届け物
その日、エフレシアは玉座の間に招かれていた。
主に重要な話をする場所で常に陛下と妃が居座っている。そんな場所に行くのは不安だったが、メルヴィアも一緒にとの事だったので少し安堵していた。
室内には騎士団も全員集合していて規律良く隊列している。その中にロキの姿もあり、エフレシアは小さく手を振った。
「やぁ、エフレシア。ご機嫌麗しゅう」
にこやかに登場したのは先程まで騎士団を纏めていた団長。気の所為か、この間よりも美が増している様に感じた。
「団長さん。こんにちは」
「元気かい?」
「はい。団長さんも変わらず綺麗ですね」
「ありがとう。お兄さんには会えたかな?」
「さっき挨拶したので。あの、ククルは……」
いつもは団長と並んで行動しているので姿が無いのは不思議だった。
「彼は外の警備をしているよ。全員此処に集うのはまずいからね」
「……そうなんですね」
「ククル一人なら大丈夫だろう。彼の強さは私も認めている」
「強いですよ。剣術だけじゃなく、精神的にも」
「……よく知っているね」
「長いことずっと一緒に居ましたから」
「羨ましいねぇ。私にもそういう相手が欲しいよ」
「ちょっと」
二人の間に業を煮やしたメルヴィアが割って入った。いつか終わるだろう会話に終わりが見えなかったので相当イライラしている。
「メルヴィア……」
「話し過ぎ。あんたも団長なんだからちゃんと指揮官してよ」
「済まないね。エフレシアに会えたのが嬉しくて」
笑みを絶やさずに団長は両手を合わせる仕草を見せた。
「もうすぐ始まるって」
「何が?」
きょとんとするエフレシアにメルヴィアはまたイラッとした。
「大事な話みたいだよ」
団長が代わりに答える。
此処に招かれた理由を彼女は知らない。メルヴィアも団長も恐らく話の内容までは分かっていない。隊列している騎士団も退屈そうな視線を向けていた。
「───あれ?まだ陛下来てないねぇ」
遅れて現れたのはこの国の長男であるクロードと次男のフレイだ。王位を持つ二人はとても高貴な雰囲気を醸し出していた。
「あ!フレアちゃんだぁ。久しぶり」
安心感のある微笑を振り撒きながら長男のクロードが挨拶してきた。団長とはまた違った美男子でふんわりした空気感が好意を持たせる。
「お久しぶりです、殿下」
「クロードでいいよー。堅苦しいでしょう?」
「いえ、礼儀は弁えないと……」
「大丈夫大丈夫。そんなの気にしないから」
「……でも……」
「それに、キミだって元姫君だろう?ちゃんとした場所での礼儀が成っていれば多少のカジュアルさは失礼ではないよ」
「……そうなんですか?」
「うん。だから、畏まらなくて良い良い」
「……分かりました」
「お兄さんは?」
「あそこに。まだ騎士団見習いなので」
「あ、いた」
隊列している騎士達の中からロキを見つけたクロードはヒラヒラと手を振った。気付いたロキは一礼し、列を乱さないように前を向いた。
「おや……。真面目だ事」
「あの、カサンドラ様は……」
「あー……。今日、体調悪いみたいで欠席だって……」
「そんなに馴れ馴れしくされると嫉妬しちゃうなぁ」
今度は団長が闖入し、エフレシアの肩を抱き寄せた。
「彼女は私の妻になる予定なんだよ」
「え、そうなの?だってシンシア、婚約者いたよね?」
「まぁ、直に話はするよ。彼女も私との婚約は御免みたいだからね」
「そんな風には見えなかったけどなぁ」
「──おい」
クロードの後ろから冷たい声が降ってきた。次男のフレイが周りに視線を配らせるといつの間にか陛下と妃が登場していた。あまりにも静かだったのでエフレシアも気付かなかった。
「お喋りはその位に」
「すみません……」
メルヴィアにも溜息をつかれ、エフレシアは俯いた。
「今日は突然の呼び出しで済まないな」
陛下が言葉を発すると空気がピリついたものに変わった。
見るからに穏やかそうな男性だ。メルヴィアは毛嫌いしているが、そこまで悪い人には見えない。妃も気高く美しい女性でほんわかした雰囲気を持っている。
「運べ」
そう命令すると側近達が重そうに棺らしきものを持ってきた。
「昨夜、これが届けられた。差出人も届け人も不明。心当たりのある者はいるか?」
全員に問われ、全員がその棺に集中する。
黒柿色の棺で人間が一人まるごと入っているかのようだ。
「……誰も見当しないか」
「特に異変があるようには感じませんね」
棺に触れながらクロードが呟く。
「不用意に触るな」
「大丈夫だよ……」
フレイが注意したその時、ガチャンと何かが開く音が響いた。
「お前……」
「違う……!オレは開けてないよ」
「……勝手に?」
棺を睨み付けるフレイを他所に、ガコンと蓋が開き、ゆっくりと誰かが起き上がった。
「……人……?」
中から現れたのは、白銀の長い髪を靡かせた美しい青年。何故か全裸であったが恥じる様子も見受けられない。
「……フィン……?」
その名を呼ばれ、青年は静かに声の方向に振り向く。
「……メル……ヴィア……?」
驚きとともにそれはすぐに再会出来た事への喜びへと変わった。
青年は涙を浮かばせながらメルヴィアに抱きついた。
「フィン……」
「メルヴィア……!会いたかった……!」
天使達の再会に周りはどうしたものかと呆然としていた。
エフレシアも隣で感動の再会を果たすメルヴィアを眺めている事しか出来なかった。
「……説明をお願いしても?」
見かねた団長がメルヴィアに聞く。
「……フィン。説明、出来る?」
