ombre
城下は相も変わらず賑わっている。加えてシトラス学園のライム祭が近いとあって人々のモチベーションも上がっているように見える。買い出しなんて初めてのミッションにドキドキのエフレシアはククル達から離れないように街中を歩いていた。
「いつもこんなに人がいっぱいなの?」
行き交う人達とすれ違いながらククルはうんざりした様子で呟いた。ともに買い出し要員として選ばれたのはリーシャとミレイ。マシュは衣装作りに励んでいたのでこのメンバーになった。
「まぁ、他国からの旅行者も結構いるしね」
「フレアちゃん、手繋ぎましょ」
「うん」
ミレイは容姿端麗でクラスでも目立つ存在だ。誰とでも親しくしている印象が強く、笑顔が可愛い。
「まさか紅茶の在庫が少なかったとは予想外だったけど」
ある程度の買い出しは1ヶ月前に終えていたのだが、準備が進むに連れて不備が発生し、こうして街に出てくる事もあるらしい。
「でも、外に出れて気分転換にはなるよね。ずっと教室でチクチクしてたら飽きるわ」
ミレイも衣装作りの班にいたが詰まらないと吐き捨て別の準備に取り掛かった。飽きっぽいのが短所なのだとマシュもぼやいている。
「ライム祭まであと2ヶ月か……」
「あっという間に本番になっちゃうよ。フレアちゃん達は初めてだから存分に楽しんで欲しいな」
にこっとされ、その笑みにエフレシアもつられた。
「お店ってどれだっけ?」
「確かこの近くよ」
リーシャはメモを見ているが店名しか記されていないので場所が把握出来てない。紅茶の専門店なんてこの国にはありふれたように沢山ある。その上店名も似通っているので見分けるのが大変だ。
「あ。あそこのお店じゃない?」
服屋の間に挟まれたお洒落な看板を指差し、ミレイが先に行く。並びの店には綺羅びやかな服が飾られている。
「ここだよ」
店名を確認したミレイは合図をしながら中に入った。
静かな旋律に包まれているその店には種類豊富な紅茶がずらりと揃えられていた。どれも高級に見える。
「買うのはどれだ……?」
「3種類だよ。これと……」
紅茶の名前も同じ様なものばかりで合っているのか不安になる。ミレイはリーシャと一緒に確認しながら手に取っていった。
「こういうお店があるんだね」
「……紅茶好きだっけ?」
「……ローズが淹れてくれた紅茶は美味しかったよ。ククルは?」
「……出されたら飲む程度じゃない?拘りはない」
「そっか……」
話す二人の後ろでリーシャとミレイは会計にごたついている。
「……ローズは何の紅茶が好きだったのかな……」
「毎日味変してお前の喜ぶ顔が見たいって張り切ってたよ」
「……そうなの?」
「まぁ、味は分からなくても美味しいって笑うフレアを見れればそれだけで良かったんじゃない?」
「……そうだといいな」
今はもうそんな事聞けない。手を伸ばしても届かない存在になった。いつもずっと一緒にいた人が不意に消えるのは解消されない喪失感をより大きくさせる。命を持って守ってくれたのにお礼さえ言えないんだ。
「お待たせ!買い出し終わったよ」
暗い想いに沈みかけそうになっていた時、二人が戻ってきた。
無事に会計出来たらしく、ミレイは満足気だ。
「早々に戻ってまた準備の仕上げか」
「暢気に買い物も出来ないねぇ……」
「ライム祭はビッグイベントだしな。抜かり無しっていうのが基本だし」
「フレアちゃん、一緒に茶葉の振り分けしようね」
ミレイは可愛らしく誘った。
その笑みに男だったら卒倒していたかもしれない。
「楽しそうだね」
「うん!買い出しミッション終わったからね!」
「これで大丈夫だと思うんだけど……」
「用が済んだならさっさと帰るよ。人がウザい」
減らない人の多さにククルは嫌そうに促す。
色んな音が入り混じっているのもあって賑やかさは大きくなっていくばかりだ。
「賑わってるのは良いことなんだから」
「本当に栄えてるよね……」
