天罰
頭の傷は地味に痛かったが、痛み止めを飲んだら気にならなくなった。まだ包帯は巻いておかないといけないからヘアセットがやりずらい。手櫛で整う位の髪質なので傷跡に触れないように頑張った。
学祭の準備期間という事もあって登校時間は(厳密には)決められていないが、エフレシアはいつもの時間に教室へと向かった。
「……なにごと……」
近付くに連れ、やけにギャラリーが多いなと感じる程の人集りが出来ていた。何やらきゃあきゃあと女子達の甲高い悲鳴が頭に響く。ハプニングでも起きたのだろうかと人々の間から顔を覗かせると教室内に見慣れた人物達が居た。
あーなるぼど。これは見物人も寄ってくるはずだ。
注目の的となっていたのは、皆の憧れの人だった。
「あ!エフレシア!」
目が合うと、騎士団長様はにこやかに手を振ってきた。
人混みを掻き分けながら教室に入ると、クラスメート達も目をキラキラさせながら騎士団長様に寄って集っている。
「おはようございます、団長さん」
「おはよう!聞いたよ、エフレシア。怪我をしたんだって?」
「情報早いですね」
「昨夜、ククルが報告に来た」
「それで来たんですね」
「心配だったからね。もう動いても大丈夫なの?」
「はい。薬も効いてますし、痛みには慣れてます」
「それでも、安静にするのが一番だよ」
「……はい」
「顔を見れて良かった」
「すみません、ご心配おかけして……」
「顔色も良さそうだね。ーーーさて」
いきなり団長の声が低くなったのでそれまでの和やかな空気が変わった。
「誰にやられたの?」
「……誰って……」
「グラスを投げた子だよ」
「……一瞬だったので誰かは解りかねます……」
「そう。本来ならそれ相応の対処をしなくてはいけないんだけど」
「これは事故です。故意じゃないので大事には……」
「でもキミは怪我を負った。人を傷付けたまま謝罪も無いのはどうなのかな」
「謝られても起きた事は戻りませんし……」
「フレア」
戸惑っている彼女に団長と一緒に来たロキが声をかけた。
「お兄ちゃん」
「団長はお怒りなんだ。誰だって、自分の好きな人を傷付けられたら冷静ではいられないよ」
「……うん」
「監禁もされたって聞いたけど」
「えっ!」
まさかそこまで話しているとは思わなかった。出来れば知られずに穏便にやり過ごしたかったのだがバレてしまってはそうもいかない。
「……でも、何も無かったし……」
「その時は、でしょ?いつも強運とは限らない」
「……そうだね」
「もう城に戻ってきたら?此処に居たら危ないよ」
「でも……!友達も出来たし、こういう事した経験も無いし……もっと居たい……」
彼女の我儘にロキは言葉に詰まった。
「……実はこの数日で色々と問題が起きてるんだって。知ってる?」
平静を保ちながらロキは話題を変えた。
「問題?」
「一番はキミだ、エフレシア。監禁された上に今度は怪我まで負ってる。次は命が危ないってこと、実感した方が良い」
遠回しにトラブルメーカーだと聞こえるのは気の所為だろうか。
否定も出来ないので頷くしかないのだが。
「それに、盗難もあるんだろう?」
「あぁ……。下着ドロボーのこと?男女の構わず盗むらしいよ」
「その盗まれたモノが城下で高値で売られてるって」
「なんと!」
「犯人が此処の生徒か外部犯かはまだ分からないけど、そういうズルして稼いでる人間もいるんだ」
「でも……食べていくには卑怯な手も使わないと死んじゃうよ」
「その日生き延びられたのは犠牲者の上に成り立ってるんだよ。下着だってタダじゃないんだから」
「……そうだけど……」
譲れない事情は誰にだって降り掛かる。選んだ手段が犯罪になろうとも、餓死は耐え難い。
「その件もあって、これから団長と学園内を見回る予定」
「あ、そうなんだ……」
「フレアは此処で学祭の準備してて」
「戻って来るの?」
「そのつもり」
話が終わった事を団長に目で合図すると、生徒達とワチャワチャしていた団長はひらひらと手を振り、輪の中から抜けた。
「領会は得られたかな?」
「はい」
「流石ロキだ」
団長に褒められ、ロキは少しだけ口元を緩めた。
「では、エフレシア。これから行ってくるよ」
「はい。お気を付けて」
ルンルンと出ていく団長に生徒達は羨望の眼差しを向けながら見送っていた。
