旅の再始
死体の処理には時間が掛かるらしく、ラピスとイウラはそのまま外で待機することになった。
使われていない空き家に入り、エフレシアは横にならせて貰った。それだけで随分楽になる。
「添い寝してやろうか?」
クロエがにこやかに聞いた。何故か懐かれたらしく、先程からエフレシアの側にくっついている。
「……背中擦って欲しい……」
「いいぞ」
無下にされないのでクロエは喜んで従った。その様子をヴィトは半ば呆れながら眺めている。
「嫌ならはっきり断りなよ」
「……うん。ありがとね、ヴィト」
エフレシアに微笑まれ、ヴィトは頬を赤らめた。
ほのぼのとした空気が漂う中、メルヴィアは目の間にいる青年を凝視していた。紛れもなく、あの日助けてくれた勇者だ。名前は違うが、雰囲気は変わらない。離れていた時間が長かった所為もあるのだろう。何を話せばいいのか分からない。
「一一一メルヴィア」
気まずそうにしている天使に青年はそっと歩み寄り、折れている片翼に触れた。
「……あの時の……。痛かっただろう?」
「……今は、痛みはない……。大丈夫だよ」
「お前に辛い思いをさせた……。すまない」
「勇者が謝る事じゃ……」
言いかけた瞬間、何かを感じメルヴィアは振り向いた。今まで折れていた片翼が綺麗な羽根に戻っている。
「……なんで……」
「治した。再生……といった方が良いかな」
「……そんな能力……持って……」
「先日、貰ったんだ。あまり使う機会はないけど」
「……貰った……?」
「その羽根なら、長距離も飛べるだろう?」
「……そうだね……。ありがとう……」
何故かぎこちない感じになってしまい、メルヴィアはどうしたら良いのか困惑していた。
「……あの後、レスティを助ける為にもう一度あの国に行ったんだ」
メルヴィアの様子を悟ってか、青年が話し出した。
「レスティは……?」
「居なかった。……いや、国ごと亡くなっていたんだ」
「えっ……」
「まるで焼け野原みたいに跡形も無かった。滅ぼされたか自滅したかは分からない。天使の羽根すら見当たらなかったんだ」
「……じゃあ……レスティは……死んだ?」
「そうとも言い切れない。ラピスは天使の残滓は感じなかったそうだ」
「……でも……能力者がやったならそれすらも残さない……と思う……」
言いながらメルヴィアは言葉を濁した。動揺と困惑が収まらず正確な思考が出来ずにいる。
「メルヴィア?」
隣りにある青年の優しい微笑があの頃を思い出す。
旅をしていた楽しい思い出。辛い時でもそれを糧に生きてきた。
「……悪い、勇者。久しぶりに会ってどうしたら良いのか解らなくなってる……」
「うん」
「勇者……っ……」
逢えて嬉しい筈なのに何を言葉にしたらいいのかも分からない。それでも青年は静かに傍にいてくれる。
「メルヴィアは、何故この島に?」
「……巻き込まれたんだよ。流れで此処にいる。勇者は?」
「人捜しだ。この島で見かけたっていう情報を聞いて来た」
「まだ、捜してるんだ……」
「なかなか難しい」
一緒に旅をしていた時に教えて貰った。
青年には捜し人がいて、その人に逢う為に旅をしているのだと。
一方的な別れ方をした為、後悔が拭いきれないらしい。
「あの二人とはどうやって出逢ったの?」
「そうだな……。旅の途中でトラブルに巻き込まれてる所を助けたんだ」
「……優しいね、勇者は」
「ありがとう、メルヴィア」
「そうやって、優しさで助けてたら先に進めないよ」
「……半分は贖罪かな」
青年はあまり自分の事を話さない。此方が聞けば答えてくれるが、何も聞かなければずっと解らないままだ。だからメルヴィアは旅をしている時はいつも聞いてばかりいた。沢山話したかった。もっと知りたかった。その欲で青年という人間を理解したいと思った。
「勇者は……仲間の二人が人を殺めても止めないのか?」
「……場合にもよるけど。イウラも魔族だからと偏見や差別されてる。やられたらやり返せばいい」
「……アクトって言うのは……?」
「あぁ、そう名乗ってるんだよ。狙われる事もあるから……」
言葉の途中で青年は何かを察したらしく辺りを見渡した。
「……勇者?」
「アクト!盗賊だ!」
勢いよく扉を開けてラピスが叫んできた。
その声に転寝をしていたエフレシアも目を覚ました。
「盗賊?」
「この間の奴らだ!此処まで追いかけてきたのでしょう」
「……そうか。メルヴィア達は此処で休んでて」
「でも……」
「大丈夫」
優しく頭を撫でられ、メルヴィアは何も言えなかった。
青年はラピスとともに外へ出ていき、閉められた扉に結界を張った。
「……大丈夫なの?」
怪訝そうにクロエが聞くがメルヴィアは聞いていない様だった。
「結界張っていったね。かなり強い」
「ヴィト、わかるの?」
「うん。外へ出るのは無理そうだ」
「絶対的な自信があるからそうしたって事?」
