロキに気付いた。まだ朝方らしく外は暗い。
「……おにいちゃん……?」
「起こしたか?」
「……何で此処に……」
「ククルの代わりにお前の護衛に任命された」
「……そっか。ククルは……」
「団長と警邏の仕事」
「……ごめん。あたしの所為で負担掛けてる……」
「構わないよ。どの道、お前を守るのがおれの仕事だ。責任なんて感じなくていい」
「……うん」
「まだ時間あるから、寝ていても大丈夫だよ」
「……ん。もう少し、寝るね」
「あぁ」
ロキに見守られながらエフレシアは眠りについた。
二度寝はぐっすりと夢に堕ちる。悩みも体力も何もかもリセットされ、次に起きた時には頭もスッキリしていた。




