遭遇
今まで誰かに想われた事など無かった。
幼い頃から何故か妬みの対象になり、仲間は疎か友達すらいなくて感情も薄かった。
だから、「愛しているよ」なんて女を忠犬にさせるだけの戯言だと見ない振りを決め込んだ。
バシッ───
女の平手打ちは朝一で受けるものでは無い。
まだ脳が働き出してないのにこの衝撃はキツい。
「しゃしゃり出てきてバッカじゃないの!」
キンキンした声がまた更に響く。
眼前にいるのは学生服を来た少女達。
この国に来た時に微かに目にした事のある制服はシトラス学園のものだ。シュヴァルツ王国が誇る優等生な学校。高い能力を秘める生徒もいるらしい。品行方正な印象を受けたが、今は微塵もそんな感じはしない。
「ムカつく」
吐き捨てるように言い放ち、少女の一人が物凄い目つきで睨んでくる。エフレシアはもうどうしようもなくなってしまったので事の流れを任せる事にした。
「あんた、騎士団長様の婚約者って噂の子でしょ?いきなりこの国にやってきて横から奪うとか失礼にも程があるんじゃない?」
「……そうですか」
「騎士団長様はね、私達の憧れだったのよ!本気で片想いしてる子もいるの!カサンドラ様ならまだ諦めもついたわ。でも貴方なら話は違う。そんな、ちんちくりんみたいなガキ、騎士団長様が本気になる訳ないじゃない!」
初めて会ったばかりだと言うのにちんちくりん呼ばわりは厳しいなと思いながらエフレシアはまだ続きがあるのかと先を待った。
「……なによ……。言い返さないの?貴方も思ってるんでしょ?釣り合わないって!貴方から婚約者を解消すれば騎士団長様も相応しいお相手と婚約出来るのよ!」
「分を弁えろって事よ、泥棒猫ちゃん」
「……すみません」
叩かれた頬が痛い。
別に何も態々この子達の相手をしなくたって良かった筈だ。
ただ、見過ごせば良かっただけ。
ふと視線を向けたのが運の尽き。
城下町の路地裏で、少女達が一人の女の子を暴行しているのを視界に捉えてしまった。
いじめなんてどこの世界にも存在する。
態々、外側の者が介入する義理などない。
それでも、エフレシアがしゃしゃり出たのは、囲まれている女の子が傷だらけだったからだ。右腕から尋常じゃない位の出血を見てしまっては見て見ぬふりは綺麗事だと思った。
「それに。その子庇っても報酬とかないから。貧乏なクセにうちの学園に入るなんて図々しいったらありゃしない」
「腕の一本でも切り落としてやったらそれ相応の価値があると思ったのに」
「手加減してんじゃねーよ、リーシャ」
少女達の後方には様子を眺めている少年がいた。いじめにも口を出さず少女達のことも咎めず、静かに傍観している。
「余所者が介入しないでくれません?」
見下す様な目を向けられ、エフレシアは溜息をつく。
なんかもうどうでもいいし、バカバカしい。
「騎士団長様の婚約者だからって調子に乗るなよ」
「リーシャ!この子ならイケそう?」
「あ、大丈夫だって。目がそう言った」
「二度とでしゃばれない様にしてやるよ」
一人がナイフを取り出し、エフレシアの顔に近付けた。
「ブスな顔に傷までついたらもう女として見てくれないね」
顔だけで判断されるのにも慣れている。
綺麗な人は報われてそうでない人は不幸になる。
それは、願いが叶わなかったものが夢見る報復。そうなればいいと歪んだ瞬間から、善意の判断が鈍感になっていく。
やだなぁ……。
「ざまぁ!」
愉しげに少女はナイフを振り上げ、先程叩かれた方とは違う頬に紅い線が彩った。
「あーあ。かわいそう」
微塵も思ってないだろう的な態度で彼女達はなんだか愉快だ。その酔いにいつまで浸っていられるだろうか。
「痛いな……」
「ブッサイク」
「これで騎士団長様にも愛想つかされるでしょ」
「そんな子助けるから痛い目にあうのよ」
