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シトラス学園には、高い能力を持った生徒も多々いる。だが、それは容易に公表されないので生徒間では誰が何の能力を秘めているのか知らない。名乗り出る者もいれば隠し通して卒業していく者もいた。エフレシアのクラスにも能力者はちらほら居るらしいとのこと。ククルは勿論、クロエとヴィトもその存在を認識していたそうだ。学園生活において、能力を駆使する場面など早々ないので知る必要はあまり無い。そういう前提だった。
「ハイ。今からこの"魔物”を倒したら今日の授業は終了でーす」
歪な魔物と登場したのはエフレシア達の担任教師。気怠げな雰囲気が印象的だ。まだ若いのに。
「能力使っていいのー?」
生徒の一人が質問する。
「何でも有りでーす。キミ達が死ななければ大丈夫でーす」
タメ口でも担任は気にする素振りすらなく答えた。
生徒達は魔物と対峙しても平然としている。マシュ達もこの間襲われた経験があるからか怯えていない。
「ハイ。授業開始!」
パン、と担任が手を叩き合図をすると魔物が動き出した。
其の姿はゴーレムと類似する。ただ、表皮が液体なのか地面にボタボタと滴っている。異臭は無し。大きさは成人男性の平均位。
「剣でイケるかな……」
「何で持ってんだよ」
疑問に思うクロエにエフレシアはにこっとククルを指した。
「貸してくれた」
「流石」
「クロエは見物?」
「そうだな。頼りになるクラスメートもいるし」
ククルは剣を手に戦う気満々だ。
「大丈夫だよ、フレア。キミは身構えなくていい」
隣りにいたリーシャが安堵させるように声をかけてきた。彼は無防備でやけに落ち着いている。
「そう?」
「あの時はビビったけど、今は不思議と恐怖は無い」
リーシャが微笑んだ瞬間、勢いよくアキバが魔物に向かっていった。其の手に鞭のような道具を具現化し、器用にぶん回して魔物の胴体に巻きつけた。
「よっしゃ!アルテミス!」
叫んだのと同時に銃声が轟いた。銃弾は魔物の頭部を貫き、それまでのたのたと動いていた魔物が止まった。
「ピアリス!」
名を呼ばれた男子が高い跳躍力で宙を飛び、大鎌を振り翳し魔物の胴体を真っ二つに引き裂いた。
ドシャっと地面に転がった胴体から紫色の液体が流れ出ている。
「容赦ないね。あっという間に……」
「授業の一環だからね。厄介な魔物は対象外だよ」
さも当然といった調子でリーシャは魔物を眺めていた。
他の生徒達も早目に終わってラッキーという表情を浮かべている。
「……ハイ。集合〜!」
担任も思ったよりも早く片が付いたので生徒達を呼んだ。
「第二弾です」
「えぇー!?」
その意味を理解した生徒達は一斉に嫌な表情を浮かべる。
「だって倒しちゃっただろー?ゴーレムなんて弱っちいんだからもっと粘りなさいよ」
「いざって時に頑張りますよー」
「先生だって怠そうじゃん」
「センセイは大人だから良いんですー」
初対面の時も担任は飄々としていて少し頼りなさそうに思えた。シトラス学園の教員をしている位だからそれなりに能力は高いのだろうとエフレシアは勝手に決めつけていた。
「ハイ。文句はオシマイ!第二弾デス」
担任がまた手を叩くと音もなく其の隣に現れた美少年。
ヴァイオレットの長い髪が美しさを際立たせている。
「なんだよ、隣のクラスメートじゃん」
「レアキャラだー」
騒ぐ生徒達にルヴェルはにこやかに手を振っていた。
「こいつを倒したら授業終了でーす」
「えぇー!?」
授業時間はまだたっぷりあるのでこれから自由時間という訳にもいかない。生徒達はそろそろイライラし始めていた。
「いいよ〜。誰でもかかっておいで〜」
緩やかな雰囲気でルヴェルは誘った。
「よし、アルテミス。もう一発やるべ」
「はいはい……」
「あ、ごっめーん!さっき活躍したお前らは対象外でーす」
まだ物足りないアキバとアルテミスが先陣を切ろうとした時、担任が制止しながら付け加えた。何故か楽しそうなのは気の所為だろうと思いたい。
「なんで?」
「ルヴェルにバレてっから。戦い方知られてたら不利だろ?」
「……そうなの?」
「やりにくさはあるかもね」
「って事で、アキバとピアリスと……誰だっけ?」
「アルテミスです」
少しイラッとした声色で彼は名乗った。
「そうそう。アルテミス達は見物に回って下さーい」
「マジか……」