周りを見渡しても商売をしている人達は皆営業スマイルを振り撒いている。サービスもよく、トラブルも無い。ありふれた日常だ。
この光景はエフレシアの国でもよく見られたもの。活気があって景気もよくて皆が晴れ晴れとして楽しんでいる。
そんないつまでも続くと思っていた日常はある日突然奪われてしまった。
「フレアちゃん、帰るよ」
「あ、うん……」
呆けていたエフレシアは気を取り直し、ミレイの後に続いた。
その瞬間、ふとすれ違った人間に既視感を覚えて振り返った。
後ろ姿しか見えないが、雰囲気は似ている。丁度背丈も同じ位だ。ただの別人であるのは間違いないのに、どうしても確かめたくなってしまった。
「……フレア?」
彼女の気配が無い事に気付いたククルはすぐに周囲の状況を窺う。特に怪しい影は無かった。危険なものも見当たらない。それなのに、エフレシアの姿が無い。
「……え、逸れちゃった?」
「人並みに流されたとか……?」
リーシャとミレイも周りを確認するがそれらしき人物はいない。
「どうしよう……」
「おれが探して……」
「二人は先に戻ってて!オレがちゃんと連れて戻るから」
「……一人で平気?」
「その方が動きやすい」
「……そうか。任せるよ」
ククルについて行ったとしても足手まといになる事くらいリーシャは察している。リーシャの様子を見てミレイも何も言わなかった。
「気を付けて」
「ありがと。二人もね」
そう言うとククルは足早に人混みの中へと消えていった。
トラブルに巻き込まれていない事を願いながら彼女の姿を探すが、人の多さに若干酔ってしまった。元から大勢が嫌いなククルは人との関わりも一線引いている。深く踏み込んでしまえば守らなければならないという意識が生じてしまう。だから、ある程度の距離感を保って人間関係を築き上げているというのに。
「大概にしろって言ったのに……」
ボヤきながらククルは街中を捜索し始めた。
まずい……。
そう思ってからではもう遅かった。
ただ確かめたかっただけなのに。
尾行の末に辿り着いたのは廃れたアーケード。華やかな城下ではあるけれど、裏通りでは歪な空気が漂っていた。
やさぐれた人間やボロボロの服を着た子どもや女性が虚ろな瞳で炉端に座り込んでいる。陽射しも無いので少し涼しい。見渡す限り店らしきものもなく、虚無感が否めない。
「……お恵みを……」
「お、お願いします……。何か食べ物を下さい……」
破れかけのワンピースをきた少女と薄汚い格好の少年がエフレシアに寄ってきた。
一度、親切心を見せたら『次』がくる。同情で手を差し伸べたら最後だ。
「……ごめんなさい……」
すぐに立ち去らねばと踵を返そうとした瞬間、目の前の誰かとぶつかった。背後に気配なんて感じなかったのに。
「あら。大丈夫?」
「はい……すみません……」
見上げると見覚えのある顔があった。
直感とは恐ろしい……。
「……どうしたの?具合悪い?」
「……いえ……」
その顔でその声で関わらないでほしい。
眼前にいるのは、ローズだ。酷似していると言うよりかはまるでホンモノみたいにそっくりだった。
「すみません、あたし帰らないと……」
「待って!」
腕を掴まれ、ビクッと肩を揺らす。
力が強い。抵抗しても無意味に終わる位に。
「その制服、シトラス学園よね?この子達に恵んでくれないかしら?」
「……ごめんなさい……今、お金持って無くて……」
「……なに?興味本位で立ち入った訳?お嬢様は見たがりなんだな」
急に低い声色になり、恐怖が込み上げる。
ローズとは別人だ。赤の他人だ。それなのに影が重なってしまう。
「そんなに怯えないでよ。お菓子でもいいんだから」
「……なにも持って無くて……」
「本当に?身体検査しちゃおうかしら?」
「……ほ、ほんとに……なにもない……」
声が震えている。これは見過ごしてくれるレベルの相手ではない。
