力量
無事にシュヴァルツ王国へと帰還出来たエフレシア達は城で事の成り行きを陛下に説明した。彼女の思った通り、メルヴィアが居なくなっても国王は「そうか」と納得し、新しい天使達を歓迎した。
「続々と増えていくわね」
何故か騎士達の訓練場にいたフィンとティタにも同じ説明をすると二人とも受け入れてくれた。
「人間相手に組み手か?フィン」
「そんな所よ。この国の騎士団は体術が成ってないみたいだから鍛錬して欲しいって団長さんに頼まれたのよ」
「いくら人間でも規格外は居るからな。そいつ以外は論外だ」
「規格外って?」
「副団長さんと団長の事よ。あの二人は別格ね。私とティタが相手にならなかったもの」
「それは相当だな」
「クロエとヴィトもやったら?手合わせなんて久々でしょ?」
「えー……痛いのやだよ」
「おれも動きたくないなぁ」
「相変わらず引け目ね。油断してるとやられるわよ」
「返り討ちにするから大丈夫」
ひらひらと手を振りながらクロエは欠伸する。
ヴィトが断る理由はエフレシアにもわかる。怪我は痛いし面倒くさい。周りにへたり込んでいる団員達を見ると相当訓練されたらしい事が見て分かる。
「ティタも体術やるの?」
ふと感じた疑問をエフレシアは投げかけた。
「ある程度は覚えがあるぞ」
「私には劣るけどね」
「そうだな……。ラピスにも体術では遅れを取った」
「あの子は特別じゃない。私も互角ってとこかしら」
「見た目が大人しいからよく絡まれていたな」
「そうね。仕掛けた方はバキバキにされてたみたいだけど」
フィンとティタの話を聞きながらエフレシアは団長の姿を探していた。いつもなら訓練場にいて団員達を指揮している。
「どうかした?」
辺りをキョロキョロしている彼女に気付きヴィトが声を掛ける。
「団長さん何処だろうと思って……」
「エフレシアの旦那か」
「二人のこと紹介したいし……」
団員に聞こうかと思ったがまた変な絡まれ方をされるのは嫌なので大人しく待つことにした。
「なぁ、お前も誰かに体術習ったのか?」
長閑な空気に飽きたのか、クロエが暇そうに聞いた。
「まぁ……そうだね。護身用的な感じだよ」
「剣も使えるの?」
「それなりに……。でも、前線に立つことは無いから腕も鈍るかも……」
「一一一なら、私と手合わせはどうかな?」
スッと後ろから声が降ってきた。見上げるとにこやかな団長が立っていた。
「戻ったんだね、エフレシア」
「はい……。ご心配おかけしました」
「凄く心配したよ。突然いなくなってしまったからね。無事に帰還してくれて良かった。その二人が新しい仲間かい?」
「情報早いですね」
「陛下から聞いたんだ。メルヴィアの事もね」
「そうですか」
「クロエにヴィトだろう?私は騎士団長のシンシアだ。よろしく頼むよ」
団長は二人に手を差し出し、代る代る握手した。
「それで?うちの団員達は全滅か」
くたばっている団員達の姿に半ば呆れながらフィンに視線を向けた。
「片手でも叩き潰せる位には弱いわね」
「剣の腕も上等とは言えないな」
厳しい感想に団長は頷いている。
「そうか。これまで以上に鍛えないといけないかな。まぁ、その為に実力を測ってもらったんだけれどね。今後も団員達に指導して頂けると嬉しいんだが」
「良いわよ。暇だし、身体も鈍るしね」
「鍛え上げるのは得意だぞ」
「頼もしいよ」
「一一一エフレシア」
振り向いた瞬間、誰かの剣が飛んできた。彼女は避ける事も無く、片手でキャッチしてしまった。
「団長とやるんでしょ?それオレのだから使って」
「……ありがとう、ククル」
でもいきなり剣を投げてくるのは宜しくない、と思いながらもエフレシアは心置きなく剣を構えた。
「やる気充分って感じだね、エフレシア」
団長も腰に身に着けている剣を一本取り出し、距離を保ちながら構える。
「手加減は要らないかな?」
「本気でお願いします」
「解った。仰せの通りに致そう」
空気が変わった事にバテていた団員達が起き上がり、二人の手合わせに視線が集中する。
「泣かせたら済まないね」
「上等です」
団長が口角を上げたのと同時にエフレシアから動き出した。
普段のおっとりした足取りではなく、一歩が早い。身軽なので跳躍力も活かされている。そのまま踏み切り、思い切り剣を振り翳した。
キィィン、と金属音が重なる。団長は片手で受け止め、笑みを絶やさない。
「いい動きだ」
「ありがとうございます」
「けれど、それだけだね」
気付いた時にはエフレシアは後方へ振り飛ばされていた。受け身が取れず、背中を打ってしまった。
すぐに起き上がろうとした瞬間、眼前に剣先が見えた。
「敵なら殺されていたよ」
「……そうですね」
「この程度ではないだろう?」
「……仕切り直します」
「OK」
団長は彼女から距離を取るようにして離れた。
エフレシアはゆっくり立ち上がり、砂埃を手で払い除ける。
