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ダンスホール ①

夜は早々にやって来て、色々な国から姫とやらがシュヴァルツ王国に現れた。

煌びやかなドレスにメイク、オシャレなリップにネイルと光るヒール。どの方も綺麗でクロードと親交のある人達だ。

ダンスホールはあっという間に人で溢れた。

それぞれ男性を片側に姫達は空気を楽しんでいる。


「……場違いではないでしょうか……」


そんな中にポツンと突き出されたエフレシアはキラキラした世界に目が眩んだ。

自分よりも美しく品行方正な姫達に気後れした。

当のクロードは婚約者と一緒に挨拶回りをしている。


「胸張りなよ。ダンスだって頑張ったんでしょ?」


隣にいるメルヴィアに背を押され、背筋が伸ばされる。

メルヴィアは不参加希望だった。けれど、エフレシアに悪い虫が付いたら面倒なので仕方なく羽根をしまって人間らしい格好で出席した。フィンも天使オーラは隠してタキシードを着こなしている。


「皆、お綺麗だなと……」

「キミだって綺麗だよ。ちゃんとドレス似合ってるし」

「ありがとう、メルヴィア」

「人間達はこういう事が好きなのね。どれだけ暇なのかしら」


お酒を口にしながらフィンはサラッと悪口を放った。


「貴族の嗜みってやつですね」

「貴方のお兄さんは来てないの?」

「遅れてくるみたいです」

「そう……。あら、このお酒美味しいわよ、メル」

「相変わらず酒豪だな……」

「料理も食べていいのよね?」

「自由にしていいって言ってたよ」

「メル。一緒に取りに行きましょう」

「はいはい」


フィンに連れられ、メルヴィアは既に疲れた様子でついて行った。

一人になったエフレシアはオレンジジュースを飲みながら姫達を目で追っている。キャロライナとはまた違った美しさがあり華やかな雰囲気を持っている。


「おひとりですか?」


不意に声を掛けられ、グラスを落としそうになった。

目の前には端整な男性達。


「……まぁ、今は一人ですが……」

「良かったら、一緒に踊りませんか?」

「えっ……あたしでいいんですか?」

「今日は楽しむ日。交流を持つのもいい機会です」

「……確かに」

「さぁ、お手を」


エスコートされるままにエフレシアは差し出された手を取った。

丁度ダンスの曲が流れ始め、姫達も踊り始めている。


「ダンスの経験は?」

「……いえ……。暫くしてなかったもので……」

「それにしては慣れた足取りですね」

「ありがとうございます……」


しこたまクロードにダンスレッスンを施されたので周りに恥じない立ち回りは出来ていた。男性も上手くリードしてくれるので踊りやすかった。


「……あの……今日、カサンドラ様は……」

「あぁ……。体調が優れないみたいで欠席らしいです」

「そうなんですね……」

「何か言伝があれば伝えますが……」

「あ、いえ……。またお会いした時にでも話しますので」

「そうですか」

「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私は、セラフィ。お見知り置きを」

「エフレシアです。よろしくお願いします」


お互い微笑みあった後、パートナー交代として別れた。


「次は私と踊って頂けますか?」

「はい」


男性達はにこやかにどの姫達ともダンスを楽しんでいた。

エフレシアも姫として見られているのか次から次へ誘いが舞い込み、笑顔でその手を取った。


「結構場馴れしてるみたいだね」

「先を越されたんじゃないですか」


遅れてしまった団長は他の男と踊るエフレシアを見て感心していた。


「いやいや。本命は最後に残すものだよ」

「……本当にあの子を妻にするんですか」

「あぁ。彼女は素晴らしい子だよ」


妹を褒められ、ロキは悪い気はしなかった。


「キミも踊ってきたらどうだい?」

「ダンスは苦手なんで」


ムスッとした様子でククルは答えた。彼も不参加希望だったが団長のノリに断れずロキとともに出席した。


「あの……」


パートナーのいない姫達が団長に近付いてきた。彼の放つ美しさに惹かれない者はいない。


「良かったら一緒に……」

「そうだな。じゃ、先に楽しんでくるよ」


団長は姫の手を取り、ダンスへ参加した。

ロキとククルも誘いを受けたがやんわりと断った。


「オレに合わせなくていいよ」

「……気が乗らないだけだ」

「フレアとは踊るんだろ?」

「タイミングが合えばね。本当はククルが相手してあげればいいのに」

「煩い」


何に苛立っているのか、ククルはその場から離れた。


「ロキ」


突っ立っていた彼に食事を楽しんだメルヴィアとフィンが歩み寄ってきた。


「……来てたのか」

「王子に誘われてね。本当はさっさと帰りたいけど」

「姫ちゃんが楽しんでいるからそれ待ちなのよ」

「……あぁ」


