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魔族

暗い……。

冷たい……。

空気も薄い……。


「誰か……」


小さな格子窓から月が見える。

今宵は満月か……。

月の光だけがこの狭い世界を照らしている。

人里離れた深い森の中にひっそりと佇む蔵の中。

その中にある座敷牢……。

辺りは暗くて何があるのかすら分からない。

時々、食料を持った人間が現れては無言で去っていく。

まぁ……犯されるよりかはマシか。

昨日の気持ち悪さがまだ下腹部に残ってる。

一気に三人の相手をする側にもなって欲しい……。

嗚呼…………めんどくさい。

何も思いつかない。


「───え?」


ふと格子窓を見上げると誰かの顔があった。

覗いている……。あれはもれなく覗きに来た者の目だ。


「誰だ?」

「お!気付いた気付いた。やぁ!囚われの姫様」


幼い声。子どもなのかもしれない。


「道に迷ってしまってね!此処は何処だい?」

「……それ、オレに聞くのか……」

「これって蔵だよねぇ?金持ちの家かと思って忍び込もうとしたら逃げ場を失ってね」

「……泥棒?」

「助けてくれない?」

「オレに言う言葉じゃない……」

「助けてくれよー!下にいっぱい敵兵がいるんだよ!」

「忍び込んだからだろ!」


泣き出されても困る。

こっちは腰が機能しなくて立てないんだよ。


「どうしよー……。落ちたら刺されて死んじゃうよ」

「もっと上に逃げればいいだろ」

「高い所苦手なんだよお……」

「なんで登ったんだよ……」

「なぁ……助けて……」


ガコッと何かが外れる音がし、次の瞬間、そこにいた人間の姿が消えた。


「……え?なに、ホラー?」


何だったんだと溜息をつくと、背後に気配を感じ咄嗟に振り向いた。先程と同じ顔が目の前に居た。


「……なんなんだ、お前……」


子供かと思っていたが身長は高く、よく見ると顔立ちも成人っぽい。男か女か分からない中性的な雰囲気を纏っている。


「どうやって入った?」

「やー……自分でもびっくりびっくり。瞬間移動的な?」

「能力者か?」

「そうみたいなんだよねぇ。忘れてたわ」

「……外の奴らが遠のいていくな」


複数の足音が遠くへ消えていく。


「お前……仲間は?」

「途中で死んだ」

「……そうか。名前は?」

「俺?えーと……なんだっけな……」


呑気な受け答えに得体が知れない。

本当になんなんだ。


「───あ!そうそう!俺、レニって言うんだよ!」

「偽名だろ?」

「なんで?思い出したじゃん」

「間はなんだったんだ」

「あー……俺さぁ、名前とか拘りなくてどうでもいいやってなってて。元々、呼ばれた事も無かったし」

「……そうか」

「あんたは?なんでここに入れられてんの?」

「オレはイウラ。魔族だからだよ」


月に照らされた容姿は人間には毒だ。

鳶色の瞳は魔族の象徴。ストレートなロングヘアも澱みなく紅い。そして褐色の肌。その姿を人間は畏怖する。こちらが害を与えていなくても有無を言わさず捕らえろと矛先を向けてくる。


「なんだ、同族じゃん!言ってよー」

「お前は人間だろ?」


端整な顔立ちに高い声。マルーンの瞳に髪だって金色だ。

どう見ても魔族じゃない。


「えーと……まぁ、同族なんだけど、半分こみたいな」

「は?」

「俺、魔族と人間のハーフらしいんだよねぇ。だから能力的にもあんまり高度じゃないっていうか」

「あぁ、それでその容姿なのか……。珍しいな」

「だから、両親は殺されたんだよ」


笑みを絶やさずにレニはサラッと告白した。


「魔族と人間が繋がるのは禁忌じゃない」

「そう。でも人間にとっては脅威だ、って村の人が叫んでた。何をするか分からない。呪われているって散々後ろ指刺されて、俺が3つになった頃に人間は両親をいとも簡単に殺した」