エフレシアが助けた少女は怯えていて動けもしない。腕の痛みでそれ所では無いのだろう。それにしても、甘えすぎもどうかと思われる。
「このまま服剥ぎ取れば……」
「───お前ら避けろ!」
何かを察知した少年がまだ遊び足りない少女達を遠ざけ、その手にした剣で攻撃を受け止めた。
金属音が鳴り響き、耳に残る。
「……受け止めるとは意外だったな」
物凄い速さで現れたのは少女達の憧れの存在だった。
「騎士団長様は、学生を手に掛けるんですか?」
少年は気圧されずに問いかけた。
「事によっては、それ相応の罰を与える」
「貴方の為にした事でも?」
「エフレシアを傷付けておいて、弁解するのか」
「オレ達の事情に首を挟んできたんだ。無傷で見逃す事は出来ない」
「何故?」
「もう二度と、介入してこないように」
「学生は暇なんだね。シトラス学園はもっと優秀な感じがしたんだけど」
「優秀ですよ。だから、息抜きも必要になる」
「暴力は息抜きか?」
「ほんの戯れじゃないですか」
悪びれる様子もなく少年は淡々と答えていく。
それに対し、少女達は騎士団長様を間近で見られて嬉しそうだ。
「───分かった」
団長は剣をしまい、少女達を見据えた。
「酷い有様だな」
不意に聞こえた声とともに傷だらけの頬に触れられ、エフレシアは肩を揺らした。
「……ティタ」
「女性の顔を傷付けるとは容赦ない。おれが仇討ちしてやろう」
「い、いい!大丈夫!そこまでする事でもないので!」
ティタなら本当にやりかねないのでエフレシアは必死で止めた。
「しかし、やられ損ではないか?」
「まぁ、気は済んだだろうし。憧れの団長様にも逢えたみたいだし。良いんじゃないかな」
「……復讐にも及ばないと。賢明な判断だ」
「あぁ……それより、この子の方が重傷で……」
「おや」
「怪我とか治せる……?」
「済まない。おれは専門ではないからな。手当てした方が良いだろう」
「城に連れて帰っ」
「───何をしている!」
張り裂けそうな叫び声が彼女の言葉を遮った。
次から次へと色々な人が現れるものだ。
「学園の外で問題行動は違反だ!お前ら全員寮に戻れ!」
「シトラス学園の教員の方ですか?」
怒りが収まらない男性に団長が聞いた。
「そうだ。あんたはアレだろう?騎士団だろう」
「シュヴァルツ王国の騎士団長を務めております」
「私の生徒達に手を出さないで頂きたい」
「まだ何もしていません」
「五月蝿い!とにかく、全員寮に連れて帰る」
「あ、待って!」
無理矢理少女達を連行していこうとする教員をエフレシアが止めた。
「その子、怪我してる。ちゃんと治療を……」
「見ればわかる。こちらで対処する」
半ば反抗気味な少女達は教員の圧力に適わず、そのまま街の中を通って行った。
「教員があれだと、学生も歪むのは当然か」
「団長さん、怪我は?」
「私の事よりキミの手当てが先だ。痛かっただろう」
「……少し……」
「済まない……。もう少し早く気付いていたら……」
「いえ。はぐれたのはあたしなので」
この日は団長に誘われ、街中デートをしていた。何故かティタも一緒に付いてきたが、 険悪な空気にもならず穏やかに過ごせる筈だった。
「近くに店があったな。そこで休むとしよう」
ティタが見つけたらしいカフェへとりあえず入り、奥の席へ座った。客も少なく店内には穏やかな旋律が響いている。
「傷は深くはなさそうだな……。滲みるけど」
「大丈夫です」
店員に事情説明し、救急箱を貸してもらった。オーナーが団長と知り合いだった事もあり、色々と配慮してくれた。
切りつけられた頬に消毒液がピリつく。自分では見れないので地味な痛みには耐えるしかない。
「それにしても酷いな。あれは学生なのだろう?仮にも王族である彼女にここまでの仕打ちが出来るのか?」
エフレシアを労りながらティタが団長に聞く。
