強い人間
「おかえり。エフレシア」
戻って来る彼女の姿を見つけると団長はにこやかに出迎えた。
その隣には、顔をバキバキにされた魔族の青年が礼儀正しく正座をしている。
「それはお土産かな?」
エフレシアが引き摺ってきたものに対し、彼は笑みを崩さずに冷ややかな視線を向けた。
「ゴミです」
ドサッと放り投げられたのは、シトラス学園の教諭である男性。
こちらも全身バキバキにされ、顔も判別出来ない位に腫れ上がっている。
「その頬の腫れは?」
「あの子達を助けた後、シトラス学園へ行ったらこの人がいたから問い詰めました。そしたら、いきなり張り手です」
「それは酷いな」
「だから正当防衛です。女だからと甘く見ていたのでしょう。その油断がこの結果です。ティタが証人です」
「分かった」
「団長さんは魔族と何かありました?」
今度はエフレシアが冷めた視線を魔族に向けた。
「色々ムカついたからね」
あんなに美人な顔立ちをしていたのに、今では見る影すら無い。
「そのまま帰すのですか?」
「此処で殺しても構わないよ」
「居られても邪魔です」
「判断が早いね。私が帰してくるよ。衛兵達がもうすぐ来るそうだから、その人連れて城に戻ってて」
「了解です」
「団長殿。おれも同行して良いか?」
ティタが静かに名乗りを上げる。
「何か気になることでも?」
「エフレシアの事は衛兵達にお任せしたい。魔族の気配はもう無いからな。大丈夫だろう」
「……そうか。好きにしろ」
団長の許可が出て、ティタは穏やかに笑んだ。
魔族が管理する領域がこの国には存在する。
互いの事には干渉しない。それが条件の上に成り立っていた。
薄暗い広大な森。誰かの案内がないと一瞬にして迷い人と化す。
団長は何度も足を踏み入れているので慣れた足取りだった。
「大丈夫かい?」
隣を歩く天使は見るからに体調が悪そうだ。魔物の瘴気が障るのだろう。天使とは真逆の存在だ。
「久々の臭いに対応仕切れていないだけだ。問題ない」
「そうか」
ガサッと誰かの気配を感じ、二人は身構えた。
「……人間?」
現れたのはまた端整な顔立ちをした青年だった。金色の髪にマルーンの瞳が団長とティタを捉える。
「君たちの仲間が街に侵入してきたんでね。送り届けにきたよ」
まだ顔がパンパンに腫れている魔族の青年を彼に引き渡した。
「あらまぁ。態々律儀にどうもありがとう」
「お前は人間か?」
ティタが青年を睨みつけながら聞いた。
「人間でもあるし、魔族とも言えるかなぁ。このバカが世話になったね」
「魔物の管理は君が?」
「今は俺がやってるよー。最近は事情の知らない冒険者がわんさか来るからさぁ」
「結界は張らないのかい?」
「あー……。出来る奴が殺されたって。だからこの森ももう出払わないといけないんだよね」
「愚かな人間が迷惑をかけたね」
「全くだよー。どうにかして」
「今一度、国王に報告しておく。対策は設けられるだろう」
「そう……。改善されなければその時は街を襲う」
途端に低い声で、その瞳は今にも誰かを殺しそうな程に殺意を抱いていた。
「ところで、何故天使族が此処にいるのかな。天使刈りにあったと聞いていたけど」
「生き残った者もいる。魔族にまで知られているとは災難だ」
「人間は魔族を恐れているからね。逆に天使族は高値で取引される存在だ」
「解り合える筈は無いと?」
「うーん。理解したくもないかな」
「……無駄足だったようだな。すまない、団長殿。もう戻る」
「そうか。私も用は済んだからな。近々また報告に来る」
青年にそう伝え、二人は早足で森から出た。
街まで戻ると空気も変わり、ティタの顔色も良くなっていた。
騒ぎが収まった事を知り、人々もちらほらと外に出ていた。
「魔族と何か取引でもしたかったのか?」
辺りの光景を見渡しているティタに団長が聞く。
「いや……。知った顔があるかと思っていたのだが見当違いだったようだ」
「……そうか」
「魔族は何を考えているのか解らない。天使族の事も良くは思っておらん」
「陛下にご報告しなきゃだね。キミも城に戻るか?」
「共に行く」