「……何から話そうかしらね」
落ち着いた青年はメルヴィアから離れ、陛下に向き直った。
「私はフィンと申します。天使族の一人です」
「天使族か。メルヴィアと同じだな」
「天使狩りの後……私を買ってくれた人がいたのですが、病で倒れ、私は奴隷市場へ売られました」
フィンと名乗った青年は礼儀正しく話していく。
「……そこで……彼に会って……私は……たった一人、あそこから抜け出したんです……」
「フィン……」
心配そうにメルヴィアが彼を支える。
「その棺には術が掛けられていて、安全な場所へ転送出来るというものです。効果は一度きり。私だけ……それを使った」
「ランダムにこの国が選ばれたという事か」
「……私は……仲間を置き去りにして生き延びた……。本当に逃げるべきだったのは彼だった筈なのに……」
「その彼とは?」
「……皆、番号で呼ばれていたので……真名は分かりません……」
「そうか。とりあえず、今は身体を休める事が優先だな」
「オレの部屋で面倒を見る」
陛下を睨みながらメルヴィアが言い切った。
「構わないよ。エフレシアも頼むね」
「はい」
「オレの事も頼ってねー」
「ありがとうございます、クロード」
「私の事も頼ってね、フレアちゃん」
にこにこと手を振られ、エフレシアは妃に会釈で返した。
妃は意外とフレンドリーなので戸惑ってしまう。
「では、話は以上か」
「はい、かいさーん」
嬉しそうに妃が締めた。
「……またね、エフレシア」
「はい。訓練、頑張って下さい、団長さん」
「ありがとう」
団長は騎士団を引き連れて早々に出ていった。ロキは妹と視線だけ交わし、そのまま列に続いた。
「ねぇねぇ、フレアちゃん。オレも一緒に行っていいかなぁ?」
「えっ……」
突然の申し出にメルヴィアが睨みを効かせる。
「そんな嫌わなくても……」
「害は無いから連れて行け」
フレイに押し付けられ、エフレシアは戸惑うばかりだ。
「……余計な事したらぶっ飛ばす」
「しないしない。大丈夫だよー」
メルヴィアは信用していない様子だったが、フィンの事もあるので同行を許した。
「あの、服どうしましょう……」
未だ全裸の天使にエフレシアは問いかける。
「このままでもいいわよ……」
「良くないから。フィン、此処は人間の世界だよ。何されるか分からない」
メルヴィアが警戒態勢で忠告する。
「そうねぇ……。貴方と同じもので良いかしら」
「はい。お持ちしますね」
エフレシアは自分と似たようなメイド服を彼に差し出した。全体的に綺麗だったので違和感もなく、天使は着こなした。
「貴方の名前は?」
「エフレシアと言います」
「可愛らしい名前。良いわね」
「ありがとうございます」
「メルはこの子と親しいの?」
「ただの世話係だよ。それ以上の関係は無い」
「そうなの。私はフィンよ。気軽に呼んで構わないわ。よろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
「そちらの彼は?」
「この国の第一王子のクロード様です」
「よろしくねー」
「王子って感じはしないわね」
「よく言われますー」
砕けた雰囲気にフィンも警戒を緩めていた。
「フィン。他の仲間はどうなったか知ってる?」
一通りの挨拶が済んだ後、メルヴィアが聞いた。
「……分からないわ。私はメヴィウスと一緒に居た所を狙われた。彼も捕まってその後は不明ね」
「そっか……」
「メルは?その羽根、どうしたの?」
「……折られた。オレはレスティと一緒に居たんだけど……人間に捕まってレスティだけ連れていかれた」
「……そう」
「仲間に会える事を願って旅をしてたけど……。そう簡単には見つからないもんだね」
「今も何処かで泣いている子がいるわ……。出来ることなら助けに行きたい」
「単独行動は危険だよ」
不意にクロードが会話に加わり、二人の視線が向けられた。
「この国は安泰だけど、一歩外に出たら何があるか分からない。魔物も居るしねぇ。だから、吉報を待った方が安全だよ」
「……でも……ただじっとしてるだけなんて……」
「待つのも勇気だよ」
微笑とは違い、真剣な瞳がフィンを捉えた。
「……そう……ね……。無闇に行動するの良くないわ……」
「それにキミ達は天使族。世界では貴重な存在だから、良からぬ人間に利用されるかもしれない。だから、此処に居た方が賢明だと思うなぁ」
クロードの言葉にメルヴィアも納得している様子だった。
エフレシアもあまり外の国を知らないので何も言えない。
「まぁ、今はゆっくり療養してまったりするといいよ。あ、フレアちゃん。明日の夜って空いてる?」
「はい……」
「明日、クラウディア嬢がお見えになるんだよ」
「……そうなんですか?」
「婚約祝いだとかで」
「誰の……」
「あ、オレの婚約。知らなかったっけ?」
「初耳です」
「そっかぁ、ごめんね。報告遅れちゃった」
「婚約、されたんですね。おめでとうございます」
「ありがとう。それで、明日は夜会?パーティ?的な事をするみたいだからフレアちゃんも参加して欲しいなぁって」
「でも……あたし……パーティとか慣れてなくて……」
「もしかしてダンスも未経験?」
「すみません……」
「いいよ。オレが教えるから」
「えっ……」
「キミのお兄さんも来てって言っておいて」
「……はぁ」
「そしたら今から練習しよっか」
「……え?」
流されるままにエフレシアはクロードに手を引かれ、ダンスホールへと向かっていた。