武力で対抗したとしてもこの力では片腕だけでねじ伏せられてしまうだろう。雑魚なら良かったのに。
「じゃあ、男の相手してあげなよ。何年も女抱いてなくて哀れなのよね」
「……い、嫌です……ごめんなさい……!」
本音が出た瞬間、彼の表情が一瞬で歪み、エフレシアは思い切り押し倒されてしまった。
背中に痛みが走る中、この光景はデジャヴだと思った。
余計にローズと重なってしまう。もう二度と逢えないからこそそう思えてしまうのだ。
「女の子の恐怖に満ちた表情って唆るわぁ。無理矢理犯したくなっちゃうのよねぇ」
「……やめて下さい……」
「身包み剥がして強姦してやるよ。こんな所に来たお前が悪いんだから」
雑に制服を引き千切られ、肌が露になる。
支給して貰ったのに弁償しなければいけないな、なんて考えが過る。肌を見られる事なんて何ともない。けれど、彼にだけは見られたくないと強く思った。
「哀れな身体ね……。まぁ、ヤる分には関係ないか」
「……や、だ……!やめて……!」
「―――ヴィヴァル!」
ローズ、と言いそうになった時、誰かの声に遮られた。
それは彼の名だったらしく、溜息をつきながら振り向く。
「……なに?」
「勝手が過ぎる」
「無知なこの子が悪いのよ。恵む事さえしないで帰ろうとした」
「……手が早いってのもどうかと思うけど?」
「あら。そういう貴方こそ、その手に引き摺ってるモノは何かしら」
今の内にと身体を起こそうとしたけれど思ったより背中が痛く、エフレシアの視線からは若い男が何かを持っているようにしか見えなかった。
「……あぁ。目障りだったから集団暴行した」
ドサッとエフレシアの隣に放り投げられたのは、傷だらけのクロエだった。全身に暴行された痕があり、相当な人数に囲まれたのだろう事が想像出来る。人間の姿だからか、一方的に標的にされたんだ。
「クロエ……」
「貴方の知り合い?レイファに逆らったらこういう目に遭うんだから、下手な抵抗はしない方が賢明よ」
ヴィヴァルと呼ばれた彼はエフレシアに向き直り、いきなり首筋を舐めてきた。その感触にぞわっとし、全身に悪寒が走る。
それなのに、思い浮かんでくるのはあの時のローズの表情。
きっとこういう未来を予知していたのかも知れない。
『幾らあんただって力の強い男にこうされたら泣き叫んでも誰も助けてくれない』
その通りだ。
今にも助けを呼びたいのに声が出ない。手も足も動けと命令しても恐怖に支配されてどうしたって動かない。
ヴィヴァルは口元に笑みを浮かべながら愉しそうな目でエフレシアを舐め回す。その手はいつしか胸に触れ、なぞる様に下半身へと伸びていった。
「……初めて?震えちゃって可哀想に。でも、逃さないわよ」
最早、従うしかない。彼の声も顔もローズにしか見えない。それが邪魔をしている。これが別人だったなら腹に蹴りを入れて急所を潰して逃げ出せた。
「いいなぁ。オレも混ぜて……」
ヴィヴァルがレイファと呼んでいた男が近付こうとした瞬間、バキッと痛々しい音が響いた。
「もう……さっきから五月蝿い……」
「あぁ、済まない。少し眠って貰っただけだよ」
安堵のある声に姿を見ずとも不安が消えた。
ヴィヴァルの後ろにいたのは、剣を構えた団長だ。
気配から読み取れる位に怒りはマックス。
「……騎士団長様じゃない。こんな所でお会いするとは思ってなかったわ」
「そうだろうな。私も久々に立ち入ったよ」
「……それで?何用かしら」
「彼女を返して貰いたい」
「……何か恵んでくれたらいいわよ」
挑発したつもりだったのだろうが、団長は用意周到で胸元から膨らんだ巾着を取り出し、ヴィヴァルに手渡した。
「暫くは食い繋げるだろう」
「……嫌な奴」
そう呟き、ヴィヴァルはエフレシアから離れた。
「ごめんなさいね」
彼と入れ代わるように団長が彼女に歩み寄る。
手を伸ばしただけでエフレシアはビクッと拒絶反応を見せた。
「……立てるかい?」
「……はい」