シトラス学園はとにかくデカいし広い。国を代表する学校といっても過言ではない。色んな教室があったり仮眠室まで有る位だ。其の上生徒数も多く、至る場所に集団が陣取っている。学祭も近いのでそれぞれの準備もあるだろうが、騒がしいことこの上ない。
それなのに、何処を歩いていても団長様は生徒達から手を振られ挨拶され応援されている。名誉も称号も大いに尊敬され、誰からも認められているのが凄かった。
「みんな、貴方に憧憬を抱いていますね」
「私はこの国の最強だからな。それに値する存在に成れただけだよ」
「団長の強さには惹かれます。それでも強いのに、誰よりも剣を振っている」
「……あら。知ってたの?」
「以前、貴方が夜中まで鍛錬しているのをお見掛けしました」
「あー……そっかぁ……。誰にも知られずに強さを磨くのが趣味だったんだけど」
「誰にも言ってません!」
「うん、ロキは言わないね。だから信用もしてる」
「……けどおれは、騎士団には相応しくないかも知れません」
「それは解らないよ。鍛錬すれば強さは必ず身になる。めげないだろう?ロキは」
「……そうですけど……」
話しながら歩いていると体育館から激しい音が聞こえてきた。何かの練習だろうかと二人が顔を覗かせると険悪なムードが漂っていた。
色彩豊かな羽織を纏っている生徒達が2つの集団に分かれ、双方のリーダーらしき男女がにらめっこしている。
「何事かな?」
穏やかに介入する団長に生徒達は一瞬ざわついたがすぐに落ち着きを取り戻した。
「……私達、狂乱舞っていう部活なんですけど、踊りの振りで意見が食い違ってしまって」
女生徒が遠慮がちに伝えた。
「決まってた振りを今更変えるとか言うからだ」
「だって、そうしないと全員の振りが揃わないんだもん!」
「たった数人の為に今までの努力を踏み躙るのか?」
「ズレたらそれこそ水の泡よ!」
「それでも努力はしてる!あと3か月もあるんだ」
「もう3か月しかないんだよ!悠長な事を言ってたら時間が無くなるわ」
「だったら、合わない奴らを外せばいい」
リーダー格の男子は冷たく言い放った。
ロキもその意見に賛成だ。一人残らず完璧に、なんて理想が高いにも程がある。
「残酷過ぎる……」
「それでも譲らないのなら、実力行使だ」
男子生徒は近くにいた部員達に視線を向けた。その瞬間、数人の部員達が言い合っていた女子に刀を振り下ろしてきた。
一瞬、ビビった素振りを見せた女生徒はすぐに反応し、持っていた傘で受け止めた。刀も傘も舞う為に必要なものだ。相手を攻撃する為の武器ではない。本物ではないから切られる事はないが、傷は付く。
「貴方は自分じゃ何も出来ないのね」
「能力の使い方なんて人それぞれだろ。無能なお前には言われたくない」
何の能力も持たない人間もこの世界には存在する。能力者だから有利とは限らないが、大半が何かしらの能力を備えているので無能力者は埋もれてしまう。
「こんなことしても時間の無駄だ」
「なら同意しろ。出来ない奴は除外する」
「それは駄目よ」
折れない彼女に、男子生徒はまた部員達に視線を送る。先程よりも勢いのある刀が降ってきた。
「……えっ」
ガンッ、と受け止めたのはロキだ。その身に数本の刀が当たっている。
「あの……」
「あんたは下がってて」
「でも……」
グイッと彼女を遠ざけたのは団長。
「あんなの食らったら、全身骨折だよ」
「た、多少の戦闘訓練なら受けてます」
「力の加減をしていないならそれは無意味だよ。あの彼、視線を向けた相手を操れるんだろう?攻撃している子達の目が虚ろだ」
「ラース……彼は、ある一定の場にいる者になら能力を掛けられるって……」
「ほぅ……。いい能力だが使い方が雑だね」
そう話している間にもロキは叩かれている。
「あの……反撃しないんですか……?」
「ロキは仮にも騎士団だ。学生に剣を振るうなんて合ってはならない。まぁ、多少の体術なら見過ごせるけど」
「でも……あのままでは……」
端から見ればリンチだ。能力を掛けられている部員達には自分の意思がなく思うままに刀を振るっている。それでもロキは受け止めるだけで何の抵抗も見せない。
「……なぁ。あいつ、本当に騎士団か?やられっぱなしじゃん」
「弱すぎるだろ」
「騎士団ならまともに戦えよ」
観衆と化していた他の部員達はロキのやられっぷりに好き放題呟き出した。
「剣も使えないから反撃出来ないんじゃね?」
「マジ?騎士団のクセに何やってんだよ」
