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獲物

「まさか、貴方と旅をする事になるとは思いませんでした」


無事に次の国へと移動出来たメルヴィア達は近くにあったカフェで寛いでいた。

綺麗な街並みをしたこの国は人々も豊かで市場も賑わっている。美味しそうな食べ物も沢山見かけたので宿が見つかり次第買う予定となった。


「不思議だよなぁ」

「ラピスとメルヴィアは親しいの?」


二人の関係性を把握しているイウラはボリュームたっぷりのパフェを食べながら聞いた。


「天界に居た頃はまぁ、それなりに話してたし」

「私は友人が多くはないのでいつもメルヴィアに寄り掛かってました」

「ラピスは大人しいんだよ」

「主張するのは苦手な性分なんです」


そういうラピスもイウラよりデカ盛りのパフェを食べていた。メルヴィアは珈琲だけで満たされるというのに。


「でもラピスって、天界を創った一人なんだろ?凄いじゃん」

「ありがとうございます……」


微笑みかけた瞬間、イウラの背後に迫る人間に気付き、ラピスは素早く彼の手を引き抱き寄せた。

ガシャン、とテーブルが壊され食べかけのパフェも床に散らばった。襲ってきたのは年配の男性。その手に斧を構えている。


「不意打ちか……」

「背後から襲うなんて卑怯ではありませんか?」


冷静な声色でラピスが男性を睨む。


「鳶色の瞳に褐色の肌、それにその紅い髪……魔族は死んだ方が人々の為だ」


イウラを見る周りの人々の視線が先程までとは異なり、異質なモノでも見るかのような目を向けている。店員ですら騒ぎを止めようとしない。


「何もしていないのに随分な言い方ですね」

「この街は魔族に襲われたんだ!」


男性は大声で叫んだ。

突拍子も無く国や街を襲う魔族も中にはいる。人間を傷付ける者も食べる者も奪う者も。どうしても乱暴な種族が目立ってしまう。それを習性と呼ぶならば粛清しなければならないと人間は武器を取る。だからいつまで経っても理解が行き届かない。

一度引かれてしまった線を消すのは容易くない。時には何百年かけても平行線のままだったりする。奪われた側なら尚更、魔族を憎んでいてもそれが普通の感情だ。


「彼が襲った訳では無いでしょう?」

「同じ魔族だろう!同族なら何をするかわからない!また犠牲者が出るのは真っ平だ!此処で根絶やしにした方が人間の為になる」

「……そうですか」


イウラを庇っていたラピスは静かに男性に向き直った。


「ラピス……」


止めに入った方が良いのはメルヴィアも解っている。けれど、仲裁した所で解決に至るとは思えない状況だ。


「それでイウラを殺しても得られるものなんて無いじゃないですか。ただ手を染めるだけ。奪われた者が甦るとでも信じているんですか?」

「なんだと?」

「無意味に襲う魔族は確かに悪い。ですが、私の仲間は理由もなく人や街を襲ったりなんてしません」

「どうだか。仮面被ってるだけだろう。裏切りなんて魔族にとっては得意分野だ。そいつだって人を喰らうんじゃないのか?」

「何も知らないクセに勝手な事を言わないで頂きたい」

「ラピス……」


話の中心であるイウラは戸惑いながらラピスを止めようとしている。だが、怒りに触れたラピスの感情は収まらない。


「どう言おうが魔族がこの街を襲ったのは事実だ!修復にどれだけ時間がかかったか計り知れないだろう!それでもおれ達は必死で頑張ってきたんだ!もう二度とあんな思いはしたくない!」