「ただの人間が魔族を仕留められたのか?」

「母は優しい魔族だったから、人間には危害を与えたくなかったみたい。父は人間だから問答無用で首切られてた」

「……よくスラスラと話せるな。感心するぞ」

「だってあんまり覚えてないんだもん。3つだよ?あんた記憶ある?今でも疎覚えだし、感情も込み上げてこないけど、その場面だけは思い出せるんだよ」

「魔族は感情が薄いからな」

「俺は哀しくなったりするよ」

「人間の血が混じっているからだろう。まぁ、面白いとは思うけどね」

「ありがとう!」


レニは満面の笑みで両手をぎゅっと握ってきた。


「あのさ……瞬間移動出来るなら扉の外に出て開けてくれないかな?」

「うん、それムリ。感覚イマイチ分からないからなー」


あははーと笑いながら誤魔化されてしまった。

どうしよう……。

一瞬だけ希望かもと思ったのに期待外れ……。

……いやいや。そんな陥れるような考えはダメだ。

これはただの暇つぶし。


「壊せばいいじゃーん」

「めっちゃ硬いんだよ」

「え?」


バキッと鉄格子を折ったレニ。そんな簡単に外れたのか。


「これ、綻びてんのかなー?サクッと取れたけど」

「……ありがとう。漸く外に出られるよ」

「仲間とか助けに来ないの?」

「……うーん……もう殺されてるかも知れないね」


檻の外に出れた開放感で身体を伸ばす。ずっと動かないのは身体に毒だ。

辺りは暗いが、薄らと何があるのか把握出来たので物に触れないように通路に沿ってドアを開いた。外から施錠されていたが、レニが蹴り飛ばすと扉はドンッと重たい音を立てて倒れた。