結構力いっぱい剣を振り下ろした心算だった。それなのに片腕だけで反撃されてしまうとは。我ながら弱っちいなと内心で呟き、彼女は団長を見据えた。
団長はにこっと柔らかな雰囲気を纏っている。
「今度は私から行こうか」
瞬き厳禁とはよく言う。
今まで其処にいたのに一瞬で眼前に現れた。顔を近付けられ、その綺麗な顔立ちに心打たれたが団長の腕の動きに彼女ははっと我に返り間一髪で団長の剣を受け止めた。
振り下ろされた団長の剣は刃が手に食い込んでしまいそうな程重い。剣の重さは多分変わらない。ククルが以前そう言っていた。圧されているということは即ち非力である事を痛感させられる。
「それが本気かな?」
「……いえ」
「あまり無理はさせたくないからね」
余裕の笑みにイラッとした彼女は痛みにも構わずに力強く団長の剣を押し退けた。その反動で団長はふらつきはしたもののすぐに構えを取る。
「手、切れてしまったね」
エフレシアの両の手のひらに刃形の切り傷が出来ていた。地味な痛みが更に苛立つ。
「構いません」
「それ、ククルの剣だろう?」
「……あぁ……そっか。まぁ、お手入れします」
「そう。益々、愛おしく感じるね」
「ありがとうございます」
「一一一さて」
再度振り下ろされた剣を今度は受け止め、打ち返した。そして剣が幾度も交わり、連続して金属音が鳴り響く。
エフレシアは団長の動きを見切ったように攻撃を捌いている。団長はまだ本気ではない。だから彼女の腕力でも攻防が出来ている。
「……団長さんもえげつないわねぇ」
「性悪だな」
観戦しているフィンとティタが呟く。周りの団員達は団長の剣技についていっているエフレシアに感心しているが、ククルは不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「手は痛くないかい?」
「ご心配なく」
打ち返してもこちらから攻めても団長は余裕綽々で剣を振るっている。流石は一国の騎士団を率いるだけある。
けれど、防戦一方では体力の限界だ。手を怪我していなくても軈て来る痛みは同じ。それでも団長の手は止まらないし、防御しなければ首が飛ぶ。
「そろそろ止めたほうが良いのでは……?」
圧されているエフレシアを心配してか騎士の一人がフィン達に言った。
「余計な傷は負いたくないわ」
「同感だ」
ティタも止める気は無いらしく、楽しげに見守っている。
「でもこのままじゃ」
そう言いかけた瞬間、団長の剣が空高く飛ばされた。
途中から剣の重みを感じていた団長にとっては恐れていたこと。
エフレシアの雰囲気が先程までとは違い、敵意すら感じる。
「あら……。姫ちゃん、本気かしら」
「感情が分かりにくいな」
「そう?」
団長は動揺もせず、剣を捨て向かってきた彼女の拳を受け止めた。
白くて細い彼女の腕は団長の片腕だけで握り潰せてしまいそうだ。
「っ……」
「このまま折ってしまえそうだよ」
ミシミシ言う手に苛立ち、エフレシアは蹴りを喰らわそうとした。だが、寸止めされてしまい情けない格好になってしまった。
「一一一キミの力量では、私は倒されないよ」
「……弱いと言う意味ですか?」
「そうだね」
パッと手足を離され、身体がふらついた。
「私には敵わない。けれど、他の騎士達よりかは強い」
「……本気を出すまでも無いと?」
「惚れた女に本気なんか出せないよ」
不意に耳元で囁かれ、その吐息にクラっとした。
「また手合わせしようか。幾らでも付き合うよ」
団長はそう言い、休んでいる騎士達に向き直った。
エフレシアは足元にあった剣に気付き、足先でクイッと剣を拾い手に掴んだ。
指揮を取っている団長は気付いていない。背後からなど卑怯なのは重々承知だ。けれど、測ってみたいと思った。
なるべく足音を消して距離を詰めた……心算だった。
何で気付かれたのかは分からない。
エフレシアの剣先が団長の背を貫こうとした時、標的はズレてその上、エフレシアの手を掴みそのまま捻り上げられた。
「痛っ……!」
骨が悲鳴を上げる。痺れて手から剣が落ちた。
「自棄糞かな?」
「……いえ。試しただけです」
「背後から襲うのは宜しく無いね」
「すみません……」
謝ると腕は解放された。もし敵であったなら躊躇わずに折られていただろう。
「エフレシア」
ヴィトとクロエが心配しながら声を掛けた。
「腕、大丈夫?」
「……平気。汗かいたから部屋戻るね」
淡々とした声色に二人は付いていこうとしたがフィンが止めた。
「いいのかよ……」
「……今は誰にも顔見られたくないと思うわ」
彼女にとって団長との手合わせは楽しみにしていた事の一つだ。もっとじっくり対戦してお互いボロボロになるまでやるものだと勝手に思い込んでいた。
意図も簡単にあっさりと負けてしまうとは流石に参る。
部屋に入った途端、乱雑に服を脱ぎ放置した。
ランジェリー姿になると更に弱く見える。
「一一一フレア」
