第一章 異世界では、日本語が通じる
真田蓮が最初に考えたのは、大学の講義に遅れる、ということだった。
次に考えたのは、これは講義どころの話ではない、ということだった。
蓮は石造りの大聖堂の中央に立っていた。足元には巨大な魔法陣。周囲では白い法衣をまとった老人たちが涙を流し、少し離れた場所には王冠をかぶった男と、豪華な衣装の少女がいる。
しかも、魔法陣の上にいたのは蓮一人ではなかった。
金色の髪と青い瞳を持つ若い女性。褐色の肌をした長身の青年。さらに、腰まで伸びた黒髪を持ち、見慣れない装飾を身につけた小柄な青年。
「勇者様、聖女様、賢者様、剣聖様! どうか我らの世界をお救いください!」
法衣の老人が叫んだ。
蓮には、その言葉が完璧な日本語として聞こえた。
「……日本語?」
「ニホンゴ、とは何でしょう?」
老人が不思議そうに首を傾げる。
蓮は口を開けたまま固まった。どう見ても日本ではない。相手も日本語を話しているつもりはないらしい。それなのに意味だけは、最初から日本語で考えられたかのように頭へ入ってくる。
金髪の女性が何かを尋ねた。
「Où sommes-nous?」
分からない。
蓮が困っていると、王女らしき少女は女性へ向かって答えた。
「ここはアルヴェリア王国です。あなた方は異界より召喚された救世主なのです」
女性は頷いた。
今度は褐色の青年が、蓮の知らない言葉で何かを言う。王も大神官も、やはり普通に答えた。
黒髪の青年も短く質問した。これも蓮には一語も分からない。だが、王女には伝わっていた。
「ちょっと待ってください」
蓮は両手を上げた。
「どうして皆さんには、この人たちの言葉が分かるんですか?」
「召喚の儀によって、《異界言語理解》の加護が与えられております。異界から来られた皆様は、この世界の者と自由に言葉を交わせるのです」
「じゃあ、どうして俺には三人の言葉が分からないんです?」
大神官の顔から笑みが消えた。
長い確認の末、答えはひどく単純だった。
加護が翻訳するのは、この世界の言葉と異世界の言葉だけ。同じ世界から来た者同士には働かない。
四人は全員、地球から召喚されていた。
蓮は日本人。金髪の女性はフランス人で、名をクレールという。褐色の青年は南部アフリカから来たシポ。黒髪の青年アウリは、アマゾンの森で暮らしていた。
この世界の人間とは誰とでも話せる。
なのに、命を預け合う四人の間では言葉が通じない。
その日の夕方、王国側は早速、四人だけで魔王討伐の方針を相談してほしいと言った。
会議室に集められた四人は、互いの顔を見た。
「ええと……英語、話せる?」
「English?」
クレールが反応した。
蓮は大学受験で覚えた単語を必死に探した。
「We……fight……Devil King」
クレールは難しい顔をした。
シポも何かを言ったが、英語なのか彼の故郷の言葉なのかすら分からない。アウリは早々に会話を諦め、窓の外を見ている。
世界を救う四人が、最初の作戦会議で決められたことは一つもなかった。