「体術も身に付いてないとか?」
「なんだよそれ。枠空けろっての」
この国の騎士団に入りたい者は多くいる。シトラス学園に在籍している者の大半は騎士団に配属されて国の要として必要とされる存在になることを夢見ている。なので、何の試練も無く入団したロキの事を良く思わないのは当然だ。
「興醒めだな」
ラースと呼ばれた男子生徒がパチンと指を鳴らすと、それまで能力に掛かっていた部員達はハッと我に返った。
「やり過ぎよ!」
「部外者が介入してくるからだ」
「この人は騎士団員よ」
「だから何?反撃してこなかったじゃん」
「それは規則で……」
「どうでもいい。振りの話は保留だ。今日は帰る」
「ラース!」
引き留める声にも反応せず、彼は一人出ていった。
「すみません、団長さん……」
「私は構わないよ。それより、ロキ」
呼ばれた少年は静かに立ち上がった。
「大分やられたね」
「問題ありません」
「……なら、大丈夫かな」
「すみません、この事フレアには……」
「言わないよ。介入したのは此方だしね」
とりあえず揉め事は収まったので二人は其の場から離れた。
「本当に大丈夫かい?アザになるよ」
「構いません。打たれるのは慣れてますので」
「……また、団員に何かされたのか?」
「あ、いえ……。おれは争い事には不向きな体質らしくて……」
「そうか。何かあったなら即刻私に報告してほしい」
「……ありがとうございます」
「しかし……喉渇いたな」
「えっ」
「何か買ってこよう。ロキはこの辺で休んでて」
ロキが何か言う前に団長はさっさと行ってしまった。
仕方なく近くにあった木陰のベンチに腰掛けようとした時、耳障りな言葉を捕らえた。ロキとすれ違っていった数人の女子生徒達。その囁きは彼女達が思っているよりも周りに聞こえていたらしい。そんなことには構わず、彼女達は人気の無い体育館裏へと姿を消した。
「軽い脳震盪だったそうよ」
「あら。大した事無くて安心したわ」
「良かったじゃない、ミカ」
「そうね……」
「大体、軽い気持ちで来るからいけないのよ」
「それに、あれくらいなら避けられたんじゃなくて?」
「友達庇って株上げしたかったんじゃないの?」
「やだ、計算?」
「それじゃなきゃ、痛い思いしないわよ」
ふふふ、と楽しげな空気にロキは苛立ちを隠せなかった。
彼女達に気付かれないよう距離を取り、大人しく聞いていれば好き放題陰口の嵐……。その言葉を向けられているのがあの子だなんて聞くに堪えない。幸い、今この場にいるのは彼女達だけ。
周りに他の気配が無い事を確認し、ロキは静かに彼女達に近付いていった。
「すみません。妹が御迷惑を掛けたみたいで」
不意に声を掛けると彼女達はビクッと肩を揺らしながら顔を向けた。
「……どちら様でしょう」
「エフレシアの兄です。先日は妹が世話になったそうで……」
「……あぁ。グラス直撃した子の……」
「学園の見回りで来たんですけど、少し貴方達の話を聞いてしまって」
その言葉に彼女達の表情が一気に冷めたものへと豹変した。
「あら、盗み聞きなんていけませんわ」
「その格好……騎士団員かしら?」
「やだ……騎士団員ともあろうお方が盗み聞きなんて質が悪いわ」
「しかもこんな場所に居るなんて、私達のこと狙ってたの?」
「……いえ、偶々で……」
「本当かしら」
「あの子の兄だから、計算かもしれないわ」
「騎士団の格好をして私達を襲う気なんじゃない?」
あらぬ方向に話が進んでしまい、ロキは訂正も出来ぬままただ彼女達の言葉を聞いていた。
「大体、貴方の妹は何様かしら。騎士団長様の婚約者だなんて認めませんわ」
「団長の婚約者になりたい子は沢山いるのよ」
「それを横恋慕するなんて最低よ!」
「本当の王族でもないクセに生意気」
「品行方正な私達から選ばれる筈だったのに」
「団長も可哀想……」
まるでエフレシアが強引に団長の婚約者になったような言い方だった。よくもまあ真実も知らないで確信めいた発言が出来るものだ。
「……以上?」
「……は?なに……」
「まだ言いたい事あるなら聞きますよ」
穏やかな口調で言ったつもりだったのに彼女達は怪訝そうな目でロキを見ている。
「兄だって言うなら、あの子を団長の婚約者から外して下さい」
「そうよ!貴方の頼みなら聞くでしょう?」
「……そういう貴女方は、団長の婚約者に相応しいと?」
