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エンドゲーム

一つの国が滅びようとしていた。

城は焼け落ち、城下は火の海だ。阿鼻叫喚が悲痛な絵図を物語っている。


「逃げ場なんて無いのに」


泣きながら走っていく人々を眺めながらルークは呟いた。

逃げ道なんて与えない。取り逃す事もあり得ない。

何処へ行こうとも待ち伏せている衛兵に殺されて死ぬだけだ。


「ルーク様!ご令嬢が何処にもいません」

「……探せ!失敗なんて許されない。見つけて首を狩れ」

「はっ!」


この惨劇は、この国の令嬢が招いた後の祭り。

元々、キャロライナと親しくしていた令嬢だったが、ある事を仕出かしてキャロライナの怒りを買ってしまった。


「た、助けて……!」


ギュッと後ろから手を掴まれ、ルークは振り向く。

血塗れの少女が怯えた目を向けている。


「まだ生き残りがいたのか」

「お願い……!助けて下さ」


少女の腹から剣先が飛び出てきた。そのまま横に切られ、ぐしゃっと地面に転がった。


「大人しく死んでくれたら良いのに」

「……イヴ」

「手、汚れてるよ」


先程強く掴まれたのでルークの手には少女の血がベッタリとくっついていた。


「帰ったら洗うから大丈夫。それより、大した活躍だね」

「そうかな?《皆殺し》ってのが姫の命令だろ?分かりやすくて良いじゃねぇか」

「イキイキしてるのもどうかと思うけど」

「無能な人間相手に能力使う暇無いしな。剣だけで充分」

「……まさに殺戮の天使ってやつだ」

「もう天使じゃねーよ」


剣に着いた血を払いながらイヴは言い放った。


「人を殺めたらもう天使ではいられない。堕ちる所まで堕ちたからな。堕天使って呼ぶ奴もいるし、さっきは悪魔って睨まれた。殺したけど」

「そっちの方が性分なんじゃないの?似合ってるよ」

「そりゃどーも」


剣一本だけで殆どの人々を殺めたのはイヴだ。その目に容赦など無い。衛兵達よりも余程剣の腕が立つ。


「令嬢が見当たらないってさ」

「……俺が見つけて連れてきてやるよ」

「そう。頼むね」


イヴは鼻歌を奏でながら朽ち果てゆく城下の街並みを散策した。

そこら辺に死体が転がっている。

焼け焦げた人間の悪臭が鼻を突くがもう慣れた。

崩れ落ちた城は煌々として美しい焔がまだ包み込んでいた。


「……あ」


その城の近くに布を被った人間がいた。

人目でその子がこの国の令嬢なのだとイヴは直感した。

漂う品は布を纏っただけでは隠せない。


「ラグネ嬢か?」

「……私を殺すの?」


怯えた目には返り血まみれのイヴの姿が映っている。


「もう生きてる奴はあんただけだ」

「……みんな殺されたのね……。キャリィの怒りなんて買うんじゃなかった」


開き直りながら彼女は布を取った。

綺羅びやかなドレスに美しい容姿。それとキラキラした金色の長い髪。


「何したんだよ」

「理由知らないでこの国を襲ったの?」

「姫の望みだったからな」

「……絆されやがって。キャリィとは長らく親友関係だったよ。でも、私が他国の王子とヤッてる最中に部屋に入ってきてさ。私が何しようが私の勝手だろ?なぁ?別にキャリィがそいつと恋仲だったって訳でも無いんだ。だったらあいつが怒るのは見当違いじゃん!」


底に溜まっていただろう愚痴を吐き出し、ラグネは息を荒げていた。


「それを何?私よりも幸せにならないでって何なの?!自分が振られたからって他人の恋まで邪魔すんなよ……!」

「随分、姫のこと嫌いみたいだね」

「こんな事されてまだ友人名乗れる?無理だろ!嫌い通り越して憎いだけだよ。でも……キャリィには国を一つ滅ぼすだけの力がある。あの子が燃やせって言ったらどんな理由であろうと抗えやしない……。キャリィを振った男の国も滅ぼされたって聞いたよ。我儘も行き過ぎるとただの傲慢だ」


確かにその通りだ。

キャロライナが一言「潰せ」と命令したら国が亡くなる。

陛下は実の娘に何も言わない。叱ることもなければ互いに話すことも無い。


「さっさと殺せば?」

「……逃げろ」

「……は?」


突拍子もない言葉にラグネはポカンとしていた。


「本当はあんたの首を狩って持ち帰る予定だったんだけど、気が変わった」

「なにそれ」

「お前、姫って感じじゃないな」

「素を出したのは今が初めてよ」

「良いと思うぜ。だから、簡単に他所で死んだりするなよ」

「……本当に見逃してくれんの?」

「タダでとは言わない。その髪、頂戴」

「髪?」

「首や耳より高く売れる。それに、元令嬢の金髪ってだけで値打ちは最強だ」

「金かよ……」

「肉体は腐るしな」 

「それで見逃してくれるなら有難いわ」

「切って良い?自分でやる?」

「あ、自分で」


彼女に剣を渡すと躊躇いもなくバッサリと肩より下まであった金髪と別れた。


「結構、髪って高いんだぜ」 

「どれくらい?」

「元天使族の金髪は億の値がついた」

「マジで?」

「身分にもよるけどな。変態には大した商品だ」

「髪だけで済むとは思わなかったよ」

「城の裏手に抜け道があるんだろ?衛兵達には号令かけたから追手は無いよ」

「……なんか都合良すぎない?」


用意周到過ぎるイヴに彼女は猜疑の目を向ける。


「一人くらい、都合の良い人間が居たって良いだろ?それに、折角見過ごしたんだから簡単に死ぬなよ」

「……死なないわよ」


揺らがないイヴの目を見て嘘が無い事を読み取った。


「生き延びてやるわ。いつかキャリィに報復するんだもの」

「大した意気込みだ」

「貴方にもいつか恩返しするわ。だから、私の知らない所で死なないでよね」

「……再会を楽しみにしてるよ」


そう見送るとラグネは満面の笑みを向けた後、足早に駆けていった。

少しくらい、姫の思い通りに行かない事があっても良い。

キャロライナは勝手が過ぎる。自己中で我儘で横暴だ。

命令なんて戯言にすらならない。

他人の命だってどうでもいい。

全ては願いの為。

その為ならどんな悪行にだって手を貸す。


「この国の奴らも衛兵も邪魔な奴等はみんな殺した。ラグネ嬢、あんたは生き延びて幸せになればいい」


誰にも届かない言葉を燃え尽きた城に放つ。

見るも無惨な成れの果て。

微かに息づいていた気配も、既に消滅している。

彼女の髪を強く掴みながら、イヴはルークの元へ戻っていった。




狙い通り、ラグネ嬢の金髪は物凄く高値で売れた。

大金はキャロライナに支払われ、彼女は上機嫌だ。

功績を残したイヴは随分と可愛がれ、彼女の側近として認めてもらえた。


「……ら?」

「ライム祭。シュヴァルツ王国であるんだよ」


キャロライナのお世話をしていたイヴは聞き慣れない言葉に首を傾げていた。


「今年はキャロライナ様も行かれるんですよね?」

「えぇ。あそこにはロキ様がいますもの。会っておくべきでしょう」


ロキの国を滅ぼしたクセによく言えるなとルークは感心してしまう。


「ルークとイヴも私に付いてきて下さい」

「……解った」


ライム祭がどんなものかも知らないが、微かな望みに賭けてイヴは頷いた。

その隣で憂鬱な表情を浮かべているルークには気付かずに。


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