湧き出たやる気を削がれ、アキバはかなり落胆している。
担任の言う事も一理ある。ルヴェルは恐らく強者だ。能力を知られたらそれに対応する力も備わっているだろう。
「お前らばっか目立ってもしょうがないだろ」
意気消沈しているアキバ達に吐き捨てながらリリスが前に出た。クラスでも美人の類に入る高貴な雰囲気を纏った少女。彼女を慕う者は多い。
「あたしらが相手になってやるよ」
リリスに続いてセリル、スフィナ、ヴァレンが戦闘態勢に入った。いつもの4人。エフレシアもまだ交流は無い。マシュもそんなに親しい訳でも無いので見物だった。
「わぁ!女の子相手かぁ。お手柔らかにね〜」
ルヴェルは女子に囲まれ、嬉しそうにしている。
「不利だとか思うなよ」
一斉に動き出し、ルヴェルに戦意が降り掛かった。
両手に剣を構え、寸前の所で攻撃を交わされたセリル。捕らえたと確信してしまっては後の動きが鈍ってしまう。
スフィナは大きな花鋏を構え、その刃先にルヴェルの首を挟んだ。バチンと切った感触は確かにあったのに標的はひらひらと手を振っている。
余裕の彼を仕留めたのはヴァレン。糸を使う能力らしく、ルヴェルの身体を金色の糸が締め付けている。
「ざまぁ!」
目の色を変えてトドメを刺しに掛かったリリス。其の手に紅い炎を灯していた。
「あらら……。ちょっとやばいかも……?」
身動き出来ない彼に向かってリリスは躊躇いも無く炎を放った。勢いよくルヴェルを包みこんだ炎は業火のように燃えている。
「これで授業終わりだろ……」
完全に勝利したとドヤ顔を浮かべているリリスに仲間の3人がわなわなと後方を指差した。
「なに……」
振り向いた瞬間、リリスの腹部を腕が貫いていた。何が起きたのか周りでさえ理解に遅れる。
「熱かったなぁ。でも、連携プレーは素敵だね」
ルヴェルの声が耳元に降ってきた。
先程まで炎に包まれていたのに。其の上、緊縛されていたというのに何故、反撃出来るんだ……。
「……って表情だね。まぁ、ちょっと焦ったけど、オレには効かないよ」
ズッ、とリリスの腹から腕を引っこ抜くと彼女はそのまま倒れた。
「リリス……!」
「あー、大丈夫だよ。それ、幻覚だから」
セリル達がリリスに近寄るとルヴェルが教えた。
「幻覚……?」
「そうそう。だから、無傷だよ」
心配そうに見守る中、リリスはゆっくりと起き上がった。
貫かれた腹は何もされてなかったみたいに痛みも血も消えている。
「大丈夫……?」
「……大丈夫……だ……。何なんだ……」
リリスも解っていないらしく、首を傾げていた。
「ほら。次は誰かなぁ?」
担任は授業を止めない。危険でないことをわかっている。
「リーシャ」
武器のレイピアを片手に行こうとしている彼をマシュ達が呼び止めた。
「一人じゃ無理だよ」
「マシュも協力して」
「………怖い」
「戦うのに慣れないと」
「……でも……」
「真剣に考えちゃだめだよ、マシュ。これは訓練なんだから。ここで動けないといざって時に役立だずになるよ」
マシュと親しいラファが強気な発言をした。
「そうだよ、マシュ!成績上げないと」
「うちらも怖いけど、やらないと担任ブチ切れるからさ」
彼女達は担任の本性を知っているらしい。怒ると怖い人間程、普段はのらりくらりしている。
「……解った」
覚悟を決めたマシュは手にロザリオを具現化した。
「行くよ」
ラファの合図でマシュ達も同時に動き出した。
先にルヴェルへの攻撃を仕掛けたのはミレイ。マシュ達と親しく、其の中でも容姿端麗で目立つ子だ。
長い金髪を靡かせながらルヴェルを其の目に捕らえる。彼女と目が合ったルヴェルは右足が破壊されたことに気付かなかった。
「……あらら」
破壊といっても固められた瞬間に音もなく壊れたという感覚の方が近い。彼女と目が合うと身体の一部が無くなるのか。
片足だけになり、ふらついた彼をラファが後ろから抱きつくようにしがみついた。
「なに……っ……」
瞬間、全身に痺れが走り、目の前が眩んだ。
ラファの体温が相手に伝わるとそれは痺れとなって相手を苦しめる。片足だけでもしんどいのに更なる苦は耐え難い。
「やるなぁ……」
「マシュ!今だよ」
ラファに指示され、マシュはロザリオをルヴェルに翳した。強い光がルヴェルを直撃し、思わず目を閉じてしまう。
その隙にリーシャがレイピアをルヴェルに向けて放った。
ラファも同時にルヴェルから離れ、レイピアはルヴェルの腹部を突き抜けた。
