ねえ、パンはいかが?
「いらっしゃーい。焼き立てパンはいかがー?」
早朝。
私は店の前に立って、いつものように道行く人に声をかける。
このかけ声もマンネリ化してしまっているし、そろそろ新しいレパートリーを増やした方がいいかもしれない。
よし、次は変えてみよう。
「おやまあ、今日もベアちゃんは元気だねぇ」
そう言ってくれたのは、常連の白髪のおばあちゃんだ。
腰が曲がっていて、杖もついているのだけれど、毎日のように通ってくれているのだから、感謝の念に尽きない。
今度、お礼代わりに回復魔法込みでマッサージでもしてあげようかな。
「おばあちゃん、おはよー! 今日は何のパン買ってくー?」
「おすすめを聞いてもいいかい?」
「んー、じゃあ、塩パンとかどう? 実は、新しく入ってきた子が焼いてくれたんだよー」
「あらまあ、そうなの。それじゃあ、せっかくだから、それをいただこうかねぇ」
「はーい、ありがとねー! お会計は中でその子がやってくれてるよ!」
今日はリムルがお会計に入っている。
呼び子が二人いても仕方ないというのもあるけれど、最近は全体的に品薄で、我らが店長殿はパンを焼くのにかかりっきりだから、まったくもって人手が足りていない。
「へいらっしゃーい! 安いよ安いよー!」
おばあちゃんを中に案内して、私は呼び込みを再開する。
「…………」
今度はセリフを変えてみたのだけれど、これではまるで、
「まるで八百屋だな」
と、私の思考を読み取ったかのように口をはさんできたのは、勇者フィルだった。
フィルは普段着のような恰好で、腰に剣を携えていた。
当然ながら聖剣は私は折ってしまったので、それは別の剣だ。おそらくは予備だろう。
…………なんか、急に申し訳なくなってきた。今度、ご飯でもおごってあげようかな。
「フィルじゃん、どうしたの? またやる?」
「…………う、うるさい! 今日は偶々、そう、偶々寄っただけだ! 断じて監視などではない!」
「そっか、監視かぁ………」
「ち、違うと言っているだろう!?」
「あっそ……」
こうして話していると愚直と言うか素直なのがびんびんと伝わってくるあたり、勇者の癖になかなか好感がもてる。
あとは私を殺そうとしなければ満点なのに。
「それより、仕事の邪魔だから、買わないならどっか行ってほしいんだけど」
「ふん。残念だったな、今日は本当にパンを買いに来たのだ。さあ魔王、私はお客様だぞ? 存分にもてなすといい」
「うぜえ………」
前言撤回。大幅減点だ。
いつまでもここにいられると面倒なので、さっさと買ってもらって帰ってもらった方がいいかも。
「仕方ないな、ほら、こっち」
「ふふん。それでいいのだ」
フィルは腕を組み、鼻を大きくしてふんぞり返った。
う、うざい。
……………いや、私のほうが年長者なんだから、我慢しないと。
私はフィルを店内に案内すると、棚に並べられているパンを見るように促して、
「えー、こちらが当店一番人気の揚げパンになっておりまーす。迷ったらこれで間違いなしでーす」
「おい、もっと気持ちを込めないか」
「………………こ、こちらが……」
「声が小さいぞ! もっとハキハキと!」
「………………」
が、我慢、我慢だ。
接客業なんだから、嫌なお客さんがいるのは当たり前。これは仕方ない、仕方ない………。
でも、ちょっとくらいなら――――、
「おのれ、ゆう……フィル!!」
こっそり新しい剣も折ってやろうかと手を伸ばした瞬間、おばあちゃんのお会計を終わらせたらしいリムルがそう叫びながら駆け寄ってきた。
やり損ねた……。
「ふん、吸血鬼ごときが何の用だ?」
「お前こそ、ベア様に失礼ですよ! また痛い目にあいたいんですか!?」
「聖剣がなくとも、貴様なんぞに遅れはとらんわ! いつぞやに私から逃げかえったのを忘れたのか?」
「くっ………」
リムルは悔しそうに歯ぎしりして、私を見る
え、なに?
「ベア様、やっぱり我慢なりません! 今! ここで! こいつを屠りましょう!」
「流石にそれは……。フィルも、昨日話した約束を守ってくれないと困るんだけど。口喧嘩くらいなら見逃すけど、煽るのはちょっとね」
「ぐっ……」
あの後、私たちはフィルと不戦協定を結んだのだ。どのみち暗殺に失敗した上、聖剣を無くしたフィルは不承不承ながらもこの協定に賛成してくれた。
元々戦う気もなかった私達から異論があるはずもなく、こうして全員が無事に朝を迎えているわけである。
「お店で騒いでるのは誰かしら~?」
声の方を見ると、我らがマーサさんが、奥の厨房から顔を出していた。
流石に売り場で騒ぎすぎたのだろう。
「ごめん、ちょっとフィルが喧嘩売って来てさ」
「私はパンを買いに来ただけだ!」
「だって、ベア様に失礼なことを言うから……!」
それを聞いたマーサさんは、頭を抱えて溜息を吐く。
「一先ず、他にはお客様がいるんだから、静かにね?」
「「「………ごめんなさい」」」
これは私も反省だ。悪いのはフィル一人で私は悪くない。悪くないけれど、店員として良い行動とは言えなかっただろう。
「フィルちゃんも、お客様としてなら歓迎するわ~。ぜひたくさん食べてね~?」
「う、うむ……」
フィルはマーサさんの言葉にうなだれる。どうやら彼女はマーサさんに苦手意識があるらしい。性格的な問題だとは思うのだけれど、こちらとしてはフィルが大人しくなる分には問題ないので、むしろ大歓迎だ。
ともあれ、ここはもうリムルに任せて大丈夫そうだ。
「じゃあ、私は仕事に戻るねー」
「よろしくね~?」
「うん、任せてよ、マーサさん」
そう言って、私はお店の外に出ようと踵を翻そうとすると、
「違うでしょ?」
と、少しだけ不機嫌そうに、マーサさんが頬を膨らませる。
うん?
他に仕事を任されている記憶はないのだけれど、忘れちゃったかな。
「ごめん、何か他にやるんだっけ?」
「ううん、そうじゃなくて」
「?」
「名前」
「…………ああ」
そうか、そういえば、それを忘れていた。
つい慣れていなくて、無意識にしてしまっていたけれど、今度からは違うんだっけ。
「ごめん。行ってくるね、マーサ」
「うん、お願いね~、ベア」
人に呼び捨てされたことなんてなかったから、どうにも気恥ずかしさはある。
でも、それが彼女から呼ばれたのだと思うと、思わず頬がにやけてしまう。
いけない、仕事に集中しないと。
私は自分の頬を軽くたたくと、初めての友達に見送られながら、お店の扉を開けた。
3章終了です。
ここから夜中に一話ずつ上げていく……はず、がんばる。
4章はライバル店がでてきます。