ノックと同時に現れたのはククルだ。彼は躊躇わず部屋に入り、エフレシアの前に跪くようにして顔色を窺った。
「泣いてんの?」
「……悔し泣き?かな……。団長、本気じゃなかった……。あたし、相手にもされない……」
「好きな女性に、本気で剣を振るえる男なんて極僅かだよ」
「でも……あたしは本気でぶつかりたかった」
「団長が本気でやったら死んじゃうよ、フレア。あの人はレベルが違う」
「それでも……対等になりたかった……」
ぐっと強く握りしめる彼女の手にククルはそっと触れた。
「また団長とやるなら、オレが指南する」
「……いいの?」
「フレアに教えたのは護身術含めだからさ。剣術も今度はみっちり教えるよ」
「……ありがと、ククル」
「天使達も心配してたから、後で顔見せてあげな」
「うん」
微笑み返すとククルも安堵の笑みを浮かべた。
「じゃあ、戻るから」
「あ、ククル。剣、汚しちゃったから後で……」
「いいよ。こっちでやっておく」
「ありがと……」
「ゆっくり休みなよ」
「うん」
その夜、団長はエフレシアの部屋を訪れた。
彼女一人だと思っていたので、まさか天使達が先に居るとは予想外だった。
「お邪魔だったかな?」
「いえ……」
「おれ達は部屋に戻るとしよう」
「えー……」
まだ彼女の側に居たいクロエとヴィトが反抗したがティタに睨まれ、仕方なく出ていった。
二人きりになると途端に静寂が支配した。エフレシアは団長から切り出してくれるのを待った。
だが、数分経っても団長は何も言わず部屋を見渡している。
「………あの」
耐えきれず彼女の方から声を掛けた。
「あぁ……すまない。少し、話をしたくてね」
「話……?」
「今日の手合わせの事だよ。ククルから聞いた」
「……もう吹っ切れました」
「キミは、私と同等に強いと思っているのかな?」
「……手合わせする前まではそうでした。自惚れですね」
「まぁ、今までキミが相手してきた者達は弱い者ばかりだったからね。強いと感じてしまってもおかしくない」
「ティタにもさっき同じ事言われました。自信過剰だったかもしれません」
「エフレシアは強くなるよ。筋も良いし、覚えも早いのだろう?ククルとの特訓の成果を楽しみにしているよ」
「……がっかりしましたか?あたしが弱くて……」
「そうではないよ。伸び代があるのは良いことだ」
褒められても然程嬉しく感じないのは団長が強い人間だからだ。力の差が歴然の相手に前向きな言葉を向けられてもピンとこない。
「……団長さんは負けた事あるんですか?」
「無いよ。生まれてから一度もね」
「じゃあ……なんで強いんですか?」
「私が強い人間だからだよ」
団長らしいなと思ってしまった。恐らくこの人は出来ると思ったことが出来てしまえる天才肌の人間。そういう人に周りは憧れを抱く。何より団長という称号がこんなに当てはまる人間はいない。
「それこそ自信過剰じゃないですか」
「当然だろう。私は己を信じている」
「……素敵です」
「自分を信じないで強くなれる訳が無い」
「……なら、弱いと実感してしまったらもう強くなれないですか?」
「それはその人間次第だ。弱いから強くなれない、努力の無駄。そう考えるのは宜しくない。弱いなりに強くなれる方法もあるんだよ。諦めなければね」
「……団長さんは弱い人の気持ちとか考えた事ありますか?」
「無いよ。私には分からない領域だからね」
「……なら、期待持たせる様な言い方しないで下さい」
「……気に入らないかい?」
「偉そうにって思ってしまいます……。団長さんは強いから、その目線でしか助言出来ない……。弱い人間にとっては苛々します」
「……癪に障ってしまったかな?」
「あたしは……!強いんだってずっと思ってて……。だから強いって称される団長さんが憧れだったんです。手合わせしたらきっと良い勝負になるって勝手に思い込んでて……。なのにあっさり負けて卑怯な手も使って……。バカみたいだ……」
目の前が歪む。握りしめた手が痛い。頬を伝う涙に更にイライラしてしまう。情けない。これじゃあまるで負け犬の遠吠えじゃないか。
「エフレシア」
団長は静かに彼女の名を呼んだ。
「悔しいと泣けるキミを羨ましいと思う。その涙も無駄じゃない」
「……そうですか?」
「その想いを強さに変えて私を負かせばいい」
「……良いんですか?今度は絶対負けないですよ」
「それでいい。一度決め込んだ想いは揺らがないよ」
「……負けません。強くなって、貴方と対等になります」
「楽しみだね」
ではまた、と部屋を出ていこうとする団長をエフレシアは呼び止めた。
「あ……いえ……。おやすみなさい」
「おやすみ、エフレシア」
バイバイと手を振りながら団長は出ていった。
言葉にしようとしてやっぱり違うと思い直して飲み込んだ。
まだ返事もしていないのだ。恋人ですらないのに何を期待したのだろう。 もやもやしながら彼女はベッドに寝転んだ。




