シトラス学園
ガシャンガシャン一一一
何度ドアノブを捻ってもドアは開かない。外からの施錠と頑丈なガードでどう足掻いても人間の力では限界がある。窓はあるが小さくて小娘一人が通れるような幅ではない。涼しい風が吹き込んで来るのは有り難いが、ずっとこのままな訳にもいかない。もう授業は始まっていて、欠席扱いは免れないだろう。
……どうしてこうなったんだ。
エフレシアは頭を抱えながらマットの上に腰を下ろした。
教室へ向かう途中、誰かに呼び止められ、その後の記憶が無い。
目が覚めたら体育館倉庫の中に閉じ込められていた。
「なんでだ……」
呟いても状況が変わる訳ではない。
このシトラス学園に体験入学としてやって来たのは一週間前のことだ。
そこに至る経緯としては、陛下からのお願いだった。
1週間前一一一
エフレシアは団長に連れられ、天使達と一緒に陛下の御前にいた。ククルとロキの姿もあり、第二王子であるフレイも顔を出していた。
「脅迫状?」
「あぁ。どうやら、シトラス学園にそのような手紙が届いたらしい」
陛下は冷静な口調で伝えた。
「3ヶ月後、シトラス学園で学園祭が行われる。その時に何か起きるとのことだ」
「学園祭……」
エフレシアはそれがどんなものか知らない。況してやシトラス学園と聞いてあまり良い気はしなかった。
「警邏の数も倍にするが、それでは防ぎ切れない事もあるだろう。そこで秘策を考えた」
「……秘策ですか?」
団長がなにやら楽しそうな表情で聞いた。
「急な頼みで申し訳無いのだがね。エフレシア、キミにシトラス学園へ入学してほしいんだ」
「……は?」
突拍子もない話に彼女は間の抜けた声を出した。
「まぁ、入学といっても学園祭が終わるまでの3ヶ月だけ。いわば体験入学という形になる。学園内の様子を見てきてほしいのだ」
「……はぁ」
「恐れながら陛下。エフレシア一人を行かせるのは危険ではありませんか?」
団長の意見に皆も頷いた。
「あぁ、だから護衛として数人一緒に行ってほしい。年齢的に考えると、ククルが適任かと思うのだがどうだろう?」
指名されたククルはあからさまに嫌な表情を見せた。
「私も賛成だ。本当は私が一緒に行きたいが学生には見えないからね。ククルになら心配なく頼めるよ」
「……輪の中に入るのは苦手なんだけど」
「それでも良い。エフレシアに危害が及ばなければ馴れ合いはしなくていいよ」
陛下の優しい言葉にククルは言葉に詰まった。
「ロキも一緒に行くかい?」
「……いえ。俺はまだ未熟な故、護衛には力不足かと」
「うーん……そうか。なら、他に適任者は……」
視線が集中したのはずっと我関せずな態度を見せていたヴィトだ。見た目もエフレシアと近いので陛下も目を輝かせた。
「い、嫌だ……!そんな得体の知れない所に行くなんて御免だ!」
「あら。姫ちゃんの事大好きなのに護ってあげないの?」
隣のフィンが不服そうな様子で聞いた。
「だ、だって人間と生活なんて……」
「全員が敵とは限らないだろう?」
ティタもヴィトを推した。
「でも……。なら、クロエも一緒なら行く!」
「……おいおい」
「クロエと一緒じゃないと何も出来ないもん!」
そんな自信たっぷりに言うものではないなと半ば感心しながらエフレシアはクロエを見た。
「……いやいや。どう見たって学生には見えないだろう?」
「人間の姿になれば可能だよね?」
「ヴィト……。解った。目立たない容姿になれば良いのか?」
可愛いヴィトの頼みを無下にも出来ないのでクロエは諦めた。
「そうね。貴方が目立つと姫ちゃんにも注目がいきそうだし」
「賢明だな、クロエ」
天使二人に頷かれ、クロエは覚悟を決めた。ヴィトも先程とは違い、嬉しそうな表情をしている。
「天使二人に騎士が一人か。護衛には十分……」
「私も警邏の指揮を取ると思うから、安心して楽しんでおいで」
団長に背中を押され、エフレシアは少しだけ安堵した。
楽しんで、か。そう言われると重い気が晴れた。
「では、エフレシア。諸々の用意はこちらでしよう。入学まで体を休めておきなさい」
「はい……」
陛下が退室すると団長達も楽な体勢になる。
「フレア」
一言も発さなかったフレイが心配そうに彼女に歩み寄った。
「大丈夫か……?」
「うん。ちょっと意外だったけど、学園生活楽しみたいな」
「……そうか。何かあればすぐに護衛を立てろ」
「……うん。ありがとねぇ」
エフレシアは可愛らしくはにかんだ。
「ククル」
一人浮かない表情の彼にもフレイは声を掛けた。
「フレアの事、宜しく頼む」
「……誰に向かって言ってんの?」
「いや……心配なんだ」
「天使族もいるし、寮以外では離れないから」
「そうだとしても、何が起きるか分からない。オレは学園には行けないから」
「……一任されたからには貫き通すよ」
それが1週間前の出来事。
それから無事に入学を果たし、先日の顔馴染みである生徒達と交流を果たした。
あの一件以来、いじめは無くなったらしい。あの教員も国王に突き出されて解雇となり姿を消したと聞いた。その説明をしてくれたのが、あの時逃げずに魔物と対峙していた少年だった。
「これから宜しくね、リーシャ」