「……痛っ……」
片足の再生がやっと出来たと思ったら今度は腹か。
細胞組織の再生は時間が掛かるから正直肉体攻撃はやめてほしい。
さっきは意地で炎から逃れたから体力も消耗しきっている。けれど、そんな願いは今この授業には関係ない。生徒達は本気だ。それに応えるならこちらも本気を出すのが礼儀というもの。
「まぁ、多少のハンデは必要かな」
薄青の瞳が彼女達を捕らえる。
直後、マシュ達は力なくへたり込んでしまった。リーシャも足に力が入らず尻もちをついた。
「マシュ!」
急いでエフレシアが駆け寄る。マシュは大丈夫と言いながら半ば放心状態だ。
「そんな心配すること無いよ」
ルヴェルがニコニコしながらエフレシアに言った。
腹から血を流している者の表情ではないな。
「次はキミかな」
形容し難い嫌な予感が彼女を飲み込んだ。
怖いとか気持ち悪いとかそういうのと似た気配だ。
「エフレシア!」
咄嗟にクロエが前に出る。
得体の知れないルヴェルに警戒心はMAXになっている。
「そんな怖い表情しないでよ」
「お前、何なんだ……?ただの人間じゃないな」
「えー?それ酷くない?普通の人間より特別な能力持ってるってだけだよ」
「……本当に?」
「まぁ、疑うのは自由だけどね。キミだって、秘密くらいあるだろう?」
その瞳に見据えられると全てが悟られてしまうかのような錯覚に酔う。クロエが天使族であることをルヴェルは少なからず気付いている。
「……それも能力ってやつか?」
「人間の気配に敏感ってこと」
「クロエ!」
ククルが反応していなければ、クロエの首が飛んでいた。
攻撃なんて見えなかった。そんな素振りも無かった。けれど、ククルが防御して初めて解る。首元に刃先を向けられていた事に。エフレシアさえも気付かなかった程だ。
「流石、副団長様は動きが良いね」
「本気だったよね?」
腹に突き刺さっていたレイピアをいつ抜いたのだろうとか、そんな事さえ考える余裕が無かった。ククルは圧されている。
「キミ達が本気だから、オレも本気出さないとさ」
「生徒が死んだら大問題だけど」
「それは其の子の力量不足じゃない?」
「……慣れてるんだね」
「今更」
殺気に似た気配を察知し、ククルはルヴェルから離れた。
剣を持つ手が震える。
「オレと戦っても意味ないってこの間言ってたけど、キミだって相当強いだろう?なぁ?」
動きが速い。気付いた時には眼前で剣戟を受け止めていた。細身の剣なのに力が凄い。よく折れないなと感心してしまう。
ククルが意地で弾き返し、そのまま攻防戦となった。攻撃を仕掛けても軽く交わされ、倍の重さで攻撃が返ってくる。端からは二人の動きが速すぎて何をしているのかさえ目で追えない。ただ、金属音が重なる音だけが響き渡っている。
「本当に人間なの?もう腹の傷治ってんじゃん」
「だからぁ、特別なんだって。世界は広いんだよ。キミの知らない能力者だってまだまだいるんだし」
「それは出逢えてラッキーってやつかな」
ルヴェルの剣を交わしたのと同時にガラ空きになった腹に蹴りを入れた。けれど、打撃が軽かったのか少しよろけただけでルヴェルは優しく微笑んだ。
「そんなもん?」
明らかな挑発だった。まんまとそれに乗ってしまったククルに、エフレシアは頭を抱えた。
「これ終わるかな……」
授業はもうルヴェル対ククルみたいになってしまっていた。戦闘能力の高さに他のクラスメート達は感心を通り越して呆けている。
誰だって挑発されたら頭にくるのは当然だ。
「……ククル!」
体力も消耗しきっている中、先に態勢を崩したルヴェルの眼前に剣先を突き付けた。其の目に躊躇いなど無く、敵にトドメを刺す気だ。
「一一一ハイ!そこまで」
エフレシアが止めに入ろうかと迷っていると担任が制止した。
ククルは我に返ったらしくルヴェルから剣を引いた。
「……怒ったの?」
「あんた、イライラする」
そう吐き捨て、ククルは一人其の場を後にした。
「ルヴェル。調子に乗り過ぎ」
「えー……?少しやる気を出してあげただけじゃん……」
「文句言わない」
担任はまだ呆けている生徒達一人一人に声かけをし、体調に異変がないか確認していく。
「大丈夫そうなら各自教室に戻って自習!ダメな奴は保健室!ハイ!行動」
パンッと威勢よく手を叩き、生徒達を誘導する。ダメージの少ない生徒達の方が多く、ぞろぞろと教室へと足を動かした。