街の治安も穏やかに戻りつつある事を確認しながら、二人は帰城した。
その夜の事。
エフレシアはどうしてもパフェが食べたくなり、メイド達にお願いしてキッチンで作らせて貰った。我ながら出来栄えも良く、味も大丈夫だったので団長と一緒に食べようと部屋を訪れた。
「こんばんは、団長さん」
「……こんな時間にどうしたんだ?一人かい?」
「はい。パフェを作ったので食べませんか?」
「おや。キミが?」
「頑張りました」
「そうか。いいよ、中へどうぞ」
「失礼します」
団長の部屋はスッキリしている。必要最低限の家具しかなく、ベッドもソファも手入れされていて綺麗だ。
「コーヒー、飲むかい?」
「はい」
ソファに案内されたエフレシアは腰掛けながら答える。手前にあるテーブルには彼女が作ったパフェが置かれている。
「天使達には何も言われなかったのか?」
「……結構……止められはしましたけど……」
「私なら大丈夫だと?」
「はい。団長さんなら信頼されているので」
「……そうか」
コーヒーの良い香りとともに団長がマグカップを2つ置いた。
そして静かにエフレシアの隣に座る 。
「シャンプーの匂いがする」
「あ……さっきお風呂入って……」
「態々、入浴後に来たのかい?」
「……デートの続きしたくて…………来ちゃった」
少し頬を赤らめながらエフレシアは正直に言った。
彼女の反応に団長はそっと手を伸ばし、その頬に触れる。
「……怪我はもう大丈夫かい?」
「はい。痛みもなく」
「……傷を付けられても、気にしないのか?」
「いちいち気に病んでたら時間の無駄なんで……」
「そうか」
「あの……パフェ食べませんか?」
「……あぁ。そうだな、美味しそうだ」
褒められ、エフレシアは嬉しそうに微笑んだ。
二人でパフェとコーヒーを嗜み、意外と早く時間は過ぎた。
他の騎士達も眠りについている。
「ご馳走様。とても美味しかったよ」
「ありがとうございます!」
「また作ってほしい」
「あ、そしたら今度はカップケーキ作ります」
「楽しみにしているよ」
「はい。頑張ります」
「エフレシア。今夜は泊まっていきなさい」
自室へ戻るつもりだった彼女は止められてきょとんとした。
「もう夜も深いからね」
「……良いんですか?」
「あぁ。ベッドは好きに使っていいから……」
「えっ」
「ん?掃除はしているから綺麗だよ」
「あ、いや……。一緒に寝ないんですか?」
「……それは、誘っているのかな?」
「いえ……添い寝的な意味でなんですけど……」
「エフレシア」
不意に団長が立ち上がり、エフレシアは動揺したのと同時にバランスを崩し、ソファの上に倒れてしまった。
「……団長さん……」
彼女の上に覆い被さる態勢になった団長はいつもとは違う視線を向けた。
「このまま襲われても、文句は言えないんだよ」
「……団長さんになら、そうされても怖くないです」
「油断し過ぎだ。これでも私は自制しているというのに」
「こんな少女に欲情するんですか?」
「するよ。キミは魅力的だ」
「そう褒めてくれるのは嬉しいです」
「……まだ、キミから返事をもらっていないのに……私は……期待してしまう……」
顔を背けながら団長は彼女から離れた。
「すまない……」
「いえ……」
「添い寝なら、いいのか?」
「一人でベッド使わせて貰うのも申し訳無いので……」
「解った。一緒に寝よう」
確かに、一人で寝るには大き過ぎるベッドだった。
二人は向かい合いながら横になった。
「あの……今日、何か言いかけてましたよね……?お店で……」
「あぁ……。ククルの事かな」
「彼が何か?」
「……ククルは強いね。統率力もある。でも……協調性に欠けるかも知れない。あまり騎士達と親しくしないみたいだ」
「あー……。そうですね……。馴れ馴れしいのは苦手みたいなので」
「そうなのか」
「お兄ちゃんともそんなに話さないし……」
「まぁ……信頼はされているから問題は無いと思うけれどね」
「良かったです」
「……今日は疲れただろう。ゆっくり眠るといい」
「はい。お休みなさい」
微笑んだ彼女に団長はまた胸が高鳴ってしまった。