「あぁ、こちらこそ」
少年はリーシャと名乗った。その後ろには申し訳なさそうな表情をしている少女達。そりゃあ、気まずいのはエフレシアも解る。罵っていた相手に助けられては横暴な態度は取れない。
「この子達も反省はしてる。邪険にはしないでほしい」
「……うん。寮は一緒だし、そんなに根に持ってないよ」
と一応言っておかなければ溝が埋まらない。学園祭は楽しみたいので少しの蟠りも残して置きたくなかった。
「……よ、よろしく……」
初めはそんな感じだったが、一言二言会話をしていく内に一人一人は良い子なのだと知った。いじめは憂晴らしでやってしまったらしく、今はもう普通にクラスメート同士交流しているという。
寮に行けば説明や使い勝手など親身に教えてくれたのでエフレシアは戸惑いもなく過ごすことが出来た。
なので、まさか体育館倉庫に閉じ込められるなど考えもしなかった。
「放課後までこのままは厳しいかな……」
「そうだね」
独り言だったのにそれに反応する言葉が返って来たのでエフレシアは辺りを見渡した。誰の姿も無い。言葉ははっきり聞こえた筈なのに。
「……おばけ……?」
「違う違う!こっち!」
カンカンと音の鳴る方へ振り向くと窓から誰かが覗いていた。窓は小さいのでそれが誰だかよく分からない。
「面白いことになってるなぁって思って」
今度は耳元で囁かれ、バッと距離を取るように立ち退いた。眼前にいたのは美しい容姿の青年だった。
「……瞬間移動……?」
「まぁ、そんな感じ。キミを閉じ込めた犯人、教えてあげようか?」
紅い瞳がエフレシアを捕らえる。その端整な顔立ちに思わず見惚れてしまう。
「……なんで知ってんの?」
「オレは魔術師だからね。何でも解るんだよ」
「……魔術師なんて居たんだ」
「この国では珍しいかも知れないねぇ」
確かに格好を見れば魔術師らしい雰囲気はある。
藍色のドレスが華奢な身体を際立たせており、長い金髪が特別感を抱かせる。
「その前に、貴方が誰だか教えて欲しい……」
「あぁ、ごめん。オレは、ルフラ。魔術師だよ」
「……ルフラ……」
「この学園にはキミの事を良く思わない連中がいるみたいだ」
「……そう」
「此処から出してやろうか?」
「……いや。助けが来るから待つよ」
「明日になるかもよ?」
「……流石に誰か気付いて欲しいけど」
「暢気だねぇ」
微笑む表情は無邪気な少年みたいだった。
「確証があるから」
「みんな気付いてないよ」
「それはキミの認識が甘いだけだよ」
そう呟いた瞬間、ガンガンと扉を叩く音が響いた。
「フレア!」
外から聞こえた声にエフレシアは笑みを浮かべる。
「あたしには絶対的な味方が居るんだ」
ルフラに囁き、エフレシアは返事をした。
「ククル、扉開きそう?」
「問題ない」
ガキィンと不協和音が耳に障る。けれど、次の瞬間扉が開かれた。
エフレシアを出迎えてくれたククルはその手に剣を握っていた。
「ありがとう、ククル」
「怪我は?」
「無いよ」
「気分は悪くない?」
「大丈夫。暇も解消されたし」
彼女の隣にいる異質な存在に気付き、ククルは剣を構えた。
「フレアから離れて」
「……キミはこの子のことが大切なんだねぇ」
「当然でしょ。守る義務がある」
「……あぁ、だからか。馴れ合いしないのはその為?」
意味深に呟くルフラをククルは更に睨みつけた。
「大丈夫だよ、ククル。怖くないよ」
「何でわかるの?」
「あたしに何もしてこない。こんな所に閉じ込める人なら危害加えてきそうな人ってことでしょ?ルフラはお話してただけだ。それに、めちゃくちゃ綺麗だもん!」
自信満々に言い放つ彼女にククルは興醒めし、剣を下げた。
「学園の者じゃないでしょ?」
「そうだねぇ。暇潰しかな」
ルフラはえへへっと愛嬌を振り撒いてみせた。
「フレア。もう授業始まってるから急いで戻らないと」
「……なんでククルは此処だって分かったの?」
「……見てた奴がいたんだって。ただその子、学校には来てない子だから大分小さな声で教えてくれた」
「そうなんだ」
「フレアをこんな所に閉じ込めたのは、3年の女子だって」
「……あら」
「質悪いよ。気に入らないなら直接言えばいいのに」
「護衛が居たらそんなこと出来ないと思うよ」
エフレシアの隣でルフラが遠慮がちに言った。
実際、学園の中ではククル達がエフレシアの横に張り付いているので誰かが危害を加える事は難しい。
「だからって……!」
「ククル。他の皆は?」
感情を吐き出しそうになる彼を止めるようにエフレシアが聞いた。
「……分かれてフレアの事探してる。あの二人も馬鹿じゃない」
「そっか」
「もう戻ろう。教師に報告しなきゃ」
「大事にはしたくないな……」
「何言ってんの。事実は知らしめるべきだよ」
「……そうだね」
「放課後も気をつけなよ、お姫様」
体育館から出ていく二人にルフラは見送りながら助言した。
「ありがとう、ルフラ」
手を振る彼女の姿が見えなくなると、ルフラはその背からバサッと黒い羽根を広げた。カラス色の美しい大羽根だ。
「あれが《エフレシア》かぁ。普通の女の子じゃん」
クスクスっと楽しそうに呟いた声は誰にも届かない。