フィンはエフレシアの事を「姫ちゃん」と呼んでいるのかとロキは初めて知った。まともに話すのも初めてかもしれない。


「仲間は居そうか?」


邪魔にならぬように端に移動しながらロキは平然と聞いた。


「そんなすぐに見つかる訳ないじゃない」

「……ごめん」

「自由気ままに過ごせてる子なんて私達ぐらいよ、きっと」

「そうか……。それにしてはすぐに慣れたな」

「メルヴィアが居たからね。一人だったら泣いてたわ」

「……フレアは、失礼な事してないか?」

「干渉してこないから気は楽ね。手も出してこないし、意地悪な事もしてこないし」

「……そうか」

「貴方も静かな子ね」

「よく言われる」


ロキは浮かない表情を見せた。


「───ねぇ、あの子は?」


ダンスホールを眺めていたメルヴィアが二人に聞いた。

先程までダンスを嗜んでいたエフレシアの姿が見当たらない。


「フレア……?」

「ご不浄かしら?」

「探してくる」


不安そうになりながらロキは人々の合間を縫って妹の姿を探し始めた。



その頃、エフレシアは先程までダンスを踊っていた男性に引かれるようにして外に出ていた。


「僕は貴方みたいな地味な子が好きなんですよね」

「……はぁ」


いきなり何を言うのかと不思議に首を傾げる彼女に男性はゆっくりと彼女の背後に回った。


「あの……」

「地味な子ってさぁ、抵抗しないじゃん?声も出せないし、やりたい放題なんだよね」


急に馴れ馴れしく話し出したと思ったら不意に男の手が胸に触れてきた。


「あー……きみ、あんまり胸無いのかな……。まぁ、小さくても使うのは此処じゃないから良いけど」


片手が下腹部に触れ、エフレシアはビクッと肩を震わせた。


「大人しくしてれば乱暴にはしないからさ」


不慣れな手つきにどうしたものかと思考を巡らせてみるものの、上手いやり方は思い付かない。一応、今日はめでたい日なので叩き潰すのも躊躇ってしまった。


「きみ、初めて?まぁ、まだ成人ではなさそうだよね。未発達の身体って興奮するからさぁ」


段々と男の息が荒くなってきた。それが耳にかかり煩わしい。


「……だ、誰かに見つかったらどうするんですか……」

「大丈夫だよ。皆ダンスに夢中だし。他の姫達も嗜んでる事なんだから……」


その時、男の喉がヒュッと鳴った。手の動きも止まり、棒立ちになっているようだった。


「───お楽しみ中悪いけど、その子はあんたみたいな下卑た輩が独占していい女じゃないんだよ」


聞き馴染みの声が届き、エフレシアは安堵した。


「わ、悪かった……!だ、だからそれしまってくれないか……?」

「分かった。さっさと離れろ」


首筋に剣先を突き付けられた男は大人しく従った。

エフレシアから距離を取ると両手を上げたまま硬直している。


「二度とこの子に近付くな。他の女にも似たような事したら……」

「し、しない!帰る……!もう帰るから……!」


バタバタしながら男は城から出ていった。


「……変な輩に絡まれやすいね」

「ありがとう…………ククル」

「ぶっ飛ばせば良かったのに」

「うん……まぁ、一応、城の中だし」

「ドレス着てるしね。もう、一人になったら駄目だよ」

「気をつけます」

「気分悪くない?大丈夫?」

「触られただけだからまだ平気」

「そう。ダンスホールの中なら襲われないだろうし、天使達と一緒に居てよ」

「うん。ククルも戻るの?」

「踊らないけどね」

「頑なだね」

「知ってるクセに」


ほら、と腕を出され、エフレシアはその腕に抱きついた。

夜はまだ長く、パーティも盛り上がりを見せている。


「エフレシア!あぁ、良かった!無事だったね!」


中に入ると団長に迎えられ、溢れんばかりの笑みを頂いた。


「フレア」

「……お兄ちゃん」

「心配した。何かあった?」


ロキとともに天使二人も不安そうな表情をしていたのでエフレシアは笑みを絶やさずに首を振った。


「ちょっと外の空気吸ってた」

「勝手に居なくなるから心配したわ」

「出る時は言ってよ」

「うん、ごめんね」


とりあえず妹が無事であったことにロキは安堵した。


「エフレシア。私と一曲お願い出来ますか?」


紳士的なお誘いを受け、彼女はその手を取り承諾する。

ダンスホールへ導かれ、そのまま曲に合わせて踊った。


「……で?何かあったのかしら」


エフレシアを見守るククルにフィンが察しているかのように訊いた。


「知らない男に襲われてたんだよ。未遂で済んだから良かったけど」

「その男は?」

「たっぷり警告しておいたからもう二度とこの国には来ないよ」

「姫ちゃんも女の子だものね」

「襲われすぎだろ……」

「フレアは自分の事に対しては疎いから、出来るだけ一緒にいて欲しい」

「勿論よ」


頷くフィンに対し、メルヴィアは溜息をついていた。


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