「それか、巻き込みたくないかだね」
メルヴィアを一瞥しながらヴィトは呟いた。
その瞬間、外から物凄い爆音が聞こえた。何が起こったのかこちらからではわからない。そんなに激しい事になっているのだろうか。
「エフレシア。具合はもういいのか?」
クロエが心配そうに聞く。
「うん。少し楽になった」
「じゃあ今度はおれが膝枕してやる」
「えっ、いいの?」
「床よりかは寝心地いいよ」
「そうだね……」
「そうだねじゃないだろ」
普通にクロエの膝に寝転がろうとする彼女をメルヴィアが止めた。
「ダメ?」
「あの団長に知れたら厄介だぞ?」
「でもクロエがいいって……」
「お前は駄目だ。クロエも図に乗る」
「……ごめん」
エフレシアは半ば反省しながら謝った。
「なんだよ、メルヴィア。硬いなぁ」
「五月蝿い」
「なに、エフレシア。お前、恋人いるの?」
「恋人……というかまぁ……一応?」
「もの好きもいたもんだな」
「団長さんは外見主義じゃないし」
「団長っていうのは騎士団とかの?」
「そうだよ。あ、クロエとヴィトも一緒に帰城する?」
彼女の発案にメルヴィアは不機嫌な表情になった。
「なんで一緒に連れてくんだよ」
「だって多い方が楽しいかなって。それともあの島に帰る?」
「いや。このままお前らについていく。稼ぎもなくなったしな」
「クロエがいくならぼくも一緒に行く」
にこやかに頷くエフレシアに対し、メルヴィアは深い溜め息をついた。
「大所帯になりそうだね」
「……楽しそうだな」
「うん。仲間が増えるのは嬉しい」
「そうか……」
無下にも出来ないのでメルヴィアも受け入れる事にした。
外の喧騒が聞こえなくなった頃、扉が開いた。
結界の気配も消え、ヴィトは安堵する。
「勇者……」
「手早く片付けたからもう大丈夫だ」
微笑む青年の後ろでラピスとイウラは身体を伸ばす仕草を見せた。
「やけに激しかったな」
「まぁ、盗賊は乱暴ですからね」
「纏めて海に流したよ。俺らも、そろそろこの島から出ないと」
「焼き払うの?」
不安そうにメルヴィアが聞いた。
「いや。死体の処理も終わったからその必要は無くなった」
「そっか……」
「お前も一緒に来るだろう?メルヴィア」
「……えっ?」
不意な言葉にメルヴィアは理解に遅れた。
また青年とこうして出逢えたのは幸運だった。奇跡に近い。それでも、青年にはやるべき事があって今は新しい仲間もいる。だから当然、行く道は別になるのだと思い込んでいた。
「でも……」
「一緒に行って、メルヴィア。ずっと会いたかった人なんでしょう」
迷う天使の背中をエフレシアが押した。
「エフレシア……。でもオレは……あの国王に金で買われた。勝手な事したら……」
「メルヴィアは商品じゃない。金でやり取りされるのがそもそもおかしいんだよ。ちゃんと意思もあるし、助けたい子もいるんだよね?だったら、その為に檻から出ても誰にも文句は言わせない。本当に一緒に居たい人の側にいて」
彼女はただの世話役だった。
それまでにも同じような人間が世話役としてやってきたが、結局はメルヴィアの外見狙い。だから数日と経たずに辞めていった。彼女も同じ類だと信用なんて持たなかった。けれど、メルヴィアに手を出すどころか干渉もせず、ただ本当に世話だけ見てくれた。それがメルヴィアにとっても居心地は良かった方だ。
これからもこの関係が続いていくものだと勝手に未来視していた。現実なんてそんな簡単なものじゃない事にも素知らぬフリをしようとした。
「……本当に良いのか?オレの所為でキミが罰せられたりしないか……?」
「大丈夫だと思うよ。あの王様は結構いい人だし、フィンやティタも居る。寂しくはない」
「……ごめん。巻き込んだのはオレなのに……」
「お陰でクロエとヴィトに出逢えた。謝ること無いよ。メルヴィアはその人達と一緒に旅をしておいで」
「エフレシア……」
こんなに早い別れが来るとは思わなかった。揺らぐ意志を振り払い、メルヴィアはそっと彼女を抱き寄せた。
「ありがとう、エフレシア。行ってくるよ」
「うん。楽しい旅である事を祈ってる」
二人の別れが済んだ後、ぞろぞろと皆空き家から外に出た。
「……ねぇ、エフレシア。どうやって帰るの?船?」
海辺には小さな小船しか残っていない。それで海を渡るのは難しい。
「これを。移動魔術の一種だ」
考えていると青年が小さな石をエフレシアに渡した。
「……なんだろう?」
「行きたい場所に瞬間移動出来る魔術具だ。一度しか使えないけど」
「……あなた達はどうやって?」
「もう一つ同じものがある。腕のいい魔術師に貰ったんだ」
「なら、心配ないね」
波が漂う中、二組の石が淡く光った。
「またね、メルヴィア」
「天使達をよろしくな」
最後の挨拶とともに皆光に包まれ、その場から音も無く消えた。