周りの人々も同じ思いなのだろう。男性の言葉に頷いている。


「……店を出よう。その方が賢明だ……」


メルヴィアが二人を促そうとした瞬間、激痛が背中を襲った。

羽根を隠していたからか天使族とはバレてはいない筈だ。ラピスも同じ、漆黒の羽根は目立ってしまうので往来の場では秘めている。

だから諸に背中に直撃した痛みは久々に苦痛を思い出した。


「メルヴィア!」

「魔族は誰彼構わず襲いやがった。おれ達の苦しみを味わえばいい!」


男性が振り翳した斧がメルヴィアの背中を切り裂いていた。人間なら即死の領域だが、天使族は案外丈夫に出来ているので然程重傷にはならない。


「大切な人が傷つけられるのがどれだけ痛い事か証明してや」


言い切る前に男性が持っている斧が炎に包まれた。


「……うわぁあぁあ……!」


慌てて斧を投げ捨て男性は腰を抜かしたのか尻もちを着いた。


「先に手を出した事、後悔させてあげようか?」


声色は優しいのに無表情なイウラに男性は畏怖を感じた。

鳶色の瞳が血の色に染まっているかのようだ。


「魔族をどう言おうが構わない。けど、やってもいないのに同族扱いされて挙げ句仲間を傷付けられたら……オレだって容赦しないよ」

「……所詮魔族は人間を殺さないと生きていけないんだろう?だから無闇矢鱈に無関係な人間を襲って喰らうんだ」

「そうだね。もうそれでいいかな。あんたの定義じゃ魔族は悪一色なんだね。解った、もう否定しない。それでこちらが認めれば納得するんだろう。ならいいよ。ありったけの悪口言いなよ。それでスッキリして死ねばいい」

「……え?」


イウラは右手に炎を宿し、男性と目線を合わせるように中腰になった。


「さぁ、どんと吐け。この街を襲った魔族はどんな奴らだった?具体的に何された。誰が死んで何を思った。憎しみか?殺したい程の殺意を抱いたか?ほら。言わないともう殺しちゃうよ?」

「ひっ……ぃ……」


先程までの威勢はどこへやらといった感じで男性は恐縮してしまっている。殺すと言われてその想像が出来てしまっているのだろう。口は震え、言葉すら浮かんでこないのだ。


「どこから燃やされたい?あ、オレの炎は生身の人間とか魔族とかしか焼かないから服に影響は無いよ」

「………だ……いやだ……。殺さないでくれ……!」

「えー……命乞いとかするの?ちょっとがっかりだなぁ……。あぁそっか。さっきまで自分の方が優勢だったって思い上がってた?武器持てば勝ち目あるとか簡単に決め込んじゃってさぁ。こっちは能力秘めてるんだよー?一般市民が舞い上がってんじゃねぇ」


イウラが周りを見渡すと人々は視線を逸らすように顔を背けた。


「脅しはこんなもんかな」


炎を消すと男性は安堵したように深く息を吐いた。


「メルヴィア、怪我は?」

「治りかけてますけど、時間がかかりますね……」

「……っ」


怪我の影響か、メルヴィアは不快を感じ、嗚咽してしまった。


「メル?他に痛い所は……」

「……ごめ……っ……」


何度吐き出しても不快感は無くならず、見兼ねたラピスがメルヴィアを腕に抱き店から出た。


「顔面蒼白だな。身体弱い子?」 


ぐったりしているメルヴィアを見ながらイウラは聞いた。


「天使族は大体丈夫なので、これは所謂ストレス的なものでしょう」

「ストレス?」

「溜まると厄介なんですよ」

「そんなもんかね……。アクトは?」 

「宿が取れたらここに来ると言ってましたけど」


市場から離れた路地に入り、そこで休むことにした。人通りもなく、陽射しも通らない薄暗い場所だ。

ラピスはメルヴィアを下ろし、壁に寄り掛からせるようにして座らせた。


「イウラは、大丈夫ですか?」

「何が?」

「先程の事です。もう何度目でしょう」

「いいよ、気にしてない。魔族の扱いなんてあんなもんだし、憎みたいんだろう?言わせておけばいいから」

「……許せない。魔族だからと蔑まれるのは間違ってます」

「実際、街とか、国ごと焼いちゃう魔族もいるしね。良い魔族なんてのは存在しない」

「イウラは私達の仲間です。良い所も沢山知ってます」

「ありがと、ラピス。それだけで十分だから」


微笑んだ矢先、イウラの腹部から長い刃先が貫通した。何の気配も無く、ラピスも状況判断に遅れた。身構えていなかったイウラは無抵抗で間もなく吐血した。


「イウラ……!」

「此処で張っといて良かったぜ。魔族を仕留めたら報酬が貰えるってな!」


物陰から出てきたのは薄汚い服装をした少年達。5、6人は居るだらうが皆痩せ細った身体をしている。その割には頑丈そうな武器を手にし、魔族であるイウラを狙っていた。


「さっさと捕獲しろ!」

「やめて下さい……!」


ラピスが阻もうとした瞬間、背後から鈍器な様な物で頭を殴られた。その衝撃にはいくら頑丈である天使族でも激痛だ。その果てに意識を奪われる。


「おい、こいつらは?」

「獲物は魔族だけだ!余計な事はいいからさっさと連れて行け!」


慣れた動きで少年達はイウラを鎖で巻き付け、担いでいった。

薄れ行く意識の中、遠くに連れて行かれる仲間の姿がラピスの目に焼き付いた。

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