「月は綺麗だな」


見上げた夜空に光る月。雲はなく空気も澄んでいる。森の中だからか動物やらの寝息が聴こえる。


「さて───」


蔵に向き直り、改めてその建物を凝視する。古い造りだ。こんな所に閉じ込められたら常人では気が狂ってしまいそうだ。

魔族で良かった。


「なになに?なんか盗むの?」

「興味は無いからね。燃やす」


手を差し向けると業火が蔵を包み込んだ。ゆらゆらと炎が舞い散り、メキメキと蔵が崩れていく。


「綺麗だねー」

「次は里だ。オレを幽閉していた人間達を殺しにいく」

「おぉ!楽しそうだなー!俺も混ざっていい?」

「……両親の仇討ちか?」

「それも兼ねてかなー。魔族より人間の方が脅威だし。殺しておいて損は無いよね」

「同感だ」


人里へは森を抜けて少し下った所にある。夜だから、眠ったまま天国に逝けるだろう。


「そういやさぁ、イウラはなんで捕まったん?」


足場の悪い森の中を歩きながらレニが聞いてきた。


「不意打ち食らったんだよ……」


仲間と旅をしていた最中だった。

水浴びしていた所を狙われ、何かを嗅がされて意識が無くなった。目が覚めたらあの蔵の座敷牢に居て、訳も分からないまま人間に犯された。物好きな。


「他の仲間は食料を探しに行ってたからどうなったかは分からない。もしかしたら人間に捕まってるかも」

「皆、魔族なの?」

「……一人は人間。もう一人は天使」

「珍しい組み合わせだなー」

「まぁ……元・天使の方が良いかな」

「堕ちたんだ?」

「そうらしいけど、良くは知らない。あんまり興味も無い……」

「あ!明かり見えてきた!」


話を遮るようにレニは指差した。木々の合間から里の風景が見えてきた。夜でも明かりはついている。魔物除けだろうか。


「ねーねー、イウラー」

「なにかな」

「人間の子どもも殺して良いんだよね?」

「そういうの躊躇う質なのか?」

「いや、可愛いからさぁ。悪意の無い物体ってなんか珍しいし」

「構わず殺せばいい。どうせ助かっても子ども一人では何も出来ない」

「分かったー」


足取りが慣れてきた頃に森を抜け、里への道路が現れた。草原の中を通っていけばすぐに着く。


「どうやって殺そうかなー」


上機嫌で先を歩くレニからは殺意を感じない。悪意も恐怖も何も伝わってこない。脅しでは無く彼は本気で殺す。恐らく躊躇いもなく。


「……た、助けてください!」


掠れるような声に視線を向けると血だらけの女がよたよたとこちらに歩いてきた。


「おねーさん、どうしたの?」

「……さ、里が……襲われて……」

「えっ?」


レニと視線を交わす。

里が襲われた?誰かに先を越されてしまったのか。


「あの……た、助けて下さい……」

「そういえば、人間の気配がしないね」

「皆……襲われて……。たった一人の子に里が潰されたのよ……」

「襲ったのは人間?」

「あれは悪魔よ……。躊躇わず殺しにきたもの」

「おねーさんも直に死んじゃうね。もう痛いの嫌でしょ?俺がサクッと殺してあげるー」

「えっ?」


笑みを絶やさず、振り上げたその手は女の首を狩っ捌いた。勢いよく噴き出る血にレニは見惚れている。


「馬鹿な女」


死人を振り返ることも無くそのまま里へ入った。

最初に此処へ来た時は人間達の賑わいがあった。けれど今は殺風景でそこらじゅうに死体が転がっている。


「助けて……!」


聞こえた悲鳴も僅かでそれ以降は人間の吐息が感じ取れない。


「……折角、報復してあげようかと思ったのに」


レニも残念そうに血塗れの死体を眺めている。


「魔物の仕業かな?」

「さぁ……?」


どの人間も身体を切り裂かれて殺されている。痛々しい位の傷跡が目に付く。


「ねー、イウラ。俺らの出番無い?」

「そうみたいだな。殆ど殺されてるんだろう」

「───イウラ?」


静かに名前を呼ばれ、振り返る。

視線の先に居たのは、血塗れた剣を手にした仲間だった。


「アクト!」


逢えた喜びが大きく、彼に抱きつく。


「無事だったか。良かった」


温かい手が優しく頭を撫でてくれた。


「これ、アクトがやったのか?」

「あぁ。お前の居場所を誰も教えてくれなかったからな」

「それは酷いね。殺されて当然だ」

「何かされた?」

「ちょっと弄ばれただけ。そいつらも死んでたからざまぁみろだね」

「身体は?具合とか悪くない?」

「大丈夫。心配ありがとう」

「なら良い。それで、そっちの子は?」


アクトとの再会を果たしている中、レニは死体をつんつんしていた。


「オレを蔵から助けてくれたんだよ」

「あ、イウラの仲間の人ー?レニだよー」


初対面でもにこにこしながらレニは手を振った。


「ありがとう。イウラを助けてくれて」

「いやいや。偶然というか」

「お前も魔族か?」

「よく分かるねー。まぁ、半分だけど。あんた本当に人間?」

「似たような気配の奴に騙された事あるからな。大体分かる」

「俺は騙したりしないよー」


飄々とした態度にアクトは警戒を解いた。


「アクト一人?」

「あいつは別行動」

「そうか……。オレだけで良かったよ、捕まったの」

「宜しくはないよ。酷いこと、されたんだろう?」

「……気に病む事でもない……。だからアクトも気にしないで……」

「殺して正解だったな」


もう生き残っている人間はいない。

アクトは敵に対して容赦しない人間だ。例え、どんなに泣き叫んで命乞いをされても躊躇わず剣を振るう。魔族の奴らも見習ってほしいものだ。


「そろそろ此処を立つぞ」

「うん。レニはどうする?」

「俺は好きにやるよ。また逢ったら声掛けてね〜」

「そうか。逢えて良かったよ、レニ」

「俺も。死なないでねー、イウラ」

「うん」


レニはアクトにもバイバイと手を振り、身軽に駆け出していった。


「イウラ」

「なに?」

「行きたい場所はある?」

「……アクトと一緒なら何処でもいいよ」

「この先に国があるんだ。其処に居るかは分からないけど探す心算だ。けど、お前にとっては敵地かも知れない」

「魔族は歓迎されない感じ?」

「見つかったら即死かもな」

「オレが死ぬ訳ないじゃん。魔族だよ?」

「そう言い切れるなら大丈夫か」

「アクトの心配には及びませんよ」


今までも敬遠されたり忌避されたり散々な仕打ちを受けてきた。魔族というだけで人間は全てが【悪】だと敵視してくる。だから人間を手に掛けても何も思わない。此方から害を与えた訳じゃない。勝手に怖い想像を押し付けて刃を向ける。人間だって然程魔族と変わりはしないのに。


「船で海を渡るけど、平気?」

「……え?」


海は荒れに荒れて、ただでさえ船酔いするのにとんだ災難だった。アクトがずっとケアしてくれたから長引かなかったけど。

二度と船なんて乗るものか。


「イウラ」


手を引かれてサノ王国という国に足を踏み入れた。

まぁ、その後の展開は想像していたものよりもちんけなものだったけれど。



「───お待ちしてました、アクト」


何とか国民達の反応を交わし、宿に着くと先に到着していたもう一人の仲間が出迎えてくれた。


「……オレは?」

「よく入国出来ましたね。感心します」

「酷くない?」

「貴方は下らない差別になど動じないと思っていたので」

「……そうだけど」

「合流出来て良かったです」


微笑む天使は美しい。

漆黒の羽根が天使族であることを忘れさせる。

端整な顔立ちと儚さを纏った雰囲気。物腰は柔らかいけど、怒るとめちゃくちゃ怖かった。


「何もされなかったか?」

「はい。羽根は隠していたので」

「そうか。良かった」


やっと落ち着けるかと気を抜いた瞬間、ドンッと部屋の扉が蹴り飛ばされ砂埃が舞った。


「魔族だ……」

「本当にいるとはな。捕らえろ!」


侵入してきたのは武器を手にした男達だった。冒険者のような格好をしており、人相も悪そうだ。


「何もしてないのに敵扱いはキツイかなぁ」

「二人はお疲れでしょう。私が片付けます」


天使が前衛に出る。

男達に柔らかく微笑むと素早い動きで彼らの武器を破壊した。手で触れただけで粉々になってしまった。


「武器が……」


呆気に取られている男達を天使はそのまま素手でぶっ飛ばしていく。喧嘩も強いとは見た目では思わない。

男達はバキバキに倒され、窓から放り出された。


「終わりました」


笑顔で報告する天使。 最初に出会した時は言葉を失ったものだ。今では大分慣れてしまったけれど。


「ありがとう、ラピス」


アクトがお礼を言うと、天使は嬉しそうに微笑んだ。


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