「当たり前じゃない。私達は高貴なお方と結ばれる為に幼い頃から英才教育を受けてきているんですのよ!それなりの品はありますわ」
「それに比べて、貴方の妹は特別美しい訳でも可愛い訳でもない。寧ろ可哀想な位、平凡な顔立ちで同情するわ」
「団長には不釣り合いなのよ」
「特別な能力も持っていないみたいだし?どうしてこの学園に来たのか不思議でならないわ」
何かしらの情報は得られるかもと彼女達に近付いたのが間違いだった。これ以上あの子の悪口を聞かされるのは不愉快だ。こちらが止めなければ彼女達はずっと囀っているのだろう。
「……解りました。とりあえず、妹には伝えておきます」
「あらそう?案外、物分かりが良いのね」
「そうですね。会うのはもうこれっきりだと思うので」
「……え?」
不意に頭上が暗くなり、彼女達は空を見上げる。青空には似つかわしくない蒼い棺が複数浮かんでいた。
「なにあれ……」
「丁度、人数分ですよ」
ロキは笑顔で答える。
「……何言って……」
「生憎、妹の悪口言われて怒らない兄貴じゃないんでね」
パンッとロキが手を叩くと女生徒一人一人の背後に棺が降りてきた。勝手に音もなく蓋が開き、歪な空気が漂う。
「部外者がこんなことして良いとでも?」
「少しはその口休ませた方が良いよ」
「あたし達をどうする気なの……?」
「大丈夫ですよ。中に入ったら意識飛ぶので」
「……どういう意味……」
「実際に味わった方が解りやすいかな」
その瞬間、彼女達は吸い込まれるようにして棺の中へ入れられてしまった。訪れる静寂。やっと静かになったとロキは深呼吸した。
「人を傷付けて無傷でいられる訳ないだろう」
呟く少年の表情に感情など宿ってはいない。その瞳に映る光景には蒼い炎に包まれる棺の姿。中から恐怖に満ちた悲鳴が聴こえてくる。けれども蓋は開かず、昏く狭い空間の中でただ怯えるだけ。中からは決して開ける事は出来ず、意志の弱い者は精神崩壊へと誘われる。狭い世界で育ってきた彼女達にはピッタリだろう。
「二度と他人を馬鹿に出来ない容姿にしてあげるよ」
パンッと再度手を鳴らすと炎は消え、棺の蓋が開いた。ペッと吐き出されるかのように外に出てきた彼女達は先程とは見間違える程、憔悴しきっていた。
美しい髪は乱れ、ピチピチの肌は爛れ、身体はぶよぶよと弛んでいる。どう見ても令嬢とは言えない姿に彼女達は呆けていた。
「指を差されて陰口を言われる立場にしてあげたんだ。これでもうあの子を見下す真似は出来ないよね」
クスクスと彼女達を嘲るようにロキは囁いた。
「……嫌っ……なにこれ……ひどい……!」
「戻してよぉ……!やだよこんな醜い姿……」
「謝るから!土下座でも何でもするから!元の姿に戻して……」
自慢の美を奪われた彼女達は泣きながらロキに懇願した。
「何の為にその姿にしてやったのかまだ解ってないの?バカだなぁ。あんた達はもう二度と美しい令嬢には戻れない。一生、その醜い姿のまま生きていくんだよ」
「……イヤ……!そんなの嫌よ……!」
「お願い……!戻してぇ……!」
彼女達の叫びなどまるで聞こえてないかのような素振りでロキは其の場から立ち去った。
先程の場所へ戻ると飲み物を手にした団長がベンチに座って待っていた。
ロキは何も無かったような表情で彼の元へ駆けた。
「……あぁ、ロキ。居なかったから心配したよ」
「すみません。お花を摘みに行ってたら迷ってしまって」
「何も無かったかい?」
「はい。特には」
「そうか。少し休憩してから再開しようか」
「はい」
渡された飲み物を口に含みながら腰掛ける。
久々に能力を使ったからか反動の疲れが大きい。一度にあれだけの棺を出すのは何年ぶりだろう。国が滅んだ時でさえ使わなかったのに。
「まぁ、1日経ったら元に戻るんだけどね」
「……ん?何の話だい?」
「先程の喧嘩の話です」
「あぁ……。仲間内で解決してくれるのが一番助かるんだけどね」
「大丈夫じゃないですか」
「ロキは暢気だねぇ」
「いちいち気にしてたらハゲますよ」
「えっ」
「団長、いつもギチギチの三つ編みしてて痛くないんですか?」
「痛くはないが……ハゲるのは嫌だな」
「時々ヘアスタイルも変えた方がモチベーションも上がりますよ」
「そうなのか。では明日から考えなければ……」
真剣に悩み出す団長を他所に、ロキは空の様子を窺っていた。