痛みを我慢しながらゆっくりと立ち上がる。
背中の痛みに気を取られていたせいで足の痛みには鈍感だった。
恐らく倒れた時に捻ったみたいだ。気付くとどんどん痛みが増してきた。
「お嬢様。もう二度と此処へは立ち入らないで。ちゃんと管理してよ、シンシア」
「あぁ」
ヴィヴァルはレイファを担ぎながら奥の通りへと消えていった。
彼には聞きたい事があったのに、何も分からないままだ。
「エフレシア」
「……はい」
「その足では辛いだろう?嫌でなければ腕に抱くよ」
団長には全てお見通しのようだ。
痛みには耐えられないのでエフレシアは甘える事にした。
お姫様抱っこで街中を闊歩された時は流石に恥ずかしくなってしまったけれど。
治療と話がしたいとの事だったのでエフレシアはそのまま一度帰城した。学校には連絡済みらしく、今日はこのまま一夜を過ごす様に と陛下からの指示を受けた。
「何故あの場所へ?」
丁寧に治療を施して貰い、団長の部屋に案内され二人きりになった頃。
背中は打撲と擦り傷で足は捻挫していた。安静にしていれば自然と治るそうなので痛み止めの薬だけ頂いた。
クロエも団長とともに居た衛兵達に運ばれ、違う部屋で手当てされているらしい。
「……買い出しで街に出てて……すれ違ったあの人がローズと似てたから確かめたくなって尾行しました」
「……ローズとは?」
「……あたしの国にいた騎士です」
「想い入れがあるのかな?」
「……いつも側にいてくれたから……」
「そうか」
「……ごめんなさい……。ああいう場所だって分からなくて……」
「そうだね。一見、この国は穏やかだが貧富の差は生まれてしまう。あの区域にいる人達はね、恩恵を受けないと生きていけないんだよ」
どんな国にだって貧困は付き物だ。誰かの犠牲の上に平穏が成り立っている事くらい、知っている筈だった。
安易に足を踏み入れて怖い目に遭って団長の手を煩わせてしまった。申し訳ない気持ちで謝罪以外の言葉が見当たらない。
「キミにも非はあるけれど、一番の問題は彼だ」
何の合図も無く扉が開き、ククルとロキが入ってきた。
「警邏に知らせて彼にも此処に来るよう伝えたんだ。他のクラスメイト達は無事に帰校したそうだよ」
「……そうですか」
「ククルには、護衛の任を解いてもらう」
「……え」
「キミが大変な時にいつも側に居なかったんだろう?今回は殺されてもおかしくない状況だったんだ。それなのに、易易とキミから離れて守れもしない。護衛の役目を果たしてないんだよ」
「ち、違います……!あたしが勝手な行動したから……!」
「それも踏まえて側に居るべきなんだ。私が助けなければあのままキミは嫌な思いをしていた。そんな傷負わせたくない」
団長が強く言わないのは、エフレシアがまだ正式に答えを出していないからだ。一方的な片想いである以上、団長がエフレシアを縛る事は出来ない。
「でも……ククルが居なくなったら……」
「代わりにロキを護衛に付ける」
「……大丈夫なんですか?」
「あぁ。ロキが強い事はキミも解っているだろう?」
その言い方は団長もロキの実力に気付いている様だった。
騎士見習いとしては頼りないかもしれないけれど、エフレシアの護衛とあらば話が違う。恐らくククルよりも向いている。
「……ククルは……城に戻るんですか?」
「そうだ」
「……わかりました」
「クロエとヴィトにも護衛としての認識を高めるよう伝えてくれるかな?」
「はい……」
「今日はゆっくり休んで。明日は私が学園まで送ろう」
「……ありがとうございます」
団長はにこやかに二人を連れて出ていった。
モヤモヤした気が晴れないのは後悔が蟠っているからだ。
衝動さえ抑えておけばククルにも嫌な思いをさせずに済んだかも知れない。
今更なにを嘆いても事実は変わらないし、起きたことは消せない。
エフレシアは考えても時間の無駄と判断し、もう寝る事にした。