「普通はしないだろう。いじめがあった事も初耳だ。あの学園は優秀な生徒が多い。学歴に傷が付く行為は避けていると思っていたけれどね」
「……いじめを見られて動揺したんだと思います。加えてあたしが団長さんの婚約者だって知ったからムカついたみたいで」
「何故それでキミに火の粉が飛ぶんだ。エフレシアは私の妻になる人だ。それは揺らがない」
「ありがとうございます、団長さん」
「やられたらやり返してしまえば良い」
冷静な口調でティタが呟く。
「いや……街中でぶっ飛ばすのは如何なものかと……思って……」
「エフレシアの強さを見れば彼女らも敵わないと知るだろう」
「団長さんの方が強いですよ」
「そういえば、まだ手合わせをしていなかったね。今度、私としてみるかい?」
「是非。」
エフレシアは笑顔で受け入れた。
手当も終わり、頬には大きな絆創膏が貼られた。
「───だが、意外ではあるな。団長殿程の人間なら、言い寄ってくる女は数多であったろう?」
オーナーからのサービスで頂いたコーヒーを飲みながらティタが話を戻した。
「沢山いたよ。殆どが私の強さと権力と外見目当てで来た女性ばかりだったけれどね。中身を知ってもらう前に一方的に好かれても困る。見かねた王が、カサンドラとの婚約をさせたんだ」
「カサンドラとは?」
「国王の娘だ。今は体調不良で療養中だけれどね。私は彼女を好いていたし、関係は良好だったよ」
「……それが何故今はエフレシアが婚約者なんだ?」
「カサンドラには他に好きな人がいるみたいだから。その人の事が忘れられないらしい」
「直接、聞いたんですか?」
「話してくれたよ。だから、婚約は解消したいって。私も同意した。まぁ、お陰でエフレシアと出逢えた事には感謝だね」
「二人はもうそういう関係なのか?」
「正式に婚約発表するのはもう少し先だと思うけど、王様も認めてくれているみたいだしね」
「それならすぐにでも発表した方がエフレシアの為になるのではないか?先程の様な扱いは受けないだろう?」
「まだ、エフレシアから直接答えを聞いていない」
その言葉に彼女はドキッとした。
妻にならないかと言われてからハッキリとした返事をしていない。あの夜も違う話で終わってしまった。
「すみません……」
「焦ることは無いよ。お互い、まだ知り合ったばかりだ」
今すぐにでも答えを出してしまえばいい。
団長が大切にしてくれること位、よく分かっている。
「何か食べようか」
「このぱふぇなるものはなんだ?」
「甘いおやつみたいなものだよ。頼むかい?」
「頂こう」
「あ、あたしも食べたい……」
「では、これを三つ貰うとしよう」
団長が店員を呼び、スムーズに注文した。
「あの、団長さん」
「何だい?」
「お兄ちゃんはどうですか?」
「ロキは頑張っているよ。ククルとも手合わせしているしね」
「そうですか」
「ククルも強いねぇ。久々に頼りになる子が出来て嬉しいよ」
「良かったです」
「ただ……」
その先の言葉を遮るようにして、遠くから甲高い悲鳴が聞こえた。
「……トラブルかな」
「───団長殿。魔物が現れたようだ」
扇子で口元を隠しながらティタが確信めいたように伝えた。
「何故分かる?」
「天使と魔物は似たような存在故、その力の探知が鋭い。しかもこの気配、強い魔物のようだ」
「そうか。お前を信じよう、ティタ」
楽しみにしていたパフェがお預けとなり、エフレシアは残念そうに店から出た。
外は大騒ぎだった。逃げ惑う人々で阿鼻叫喚となり、皆、我先にと駆けていく。
「おやおや……。これは想定外」
街中を我が物顔で歩いていたのは綺麗な青年と歪な外見をした魔物達。見るからに人間でないことは確かだ。魔物の方は犬のように威嚇している。人々が逃げ出すのも当然だ。
「面倒………」
エフレシアは、気怠げ気味に呟いた。




